第6話 銀の仮面のクリーオウ

 バン・ファルに案内されるまま三人がやって来たのは中央の尖塔最上階だった。

「疲れたー…。なにあれ!何なのよここ!外から見た時には案外こじんまりとしてて可愛いお城って感じだったのに…」

 一人ずつに用意された巨大なソファーに腰掛け、ジュジョアが大きな溜息を吐いて脚を伸ばした。

「ジュジョア、お行儀悪いよ…」

 エメリは、開いて伸ばしているジュジョアの脚を閉じさせ、スカートの裾を直してやった。

「だってさー!何この広さ!おっかしいって!正面玄関開けて中に入った途端真っ直ぐ続く廊下のあの長さったら!突き当りが見えなかったじゃない!用事で奥まで行かなきゃになったらどうすんのよ?途中でキャンプしなくちゃ辿り着きそうになかったわよ?それにあの階段の長いこと長いこと…。何百段上ったと思う?千二百三十五段よ!」

「あんた数えてたんだ…。」

 マリカが呆れたように笑った。

「数えたくもなるじゃん!真っ直ぐ続く階段の先が見えないんだもん!転げ落ちたらどうなる?この校舎おかしいって!ぜーったい、おかしい!」

「早速気に入ってくれたようで嬉しいわね…ジュジョア・ル・コスタ…脚を投げ出してそんなに寛いでくれるなんて」

 誰も座っていなかった筈の正面の椅子に、いつの間にか一人の老婦人が腰かけていた。老婦人だと判るのはその服装と声からであって、顔からではない。その顔は銀の仮面で覆われ、後方に垂らした明るい栗色の髪は緩やかなウェーブを見せている。仮面には目の所だけ穴が開き、その奥に見える眼球は真っ白だった。三人は身を竦ませ、姿勢を正して老婦人を見つめた。

「今日最後の――そして本年最後の入学許可者の三人ですね?みな優秀ね…」

 老婦人は手にした分厚く古めかしい本を開き、目をそこに落として言った。どうやら三人の記録があるようだった。

「エメリ・ドリーオハト…よく来たわね。おばあ様はお元気かしら?」

「は、はい!あの…」

「あぁ、自己紹介しなくてはね。私とした事がウッカリしていてごめんなさい。魔女学校クラン・ボーハル校長のファリガ・クリーオウです。ここでは皆さん『クリーオウ先生』と呼んでいるの」

 マリカが呟いた。

「クリーオウ…三姉妹の…」

 クリーオウ校長は、アラ…という顔でマリカを見て言った。

「懐かしい呼び名ね。いまではそれを言う人も少なくなったのよ。姉と妹は随分前に別々の道を行くようになったの。あなたは――」

 クリーオウ校長はマリカの耳に視線を送った。

「あなた…マリカ・ル・ファトね?そしてそちらがジュジョア・ラ・コスタ」

 呪ジョアはツバを飲めず、むせて咳き込んだ。マリカが驚いて黙っていると、クリーオウ校長は本を置き、祈りでもするかのように手を前で組んでマリカをじっと眺めた。その目は深い優しさに満ち、そして同時に悲しげでもあった。

「あぁ…あなたがね…。そう…。よく来たわね」

「あの…私がなにか…?」

 クリーオウ校長は微笑み、マリカの問いには答えずに三人に学校のあらましを説明し始めた。学習は二年間。希望すれば延長して専攻科に進級もでき、成績優秀者にはさまざまな特典もあること。学習内容は実用高等魔法だけに限らず、人間界のことなども含まれていることなどが告げられた。

「まあ詳しいことは後であなた方の担任に聞くといいでしょう。担任と言っても学年全体でも五十二名で、それを三クラスに分けているから、距離感は近いのよ。いま呼びますから、彼女に付いて早く学校生活に慣れる事ね…」

 そう言うとクリーオウ校長は後ろのデスクに手を伸ばして受話器を取り上げた。話に聞いた人間界の『電話』というものだと、三人はすぐに気づいた。クリーオウ校長は三人の視線に気づき、笑った。

「なに?魔法で呼ぶと思ったのかしら?そんな横着はしませんよ。人間界の道具も最近は便利なものが多いわ」

 仮面の奥でウインクをしたように見えた。マリカも微笑みを返した。

 クリーオウ校長が受話器を置いて暫くすると、一人の若い女性が入って来た。広い校長室を大きな歩幅で胸を張り、真っ直ぐ前だけ見て歩み寄るその姿は威風堂々としていた。が、三人はその女性の風貌を見た時、不思議に感じた。人間界にも少数のアラディアの末裔は存在しているが、アジア系は希少中の希少と言われているからだ。彼女は小柄で、光が当たると深い緑にも見える黒色の長い髪を持っていた。

「こちらはあなた方が在校している間担任を務めるミヤベ教官よ。クラス替えはありません。彼女がアジア系なので驚いているのね?実際、数はとても少なくてもアジアにも魔女は存在しているわ。彼女は日本人。そう、この国の方よ。魔女の少ないアジアでもとりわけ珍しい『系』に属している方で――でも、彼女がどれほど優秀な魔女かは、すぐにあなた方自身で知ることになります。さ、お行きなさい。今日は各自の寮室でしっかりと休んで、明日からの行事や本題であるお勉強に備えるのです。ミヤベ教官、三人をお願いしますね?」

 クリーオウ校長は両手を広げ、その部屋に居る全員を抱きかかえるような仕草で送り出した。ドアを出るとき振り返ったマリカは、椅子に腰かけこちらを見ている校長の姿が静かに霞んでいくのを見た。霧の粒のように透けて向こうが見え、そして何も見えなくなった。

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