第9話 親近感


★ユキア・シャーレイ



 シアンと二人、草原をしばらく歩いていると、サンセマムの町が見えてきた。


 既に日は落ちて、頭上では星空が広がっている。真っ暗闇の中、市壁に囲まれた町明かりがよく見えた。


 ルサウェイ大陸にある人間が住む町は基本的にどこも、高さ十メートルほどの市壁で囲われている。キメラを町に入れないためだ。町に出入りするためには、いくつかある門の内の一つを通る必要がある。


 サンセマムは、ルサウェイ大陸の南東にある町だ。それほど大きくはないが、他の町との交流は多く、旅人もよく立ち寄る場所だった。


「ユキア、ちょっと止まってくれ」


 と、シアンが突然足を止めた。まだ町までは距離がある。首を傾げ、ユキアも立ち止まる。


「悪いけど、サンセマムには別々に入ることにするぞ」


「む、何故だ?」


「お前が目立つからだよ」


 ユキアのウサギ耳を指差して、シアンは言う。


「お前は有名人だし、普通の人間じゃないことも一目でわかる。オレも旅先で『ユキア・シャーレイを○○の町で見た』って噂はよく聞いてた」


「まあ、特に隠したりはしていないからな」


 人間達に奇異の目で見られることにも、既に慣れている。ユキアとしては自分の容姿を割と気に入っているので、露出の高い服を好んで着ていた。


 また、自分が人型ストレイであることを意図的にアピールしたりもしていた。もし自分以外に人型ストレイがいる場合、その者に見つけてもらえるようにだ。


「オレと行動を共にするなら、それはマズいんだよ。地上で行動してる『民』は、みんながみんなリウみたいな賞金首じゃなくて、普通の旅人として町に出入りしてる奴らもいるんだ。そいつらが『ユキア・シャーレイと一緒にいる青髪の男』の噂を聞きつけたらどうよ?」


「……そうか。君は『民』達に命を狙われているから……」


「ああ。数人がかりで殺しにくるかもしれねえ。お前の存在が、オレの居場所を示す目印になりかねないんだよ」


 シアンは灰色の上着のフードを被り、青髪を隠した。フードの陰の中だと蒼い瞳もくすんで見えるので、これだけでだいぶ特徴が失われた。


「オレは普段、町に入る時はこうやって目立つ髪を隠すようにしてる。奴らと戦う以上、なるべく痕跡は残さないようにする必要があるんだ」


「……だが、さすがの『民』も町の中で襲ってはこないだろう?」


「町を出た所を襲ってくるかもしれねえし、そもそも『魅魁みかいの民』は十人いりゃサンセマムぐらい滅ぼしちまえるような化け物だぜ。もちろんそこまで大規模に動くことはまずねえけど、こっちは敵の動向を把握できないのに相手だけオレ達の居場所を知ってるって状況はなるべく作りたくねえ。だからお前も、町の中では耳を隠してくれ」


「なるほど……道理だ」


 ウサギ耳の聴覚は広範囲の物音を拾えてかなり便利なので、ユキアとしてはなるべく出しておきたいがそうも言っていられない。


 シアンがこっそり行動していても、一緒にいるユキアが目立つ所為で常に敵から居場所が筒抜けになるのでは意味がない。サンセマムについたら、大きめの帽子を買うことにする。耳を寝かせれば隠すのは容易い。


「了解した。それじゃあ、ボクから先に町に入っておこう。この袋は君に返すよ」


 ユキアが背負っていた、毒針入りの袋をシアンに手渡す。町に入る時間をどうずらすかなどは、隠密行動に慣れたシアンに任せた方がいいだろう。


「ボクは西側にある宿に泊まっているが、君は?」


「オレは南側の方だな。今後一緒に行動することを考えると、同じ宿にした方がいいか」


「じゃあ、ボクが後で荷物を持ってそっちに行くよ。もちろん、耳は隠してね」


「おう、助かる」


「チュウチュウ」


「唐突な鳴き真似はやめろ」


 シアンと別れ、一人サンセマムへと歩き出す。


 普通の人間ならば女性一人で夜道を歩くのは物騒かもしれないが、ユキアならば何の問題もない。仮にならず者が数人で現れて組み伏せようとしてきたとしても、全員蹴り飛ばして終いだ。


 幸いこの辺りを縄張りにしているキメラは昼間しか活動しないようなので、楽な帰路だった。


 二十分も草原を歩けば、サンセマムの南門にたどり着いた。門の外側と内側にそれぞれ一人、門衛が立っている。


 独特の模様が描かれた木の札を懐から出し、門衛に見せる。名前を伝え、「ユキア・シャーレイが町に帰還した」という記録を門衛が残すと、町の中へと通してくれた。


 地域によって細かい違いはあるが、基本どの町も旅人が入る際に旅行者として名前を登録する。登録するとそれを証明するものを渡され(サンセマムの場合は模様の描いた札だ)、提示すれば住民と同じ待遇が受けられる。町を一時的に出入りする時にも証を提示し、門衛が名前を記録する。


「……さてと。ようやくの安全地帯」


 門の向こうは、石造りの建物が並ぶ通りだった。衣服や食物を売っている店がいくつもあり、照明のオレンジ色の光が夜道を照らしている。酒場や料理店もあり、空腹を誘うような香ばしい匂いが漂ってくる。


 町で使われている照明や調理器具などの道具は、この二百年の間人間達がストレイを解析して作り出したものだ。


 未知の技術で作られたストレイは今でもほとんど謎のままだが、ごく一部なら研究が進んでいる。解析した部分を基に年月をかけて作られたのが、現在人々が使っている機械だ。ユキアが持ち歩いている時計や方位磁石などの道具も、ストレイの作りを参考にして作られた高精度な優れものだった。


 ――せっかく協力するんだし、通信機器とか買ってもいいかもしれないな。


 遠距離で通話ができる機器も、各地で作られている。最近では携帯できるものも出回っているので、ユキアとシアンでそれぞれ持ち歩くことにしようか。


 ――っと、そうだ。帽子帽子。


 宿に向かう前に、手近の服屋に入る。しばらく物色し、下向きのツバが付いた大きな黒い帽子を購入した。


 深く被ると、視界の上半分が見えなくなる。耳が帽子の中に入ってしまうので音もかなり遮断されてしまい、世界が遠ざかったような不安感があった。


 ――これは、少し怖いな……まあ、おいおい慣れていこう。


 小さな丸い尻尾はズボンの上から出したままだが、着ているコートが長いので外からは見えない。だが何かしらのきっかけでコートを脱ぐ可能性を考えて、今後はなるべくズボンの中に入れておいた方がいいだろう。少し落ち着かないが、我慢する。


「ふう……夕食は、後でもいいか。まずは宿に行って、荷物の移動かな」


 シアンが泊まっているのは南側にある宿だったか。リウのいた山がサンセマムの南にあるので、ユキアが移動するのがやはり正解だろう。


 ――シアン、か。


 宿に向かって歩きながら、今日初めて会った少年のことを思い返す。


 出来損ないの『魅魁の民』。人殺しとして生まれたのに、人殺しに順応できなかったまがい物。おまけに不死の身体を有していて、殺されてもすぐに生き返ってしまう。


 人として、シアンは異端中の異端だ。『民』の中にも、普通の人間の中にも、彼の本当の意味での居場所などないのではないか。その孤独感は、計り知れない。




 そんなシアンに対してユキアが抱いているのは、強い親近感だった。




 シアンは、この世界に一人だ。この広い世界で、独りだ。

 そして銃で頭を撃たれても槍で胸を突かれても、死なない。


 ――まるで……ボクみたいだ。


 ユキアも、十年前に目覚めてからずっと、独りだと感じていた。だから、孤独感を埋める存在を求めて旅をしている。そして四年かけて大陸を回っても、出会うことはなかった。


 だがシアンは、ユキアが今まで出会ってきた者の中で最も自分に近い生き物だった。


 無論それで旅の目的が果たされたとは思わないし、他の人型ストレイの情報を探るためにリウを追うのだ。それでもシアンという人間は、ユキアのような人間離れした者がこの世に一人ではないという証明になってくれる。ユキアの孤独感を、ある程度は埋めてくれるのだ。


 だから……手を組むことになったのが、シアンでよかった。


 穏やかな表情で、ユキアは宿へと歩を進めるのだった。

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