第25話 神明裁判Ⅱ 暗躍する人々
「おおっと、こんなところで
「……はぁ、相変わらずなのは貴方もでしょう。何普通に串焼き食べてるんですか」
王都ガルガンディア。
夕刻の賑わうメインストリート。
数々の屋台が腹を空かせて夕食にありつきに来た客たちに美味くて安い食事と酒を提供している。
香辛料の効いた大振りな肉が四つも刺さった串をペロリと食べる男が、目的の尋ね人であった。
「そりゃあお前。こわいこわーいバケモノが俺のことを殺しにくるかも知れないから体力付けてんだよ。お前も食うか? 前から言ってるが、もちっと肉付きいい方がモテるぞ?」
「ご心配なく。必要な分はもうモテていますので。……お久しぶりです、ギース師」
「やめーや、おバカ。こんなところで畏まるな。俺がエラい奴に見えてきちゃうだろうが」
次の串焼きを口に頬張りながら、横を見ないで返事をする。大通りの雑踏と、人気の屋台の喧騒の中でも二人は特に耳を寄せるでもなく、前を向いたまま会話を続ける。
市政の民に紛れ込めるように黒衣から平服に、身なりと纏う空気を『変装』したミアキスは久しぶりに会う師——聖導教会の暗部組織でかつて師事した『最悪の男』にコンタクトを取った。……内心の非常に嫌な気持ちを、表情に一切出すことなく。
「お前さぁ。俺のことをキライ過ぎでしょぉ? ……目線、散りすぎ。呼吸、浅すぎ。発汗、多すぎ」
「……!」
指摘された点はどれもミアキスも自覚はしていた。が、その微細な変化を横目に見もせずに言い当てられ、さらに冷や汗を増やす。
「ほーら、また。おいおい、ちゃんと教えただろ? 最近修業サボってんの? ……なんだよ、俺に会って『緊張』するなんて、まだまだカワイイところあるじゃん? ミアちゃんよ」
「……はぁ。分かりましたから、この辺で勘弁して下さいよ。——今日はお願いがあって来ました」
「うん? ……俺にわざわざ持ってくる話、かぁ。ヤダねぇ、面倒くさそうだ」
「——冒険者ギルドの地下三十階、『封印牢』に冒険者ナギ・アラルが囚われています。我が主人が、彼をご所望です」
「げぇ、あそこかぁ。つーかまたナギかよ。最近ヤツと関わると碌な事にならねぇから気が進まないんだよなぁ〜〜。……んで? 一応聞いてやるけど、『見返り』は?」
「……【葬神機関】第三席への復帰を推挙いたします」
「だぁっはっは! バーカおめぇ、見返りになるかそんなもん! またジジイ共の下につくなんて死んでもゴメンだ」
「ですか。結構本気なのですが。仕方ありません——では、こちらを」
ゴトリ、と。
屋台の古びた木製の折りたたみテーブルの上に、布に包まれた三十セルチ程度の長さの物を取り出す。
「んー? なんこれ……って、オイオイオイ。俺にこれを
「私の独断です。が、事後で承諾させます」
「ええぇぇ。俺は知らないよぉ? 勝手に【神器】持ち出しちゃったりして、後で怒られても」
ギースがその包みを受け取ると、途端に中に包まれていたもの自体が無くなったように「ふにゃり」と布が緩んだ。……もう布は何も包んでおらず、ギースはそれで口を拭いてから、ミアキスに返した。
「………………」
「うへっへっへ、美人が嫌がる顔は絵になるねぇ。オジサン眼福」
「……っ! 確かに渡しましたからね。報酬分はしっかり働いてくださいよ。『
「おいっ、その名で……あ、もういねぇでやんの。……あっ!!」
その時ギースは恐ろしいことに気が付いた。
「……あんにゃろう、伝票、俺に押し付けて帰りやがった……」
▼
『
神様を選ぶなんて、アリサはこれまで考えたこともなかった。
アリサは孤児院で育った。ガドとザックスという幼馴染も、アリサ自身も、皆ある日突然孤児院の前に置き去りにされていた。
孤児院での生活は、辛くはなかったが、苦しかった。寂しくはなかったが、惨めだった。
街で遊ぶ同年代の子供たちは、夕方になれば仕事終わりの父母が迎えにきた。他の子供達の夕食を作るのに奮闘しているシスターは迎えに来れず、いつも最後まで遊んでいるのはアリサたち三人だった。
孤児院は元々聖導教会の修道院を改装して利用されたものだったし、代表がシスターだったため、三人は自然と聖導教会の教えに触れて学んでいった。
ご飯の前には神様にお祈りをしたし、寝る前にはシスターがみんなに聖典のお話を聞かせてくれた。
生活の中に「教会の教え」は深く密着していて、アリサは物心がついた時には習慣としてごく自然に「祈る」ようになっていった。……だが、この「祈り」はきっとどこにも届いていないのだろうな、と幼心にそう思っていた。
(神様がいるなら、私たちにもパパとママをくれるはずだもの)
神様なんて居なければいいのに。
奇しくも、あの男——ギースの言った台詞は、アリサが誰にも言えず自らの
——でも、あの日私は出会ってしまった。
ホンモノのカミサマに。
「ねぇ、ガド、ザックス。私たちは、何があってもティア様とナギ様のことを信じましょう。——あの方たちが、私たちの世界を壊してくれる……私たちだけの『
「そうだね、アリサ」
「そうだな、アリサ」
あの男の言葉はとてもとても心に響いた。
私は神に選ばれたんじゃないんだ。
私が、あの人たちをカミサマだって、自分で選んでいいんだ、と。
それはアリサに取って福音だった。
少し頼りないけど、親切で優しい
とても怖いけど、強く美しい
お二人の側で、お二人のお役に立つために生きて死ねるのだ。……これを喜びと言わずしてなんという。
「待っていてください、ティア様。すぐに御身のお側へ参ります。……私たちの『献身』をお受け取り下さい」
今はもう、祈りは届く。
アリサは自らの脳髄で震える白い神絲の声を聞く。——ほら、ちゃんと応えてくれている。
▼
「……入れ」
「失礼します。……ギルドマスター・マードック。本日はお願いがあって参りました」
「ならん」
「まだ何も言っていないでしょう!」
「
「なっ!? それはどういう」
「本来ならば、ギルド幹部でもないお前に伝えるべき話でないが、どうせ知らなければ個人的に調査をするだろう? だから、話す。——『
「え、えぇ。……冒険者ギルドに
結局、地上にまで魔物たちの群れは溢れてこなかった。それどころか上層や中層でもそれらしき目撃情報が無かったため、冒険者ギルドでは、『壮大でお騒がせな嘘』として処理されていた。……その嘘に身内の遺体を弄ばれた恨みと怒りが渦巻いており、昨今のギルド内は殺伐とした空気が渦巻いていた。
「それは、事態の真相を隠すための“カバーストーリー”なのだ。……恐ろしいぞ、本当の話は」
ギルドマスター・マードックが冒険者アルベド・リーンウッドに対して語る真実は、次のようなことであった。
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