第30話 新しい武器

(遠野視点)

 第3試合、与那嶺対阿西は攻撃する阿西、守備をする与那嶺という構図になった。動きが見違えて変わったといえたのは与那嶺だった。


 与那嶺は前まではがむしゃらに走ってボールを取り巻くるテニスをしていた。しかし、今の与那嶺は違う。がむしゃらに走る時とそうでない時を使い分けているのだ。与那嶺の走力から来るディフェンス力は凄い。あの全力疾走から取れるボールの範囲は間違いなく部内No.1だった。しかし、そこまで全力疾走で走らなくてもいい場面でも全力で走ってしまい、体力を消費、次への動作への遅れ、オープンスペースを与えてしまうといういわば諸刃の剣になっていた。今は課題トレーニングでペース配分を覚え

、テニスIQが高まっている印象だ。


(ここはそこまで走らなくとも追いつける)


「パコーン」


「4-3 与那嶺」


与那嶺のカウンターショットが決まった。


(与那嶺のやつ、さっきのポイントもいつもなら全力疾走しそうだが、今日は冷静に試合を見てる)


「与那嶺、何か試合の仕方変わったな」


「うん。落ち着いてる感じがする」


「木村先生は確か、与那嶺にはペース配分の課題に挙げてましたね」


「与那嶺は山田戦で自分の強みであるがむしゃらさを利用されたからな。遠野の時も。ペース配分を意識する事は今後、絶対に必要だったからな」


「利用って言い方悪いですよ」


「はは笑、まあ、あの敗戦があったからこそ、あいつは自分の強みと弱みを見つけることができた。そして、今、その弱みを克服しようとしている。お前らのおかげだ」


「…、もっと強くなってまた戦いたいです」


 少し恥ずかしくて、回答に困ったが、強くなった与那嶺と戦いたいという思いは本当だ。与那嶺の新しいテニスにどういう戦法を使って戦おうか、攻略法はあるのかと、あれこれ考えていた。それはとても楽しい時間だった。


「ゲームセットアンドマッチ ウォンバイ

与那嶺 10-5」


 与那嶺に対する攻略法を考えていて、最後ら辺のポイントはあまり見れなかった。試合のスコアは予想以上に差がついた。阿西も得意の強打や、スライスを混ぜた戦法でポイントを奪う場面はあったが、今日は与那嶺のディフェンスが絶好調というのもあり、勝利をたぐりよせられなかった。しかし、阿西は明らかに反応が良くなっていた。もし、阿西の反応速度がもっと速ければ、あの強打で…といった展開だった。


 こうして第3試合が終了。最後の第4試合へと移った。俺の出番がやってきた。相手は坂田だ。


「いつか、対戦したいと思ってたよ、遠野」


「ああ、俺もだ」


「良い勝負をしような」


「うん」


 サーブは坂田から始まった。その坂田のファーストサーブがワイドに突き刺さる。俺はそれを返球しようとした。


(!)


「アウト、1-0 坂田」


 球威に押されて、ボールが外に流れてアウトになった。坂田のサーブは速くて重いことは前から知っていた。しかし、トレーニング前と比べて、坂田のサーブのパワーは増していた。これも長距離のトレーニングを行なった成果なのか。心してかからないといけないそう思った。


 次は俺のサーブ。俺はサーブをワイドに打って、次のショットの為に構える。ボールはセンターに返り、俺はそれを逆のサイドへと打ち込み、坂田を左右に振る作戦にでた。しかし、左右に振ろうとするも、坂田のボールが重い。明らかにエッグボールもパワーアップしていた。パワーだけでなく、弾道も更に急激に落ちるボールになっていたので捉えるのも難しくなっていた。俺はそれもあってコントロールミスをしてしまい、ポイントを奪われた。


「アウト、2-0 坂田」


(坂田視点)


 2ポイントを奪ったのは良かったが、正直、もっとエッグボールのパワーで押し込めると思っていた。その後も俺はエッグボールでポイントを奪い続けて6-0としたが、パワーで押したというのは、最初のサーブの1ポイントだけで、残りはそういうポイントではなかった。どちらかというと、パワーアップしたエッグボールに慣れていなくて、弾道を捉えきれてないようなミスがほとんどだった。


 それに遠野は何かやろうとしている。ここまでのポイント、遠野はフォアハンドで打っても良いボールをバックハンドで打っている。何かある。それに、コートチェンジですれ違った時に。あいつをちらりと見たが、凄く覇気に満ちた目をしていた。このままでは終わらないというのを俺はこの時、確信した。


(赤嶺、喜納視点)


「6-0、まさかこんなに大差がつくなんて」


「坂田のエッグボール、前より凄くなってるもんな」


「流石の遠野もここまでか…、と思ったけど、遠野がここで終わるとも思わないし」


 赤嶺は遠野の反撃の予感を感じとっていた。それに阿西と与那嶺が続くように、


「そうだよな、俺の時も、強打を打てなくさせられたし」


「俺も。自分のディフェンスを破られて6ゲーム連続で取られたもん」


「遠野はどうエッグボールを攻略するんだろう」


周囲の関心はそこにあるようだった。


(坂田視点)


 俺はこの7ポイント目、遠野に対して警戒を強めていた。俺は次のサーブをコースと威力次第ではリターンエースを狙おうとした。しかし、遠野のサーブはさっきまでのボールとは違う。バウンドしてからの伸びが違った。とてもリターンエースを狙える状態では無かった。返したボールは運良くコート深く返った。


「バゴーン!」


(何んだと…今のは)


「6-1 坂田」


 遠野はジャンピングバックハンド、つまりジャックナイフを打ってきた。バックハンド重視で打ったのはジャックナイフを打つタイミングを測っていたからか。そうなると、俺のあれも…、俺はサーブを打ち、遠野はセンターへとリターン。これをエッグボールで遠野のバックハンド側へと打った。


(!)


(遠野のポジションがあんなに後ろに)


 遠野のポジションがベースラインよりかなり後ろになっていた。そのポジションでは返す事はできるが、ラリーの主導権は握れない。それでは攻略はできないぞ。そう、思っていた。遠野はここもジャックナイフで打ってきた。


(凄い威力だ、ベースライン後方から打ってこれか)


 俺は辛うじてエッグボールで返球。しかし、ボールは浅くなった。気づくと遠野がボールのバウンド付近に立っていた。そしてこれをライジングショットで決められた。


 俺はジャックナイフでエッグボールを攻略するのかと思った。でも、違った。ジャックナイフは遠野の新しい攻撃手段。エッグボール攻略の為のショットはこのライジングショットだったのだ。


(遠野視点)


 俺の新しい武器、ジャックナイフ。そして、今のライジングショット。2つのショットのコンビネーションでポイントを取ることができた。前の俺ならば、ジャックナイフも今回のライジングショットも打てなかっただろう。坂田のエッグボールは部内No.1のボールの重さと言ってもいい。それを威力の衰えていない状態で打つのは、パワーが必要になってくる。筋力トレーニングの成果が上手く試合に繋がった。トレーニングの重要さをまた知ることができた。


 このポイントで流れを変えることができた。その後は俺が試合の主導権を握り、ライジングショットでエッグボールを打ち返す展開が続いた。一方、ジャックナイフはまだ未完成で時折り、ミスが出ることもあったが、決まった時には相当な破壊力があった。


 スコアは6-8で坂田がリードしていた。雨がちらついてきたが、そんなの関係ない。今のこの流れのまま、試合を決めたい。そう、思っていた。俺からのサーブで始まった第15ポイント。俺はサーブをワイドに打ち、返ってきたエッグボールをライジングショットで坂田のバックハンド側、オープンスペースに打ち込んだ。坂田もこれを読んでいた為、走りながらのエッグボールで返されたが、これもライジングショットで返す。


 俺はここでとある事に気づいていた。坂田のエッグボールの威力が上がっていたのだ。試合途中からエッグボールの威力が上がるのは完全に予想外だった。徐々にライジングショットで返すのも難しくなっていった。


 その後も、打ち合いが続き、気づけば雨が激しくなっていた。既にラリーは30回以上続いている。恐らく、このポイントがラストのポイントになる。何としても、このポイントは奪いたい。そう思った俺は勝負に出た。


(ここは…これしかない!)


 俺は返ってきたエッグボールに対して飛び込むようにジャンプ。ライジングジャックナイフで勝負に出た。とてつもなく難易度の高いショットだという事は、分かっていたが、このままラリーを続けるのは、ライジングショットが打ちづらくなっている俺の方が不利になる。ミス覚悟の勝負に出た。


 これがストレート方向に突き刺さり、俺はライジングジャックナイフを打った直後、ネット前に移動する。坂田はこのボールにギリギリ追いつきそうだ。構えと打点から見るに、完全にクロス。そう予測した俺はクロスに来た時のためにコート中央に構える。これでパッシングショットの対策は完璧だ。後は返ってくるのを待つだけだった。しかし、坂田から返ってきたボールは意外なものだった。


(な、なにぃ、ロブだと!?)


 返ってきたのはロブショット。そのショットは俺の頭上を通り過ぎ、雨空を切り裂いていった。


(…入ったのか?)


 坂田のロブはベースライン上に落ちたようにも見えたし、ボール一個分、外に落ちたようにも見えた。微妙なラインだった。ボールが1mmでも入っていれば、インという判定でアウトになるには、ボールが完全にラインを越えていなければならない。審判の喜納も判定に迷っている感じだった。


「えっと…これは…」


「今のロブはアウトだ」


「先生…」


「試合はここまでだ。2人とも雨に濡れてるからすぐに体を拭いて、着替えるんだ。他の人もボールとかを急いで片付けよう。今日の部活はこれで解散とするから」


 木村先生によれば、このボールはアウト。試合は7-8で坂田のリードで終わった。0-6から挽回した事、エッグボールをある程度は攻略できた事、ジャックナイフを使えた事、収穫はたくさんあった。ただ最後のショット、あそこであれを打ってくる、坂田の冷静さ。ラリーが30本以上続いて俺は熱くなりすぎてたのかもしれない。自分がまだまだ未熟な事を思いしらされた。


 俺は部室に戻り、着替えや体を拭いたりして身支度をして、阿西と共に帰宅した。


「凄かったな、最後の試合、鳥肌立ったよ」


「うん。課題トレーニングの成果、しっかり出せた。そこは良かった…」


「最後のラリーの事、気にしてるのか?」


「…まあね」


「どっちも凄かったよ、あれは。ラリーも30球近いくらいやってたし、最後の遠野のライジングショットをジャックナイフで打った所とか、坂田のエッグボール連発と、あのロブ、あのラリー見てたら俺達、今度の県大会、良いとこ行けるんじゃないかってそう思ったぐらいだし」


「そうだな、皆んな強くなってる。油断してたらあっという間に追い越される。また戦いたい相手もいっぱいいるし、頑張らないとな」


「うん、やっぱ、テニスの事考えてる時の遠野の顔イキイキしてる」


「え?」


「お前、時々、悲しそうな顔するんだよ。でも、テニスしている時とか、テニスの話をしている時は目が輝いてるように見えるんだよね」


「そうなのか」


「うん。少なくとも俺にはそう見える。じゃあな、遠野。俺、今日こっちだから」


「うん。バイバイ」


 阿西と別れて考えてみた。俺が悲しそうな顔をするのは、恐らく無意識の内に昔の事を思い出す時があるからだろう。そして、目が輝いてるというのは、多分、テニスをそして、この部活を本心から楽しめているからなのだろう。言われてみれば確かに今まで表面上な態度を取る事は多かったけど、ここに来てからはそういった態度を取る事は減ってきているように感じる。本音で話せてることなのかもしれない。本音で話せる環境に入れる事はとても幸せな事だと思う。俺はそのありがたみを噛み締めた。しかし、だからこそ…


(出来るだけ、隠すようにしよう…)


 なおさら、あの事を皆んなに話すわけにはいかなかった。



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