餓 王 化身篇

百舌

第1話

 そこは戦場であった。

 砂塵の舞う荒野にむくろが横たわり、戦塵が陣をうずめていた。

 疲労しきった兵士が、膝を抱いて石のように固まって眠っている。その身体を黄砂が薄く覆い、そのまま大地が彼の生命を呑み込もうとしているようであった。

 コト・ディジは、堅焼煉瓦かたやきれんがの城塞で知られている。

 私は六千の部隊を率い、土塁と煉瓦で被われたその城砦を囲んでいた。

 攻城戦に六千とは寡兵かへいだが、戦線が延びきっておりやむを得なかった。

 兵の増員を進言したがまるで黙殺に終わっている。

 それに兵員の増加は、補給という弱点を併せ持つ。

 自らの将器であればこの総員数が相応しく思える。

 身の丈を超えるものを欲しがって、逆襲でもされればそれまでの地位が霧散する。与えらえた兵力で攻略を進める他に選択肢はないようだ。救いとしては、私自身が鍛えあげられた五百の騎馬隊を持っていることであった。

 落ちかけた陽光が風を呼んでいる。

 歩哨の角笛が、もの悲しい音色を風に乗せてきた。風の向き次第では驚くほど遠くから届けられる。夜ともなれば、郷愁を揺さぶるその余韻が兵士のまぶたを濡らした。

 厭戦気分というのは常にある。

 戦機が停滞すれば、顔を出す。

 長期の包囲作戦が取りにくいのは、この寡兵でも補給が満足ではないのだ。空きっ腹を誤魔化すには不平を漏らしているのが常になる。いずれ下士官にもその気分が伝染していく。

 恐らく私は凄惨な顔をしてこの風を受けていることだろう。


 そこはランカの衛星都市である。

 またランカとは「島」を意味する単語である。

 さらにランカとは七大河インダス河の支流が糸のもつれのように交じり合う、その砂州のうえに築かれた都市の名前でもあった。その様子がまるで大洋に浮かぶ島のように見えたのである。

 水上輸送の要衝という利点は、防御が難しいという弱点と表裏をなす。ランカという大都市は、大河を溯って運ばれた貢ぎ物が列をなすことで維持されている。

 ランカが安逸あんいつに繁栄を享受きょうじゅするには盾が必要であった。

 その盾となったのがコト・ディジである。

 それは全体が城壁のような役割を持つ、特異な町であった。

 ランカを護るために、膨大な貨物を荷解きし、流入する人民を選別する前衛都市としてのコト・ディジがあった。

 ランカが隆盛を極めたある時期、新運河が掘削され、支流パルシュニーの流路が変更された。そのためにコト・ディジは、都市自体が置き石のように捨てられた数百年があった。

 それはあたかも、亀が死して、その甲羅だけが取り残された感があった。


 都市の再建はあの十王戦争に端を発する。

 戦難を逃れてきたランカびとの、王国再建への橋頭堡きょうとうほとなったのだ。

 廃墟となったランカから様々な知識と、技術が掘り出され、運び込まれた。それは現在となっては奇跡のような技に満ちたものであった。

 だがこの構想は難民の間に流行った疫病で潰えた。王権をもつ一族は後継者がたたず、ついに王国は滅亡した。求心力を失ったコト・ディジは再び衰亡の道を歩む。ただ落ちぶれながらもこの都市は、ランカの知識や技術を、断片的ながら保有していた。

 かつては永遠の都と謳われたランカ。

 いまとなっては、その廃虚はモヘンジョダロ《死の丘》とも呼ばれている。

 緑豊かであった土地は、今は砂嵐が押し寄せる熱砂漠となっている。

 神々の兵器、アネグアが使われた砂漠の中心は、シャリーラの呪を恐れて鳥さえも近づかない。

 この私も同地には踏み入れたことはない。

 伝承だけが独り歩きをしているのかもしれぬ。

 その砂漠では、一日迷うと奇形の子が産まれ、三日迷うと髪の毛や爪、歯などが抜け落ちる。そして五日迷うと臓に血溜りができて、身体が黒蛭のように膨張し、命が半月ともたない、と伝わる。

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