第35話 神明裁判Ⅻ 王権神呪
純粋な【
——それが【
世界を破壊する『滅びの光』。
その光に触れたものは全ての大元である
視界を灼き尽くす、真っ白な光。
俺が指差した先には、王城の最上階にある『玉座の間』があった。
ティアが放った極光の洪水は、王城の上層階を丸ごと呑み込み、その圧倒的な破壊のエネルギーは玉座を完全に消し飛ばした。
こうして俺とティアは、
イニィさんを不当に貶め害そうとする、
王国の『権威の象徴』の全てを破壊した。
『くぉおおおおおおおおおおおおおんん!!』
天高くティアが雄叫びを上げる。
王都全域を震撼させる声を聞いて、中庭に集まっていた群衆がバタバタと倒れていく。……先のティアの一撃によって物質が強制的に分解されることで精製された高濃度の
「あらあら、みんな寝ちまいやがんの。勿体無いないねぇ。こーんな面白ぇモン、見逃す手はねぇよなぁ?」
クックックと笑いを噛み殺すギース。
「ああぁぁ。ナギくん、ナギくん。なんて事を……」
自分の存在のために俺が道を踏み外した、と考えてるのであろうイニィさん。
「な、な、な……なん、という」
隣で倒れる国王に一欠片の注意を向けることもなく、ただ中庭からティアと俺のことを見上げて全身を
……だが、その様子がおかしい。
はじめ、怒りと恐怖に震えているのだと思った。だが、その表情にはそのどちらの感情も読み取ることができず、ただただ『狂喜』という感情のみが全身から放たれていた。
「なんという圧倒的な『力』! なんという絶対的な『存在』だ!!」
あはは、あははははははははーーーっ!!!!! と顎が外れるほどの大きな口から魂がこぼれ落ちそうなほどの大声で狂笑する。……その瞳には常の自信に満ち溢れた猛禽のような鋭さはなく、ただただ、憧れと夢想が溶けて混ざった『妄念』が宿っていた。
……なんだ?
背筋にビリビリと嫌な予感が走る。
なにか、良くないことが——。
「あぁ、あぁ。なんと狂おしく、愛おしいのだ。……欲しい。欲しいぞ、その【力】。我に捧げよ、我に下れ、我が物となれ——!!」
エドワルドの両の瞳が妖しく輝きだす。
普段の碧眼が一変し、妖魔が宿ったような鮮血の如き赤黒い光を放っている。
(なんだあれは!?
その時、俺の『魔眼』が異変を捉えた。
エドワルドの赤黒い眼光に周囲の
……まるで、ティアの【
——やがて、エドワルドの瞳から放たれる光は、大きな『崩壊の大渦』となっていった。
(あれは放っておくと不味い!!)
明らかな異常を前に、俺は即座にティアに触手による刺突攻撃を指示する。
ティアは太い触手から枝分かれさせた一本を達人の槍の一撃のように叩き込んだ——だが。
「ふははははははははははは、効かぬゥ!!」
エドワルドの眼光によって生じた『力場』によって、超重量と高速を伴うティアの一撃が最も
「なっ!?」
「はぁ、はあっ、がっ、はっ!!」
王子エドワルドは血の涙を流し、血の混ざった吐瀉物をぶち撒けながら、それでも口には笑顔を貼り付けて赤い眼でこちらを見る。
「————なぁ、いいだろう? それ、俺にくれよ」
【王権神呪:『
エドワルドの瞳から赤光が放たれた。
禍々しい気配を纏う光は、回避運動に入ろうとしていたティアに向かって誘導して飛んでくる。……そして。
「!? ぎゅぐくううぅぅぅぅううぅぅ!!」
「がっ!? ぐぅああああああぁぁっっ!!」
ティアの体の一部に着弾した。
——その瞬間、俺とティアの間にある魔力の
——その時の俺は知る由もなかったが、王族であるエドワルドがその身に宿す『
この時の俺は、【
「ああぁあぁ!! がぁああぁぁああっ!!」
【
黒い角は抜け落ち、肌は本来の色へ。
世界の音が鮮やかさを喪い、遠く鈍い
世界の見え方も灯りを落とされたように色彩が暗くなり、視界は狭まり、遠くまで見通せなっていく。
——ティアが隣にいたことで感じていた万能感、特別感、そして温かさが遠ざかっていく。
(……やめろ。やめてくれ。ティア……!)
夢中になって手を伸ばす。
俺の目に映る指は、鋭い爪も堅固な鱗もないつるんとした普通の人間のものだった。
「ははははぁはははっ!!! お前はもう、俺の、俺のものだぁあぁぁぁあああはははははは!!」
左手の甲に真っ赤に輝く【従魔紋】を宿して、エドワルドは歓喜の雄叫びを上げる。
めきめきと音を立てながら、エドワルドは俺に代わって人魔形態へと変貌してゆく。
だが、俺とは異なり黒と赤を基調とした角や瞳に変化し、俺の変身した姿よりもより攻撃的で危険な姿に変わっていった。
魔力や
それに縛られて、ティアは痛苦の悲鳴を上げていた。
「ぎゅううううぅぅうううう、ぐぅうううぅ」
ティアは俺の喪失と隷属の激痛に身を捩って耐えている。……だが、それによって俺の足に絡みついて固定していたティアの鱗毛が解けてしまった。
「ティ……ア……ッ!」
体の言うことが効かない俺は、ティアの頭上から振り落とされて落下する。離れたくない一心で手を伸ばすが、俺の手は何も掴めない。
「ナギくんっ、ダメっ!!」
イニィさんの悲鳴が耳に届いた。
王城の一番高い塔と同じほどもあるティアの頭から落下したら、今の俺はきっと耐えられない。
(落ち……速っ……怖……ティア!!)
落下の恐怖よりも、自分が死ぬ事よりも。
空に浮かんで身を捩るティアが泣いているように見えて、心に強い憤りが浮かんだ。
だが、そこまでだ。
ただの人間に、
ただの最弱の【
この場を切り抜けるための「力」は無かった。
無力感と絶望が俺の胸を締め付ける。
落下しながら見上げるティアは、エドワルドの赤い光が寄生したように、瞳や背鰭から禍々しい光を放ち始めていた——。
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