第16話 襲い来るは狙撃と斬撃
★シアン・イルアス
――しかし、どうしたものかな。
岩石地帯を歩きながら、シアンは目を細める。
思考の内容は、自分達の戦力不足についてだ。
シアンとユキア、二人ともが生き残る未来を掴み取ると決意した。だが現実問題、二人だけで
――命懸けでワンチャン狙うんじゃなくて、確実に涅槃に勝てるようにする必要がある。……だったら、やっぱオレ達だけじゃ厳しいよな。
シアンもユキアも、地上を生きる者の中ではかなり強い方だろう。だが『
街で協力を仰ぐというユキアの案を却下した直後ではあるが、やはり何かしらの戦力増強は必要だろう。とはいえ、安易に一般人を巻き込むわけにもいかない。どうやって探すべきか。
考えを巡らせるシアン。自分をスコープ越しに狙う者がいることに、彼は気づいていなかった。
★ユキア・シャーレイ
キラリ、と視界の端で何かが煌めいた。
――なんだ……?
かなり遠くにある、岩塊の上だ。金属の何かが、太陽の光を反射したようだ。
目を凝らす。ストレイの瞳は人間よりもいくらか視力が高い。
かろうじて見えた。スナイパーライフルをこちらに向ける、金髪の少年の姿が。
そしてストレイであるライフルの銃口から、エネルギーの弾が放たれる瞬間が。
「――――シアン!!」
自らの身体を盾にして、シアンを庇う。光弾が腹に直撃し、霧散する。衝撃で身体が押されたが、痛みはない。ストレイを破壊できるほどの威力ではなかったようだ。
「な、なんだ……!?」
「狙撃された! 悪いがまた抱えるぞ!」
何が起こったのか理解できていないシアンを抱え上げ、岩塊の裏へと飛び込む。
シアンを下ろし、耳を動かして周囲の音に集中する。狙撃手以外にも、敵がいるかもしれない。
「狙撃って、盗賊がまだ残ってやがったのか……!?」
「いや、ギリギリ見えたが先ほど会ったシャルマという少年だ! 何故か、攻撃されている!」
一撃目は明らかにシアンを狙ってきていたが、シャルマの標的がシアンだけかどうかはわからない。旅人ならユキアという人型ストレイのことは知っているだろうし、銃弾が効かないユキアを後回しにしただけという可能性もある。
「ちなみに君は、あの子に狙われる心当たりとかあるか? 以前キメラ横取りして恨みを買ったとか」
「普通にさっき会ったのが初対面だし、そんな理由で撃たれてたまるかよ。取り立てて思い当たる節はねえけど……そういやあいつの連れのムクドリが妙にオレの出身地を知ろうとしてきたな」
「『魅魁の民』の話をしたのか?」
「するわけねえだろ、適当にぼかして答えたよ。だから正直、狙われる理由はマジでわかんねえ」
その時、ウサギ耳が人の足音を感知した。小柄な人間が、こちらに接近してくる。
「気を付けろシアン、近づいてくる者がいる! 足音からして、おそらくあのムクドリという少女だ!」
叫んだ直後、岩塊群の奥から着物の少女が姿を現した。かなり前かがみの体勢で、凄まじい勢いで肉薄してくる。ユキアほどではないが、肉体の幼さからは想像できない速さだ。
腰の刀は抜かれておらず、鞘に納まったままだ。ムクドリは一気に距離を詰めつつ、刀の柄に手を添える。
――
抜刀の勢いで斬りつけてくるつもりか。再びシアンを庇うように前に出て、腕を交差して防御姿勢を取った。並の刀なら、これで叩き折れる。
「ダメだ下がれ! ストレイの刀だ!」
だがシアンがユキアの服を掴み、後ろへと引っ張った。バランスを崩し倒れかけたところで――「キン」という硬い音と共にユキアの両腕から血が噴き出した。
「――いっ……!?」
痛い。久しぶりに感じた感覚だった。それぞれの腕に浅い切り傷が刻まれている。
斬られたのだ。シアンの言う通り、ムクドリの刀はストレイだった。すなわちユキアの肉体にも、傷を付けることができる。シアンに引っ張られたお陰で掠っただけですんだが、そうでなければもっと深い傷を負っていただろう。
だが瞠目すべきは、そこではなかった。
――なんだ今の……見えなかったぞ!?
ユキアの目には、ムクドリが刀を抜いたようには見えなかった。刀に手を添えた体勢のまま、ただ接近してきただけに思えた。
だが、違う。実際には抜刀→斬撃→納刀が一瞬の内に行われたため、目が追いつかなかったのだ。先ほどの「キン」という音は、納刀の時に鳴ったものだろう。
あまりにも、速すぎる。接近時の動きといい、ムクドリの細く小さな身体には似つかわしくない筋力だ。あの刀型ストレイには身体強化系の効果があるのかもしれない。
「体勢を整えろ! 近づかれたままじゃやべえぞ!」
「っと……!」
シアンの声で我に返り、地面に手を付いて体勢を立て直す。確かに、切れ味の良すぎるムクドリの刀は防ぎようがない。まずは距離を取るべきだ。
シアンを再び抱え、地面を蹴る。
「シャルマ、西側に出ていくわ!」
「――――っ!?」
ムクドリの言葉の意味を理解するのが、一瞬遅れる。
シャルマは、数百メートル離れた岩塊の上にいる。とても声が届く距離ではない。
通信機器を使用しているという答えにたどり着き、更に射線へと誘導されたと気づくまでに、一秒ほどの時間を要してしまった。
「しまっ……」
二人の身体が岩塊の陰から出た直後、超高速の光弾がシアンの腹を撃ち抜いた。
「が……っ!?」
体内で逆流した血を吐きながら、シアンが呻く。
弾は、人体を貫通していた。即死はしていないが重症だ。
「く……っ」
シアンの身体を抱え込み、全速力で走り出す。さすがのシャルマも、スピードに乗ったユキアを狙撃はできないはずだ。斬られた腕が少し痛むが、シアンの体重を支える程度なら問題ない。
だが、ムクドリが追ってきた。ユキアには及ばないまでもとんでもない速度で、疾走してくる。
このペースなら追いつかれることはないが、振り切るのも難しそうだ。今はシアンもユキアも帽子を被っていないし、一緒にいる状態で逃げ続けて人目に付くのもあまりよくない。
「ぐ……ユキアッ。オレを、捨てろ……」
抱えられたシアンが、小声で囁いてくる。傷口には小さな蒼炎が灯っていた。見る見る回復していたが、完治まではもう少し時間がかかりそうだ。
「オレはどうせ死んでも生き返るし、荷物抱えたままじゃお前が満足に戦えねえだろ……。オレを投げ捨てて、あのガキを止めろ……。あっちのシャルマとかいう奴は、こっちでなんとかする」
「……、」
唇を噛みしめる。シアンを放置するのは抵抗があるが、言う通りにした方が良さそうだ。
「……すまない、シアン」
岩陰に飛び込み、なるべく衝撃を与えないよう気を付けてシアンを地面に下ろし、すぐさま走り出す。ムクドリはチラリと倒れたシアンに目を向けたが、すぐにユキアを追ってきた。
――シアンは無視か……もう戦えないと思っているんだろうし、ボクを仕留めるのを優先するということか。
ムクドリがシアンにトドメを刺すのではないかと、内心緊張してはいた。仮にそうなってもすぐ蘇生できるのだが、「不死身」という情報はなるべく敵に与えない方がいいだろう。
ともあれ、これで存分にユキアの身体能力を発揮できるようになった。
高く跳躍し、岩塊の側面を蹴り更に上へ。高台の一つへと飛び乗る。すぐに、ムクドリが岩塊の傍までたどり着いた。
「君、ムクドリといったか!?」
上から声をかける。幸いムクドリは足を止めてくれた。
地上との高低差は、十数メートルある。ムクドリも、この高さを一息に上ってくるのは難しいのだろう。今なら会話が可能だ。
「君は何故、ボク達を攻撃するんだ!?」
「……、」
ムクドリは、すぐには答えずこちらを睨みつけていた。ユキアの何かを、見定めようとしているようでもあった。
「……あなたは、あの青髪の男とはどういう関係!?」
「なに……?」
質問に質問で返され、少し面食らう。青髪というのはシアンのことだろう。やはり、彼が関係しているのか。
「彼は仲間だ! 君は、シアンに恨みを持っているのか!?」
「……、あなたはあの男のことを、どこまで知っているの!?」
また、返ってきたのは質問だった。ムクドリとしても、ユキアの情報を欲しているようだ。
――シアンのことって……まさか、『魅魁の民』のことか……?
思い当たるのは、やはりそれだ。ムクドリも、『民』と何らかの関わりがあるのか。
「君は、みか……っ」
『魅魁の民』の名前を出しかけ、寸前で踏みとどまる。
ムクドリが何の話をしているか確信が得られるまで、『魅魁の民』のことは口にしない方がいい。万が一無関係だった場合、ムクドリまで『民』に狙われるようになってしまう。
だがそんなユキアを見て、ムクドリはスッと目を細めた。
「そう……やっぱりあなたも関係者なのね」
「え……っ?」
ムクドリは高く跳躍し、ユキアと同じように岩塊の側面を蹴って肉薄してきた。その身軽さには驚かされるが、脚力が十分ではなかったのか僅かに高さが足りなかった。
気が緩みかけるが、ムクドリは空中で刀の柄を握った。
「
一瞬だけムクドリの手がブレて、「キン」という硬い音が鳴る。二本の斬撃がV字に閃き、岩塊の縁を斬り抉った。
「っ!?」
目に見えない速度で、ほぼ同時に二太刀の攻撃を繰り出したのだ。『閃風流』……それが、今の技を形作った流派なのか。
――か、カッコいい……!
ユキアの精神年齢低めな部分に、ドストライクで突き刺さっていた。
……などと目を輝かせている場合ではない。二本の斬撃はユキアの立っていた岩塊の縁を斜めに斬り裂いていた。
ガクリと足場がズレ落ちる。咄嗟に岩を蹴り、別の岩塊へと跳ぶ。
――さっきムクドリは、「関係者」って言った……。ボクを『魅魁の民』の仲間だと思ったのか……?
そうだとして、何故そう思ったのかがイマイチわからない。「みか」という言葉に反応した以上『魅魁の民』を知っているのだとは思うが、確信が得られない以上確認の取りようがない。
――ああもう、やりづらいな……!
岩を蹴り、地面を蹴り、また岩を蹴り……立体的な動きで、岩石地帯を高速移動していく。
高い跳躍力を持つユキアにとっては、壁や岩、樹の幹なども立派な足場になる。高さのある障害物が多いこの地形は、自分の最も得意とするフィールドだ。
ムクドリも必死に食らいついてくるが、ユキアに追い付くのは不可能だった。
とはいえ、逃げ続けても意味はない。ムクドリの思惑はともかく、どうにか隙を作って動きを止める必要がある。
「……、」
ユキアは敢えて速度を落とし、ムクドリがギリギリ見失わない距離を保った。そうすることで、ムクドリを意図した場所へと誘い込む。
――今度は、ボクが誘導する番だ。
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