第3話 決戦

 いくら自分が中学生の姿をしているからとはいえ、中身は社会人だ。周りのレベルに会話を合わせなくてはならない。しかし、それは苦しいものではなく昔の記憶を掘り起こしているみたいでサトルにとって面白いものであった。


懐かしんでいる時間は過ぎてついに決戦の時を迎える。

 

ここでサトルは重要なことに気づいた。最後にパーを出して負けたという情報以外に何も覚えていなかったのだ。あの老人は「自分次第」だと確かにそう言った。


相手が過去通りの手を出してくれるのかは分からない。過去の出来事に戻れるだけでそこから全て自分で解決するというシステムだった場合、同じ結果になるという場合も十分に有り得ることだとサトルは思ったのだった。

 

 よく考えてみればそんなに簡単に後悔を取り戻せるわけがないのだ。思えば自分の人生は選択のミスの連続だった。それもただのミスではない。重要なところで犯してしまうという悪い癖のようなものだった。


スポーツには「負け癖」という言葉がある。文字通り負けることが癖になってしまうのだ。「スランプ」と言ったりもするが人生においてもその言葉は確かに存在するものである。


一流のスポーツ選手でも負け癖から抜け出すことは大変なことだ。それをサトルは謎のノート一つで解決しようとしているのだ。

 

 「もう負けられない」

サトルにとって、もはやただのじゃんけんでは無くなっていた。


サトルの拳に力がこもる。

「じゃんけん、ぽい」

五人の拳が二通りに分かれる。自分は負け残ったのだとわかる。また一騎打ちになってしまったのだった。


 サトルはもう考えるのをやめた。体が反応するままに次の手を繰り出すと勝負は決まった。サトルはじゃんけんに勝ったのだった。


ただのじゃんけんとはいえ、サトルが重要な場面で勝ったのは初めてだった。

「勝利の余韻」に浸っていると目が覚めた。現代の朝だ。


後悔を書いたノートのページは綺麗に無くなっていた。後悔を取り戻せたということだろうか。サトルはよくわからないまま会社へ行く準備を始めた。


いつもギリギリの電車で朝飯を食べる時間すらないのに、今日は余裕をもって出社できた。


 その日のサトルは普段と何もかもが違った。頭がよく回っている感じがするし、声がいつもより通る気がした。周りとのコミュニケーションが円滑にとれるようになり、いつもの倍のスピードで仕事を終わらせることができた。

 

追加の仕事を嫌な上司からやらされそうであったが、近づいてくる前に退社することに成功したのだ。サトルが定時で退社したのも初めてのことだった。


 自宅への帰路を辿っていると一通の連絡がスマホに届いた。

それは「久しぶりに仲良し組で会わないか」と修学旅行でじゃんけんをしたメンバーからの誘いだった。


 サトルは目を疑った。中学を卒業してからそのような誘いを受けたことがなかったからだ。何度確認してもそれはサトルへの連絡だった。


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