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 第10.5話 

 駅前につくと、時刻はちょうど2時10分ほど前といったところで丁度よく、真也も友香も、非常に良いデートができたとお互いに思いながら、駅魔へ広場へと到着した。

 辺りを見渡し、目的の人物が来ていないかを確認する。

 真也の目には、特にそれらしい人物は見当たらなかったが、友香は何かに気が付き、真也の服の裾を引っ張った。

「先輩アレ」

「え、う~ん、え、嘘だろ?」

「いえ。たぶん間違いないかと」

 友香が示した先に居たのは、白の少しフリルのついた白のシャツに、紺のチェック柄のプリーツスカートをはいて、足にはオーバーニーソックス、靴は黒のパンプスで、髪をサイドダウンにし、真紅の口紅をし、胸元に翡翠の石のついた赤いリボンをあしらった女性が、キョロキョロと誰かを探すようなそぶりをして辺りを見渡していた。

 明らかに千春とは真也の目には似ても似つかず、本当に本人なのか疑わしかったが、友香は迷うことなく進み、ある程度のところで手を振りながら、千春さ~んと、声をかける。

 すると相手も気が付いてこちらを向き、すぐに駆け足をしながらこちらに歩み寄ってきた。

 その姿に、真也はもう唖然とし、あまりの違いと、大人びた幼馴染に、胸が高鳴っているのをもはや否定などできず、ただただ、混乱する頭で目の前の女性を見ていた。

「え、し、シー君、あの、え、なんでそんなに驚いてるの?」

「あ、いや、これは・・・これはだな!」

 言葉が続かず、ドギマギとしながら、改めて真也は千春を見た。

 昔から嫌というほど見飽きた顔のはずなのに、今目の前に居るのは別人の大人の女性のようで、ただただ胸が高鳴り、息もできないほどに呼吸が乱れる。

 自分がいかに彼女という存在を知ったつもり、になっていたのかが嫌というほどわかるほどに彼女は美しく、真也は昔の3年前の楽しくて、愛おしいと感じたあの瞬間の気持ちを取り戻してしまっていた。

「はい。そんなわけで、ここからは私はお家に帰りますので、先輩鍵2つお願いします、家のとコインロッカーのやつ」

「ああ、これか。済まないが、あの重い荷物で先に帰っててくれ」

 預かっていたコインロッカーのカギと、自宅マンションの鍵を友香に渡すと、彼女は満足そうに笑みを漏らした。

「はい。あ、千春さんこっちへ」

「え、あ、うん」

 そう言って、千春を引き連れ友香は真也と少し距離を取る。

「すー、はぁ。千春さん、私は非常に楽しませてもらいました」

「え、うん・・・」

「でも、コレは先輩が今後どうするかを決めるためでもあるし、あなたがどうするのかを決める話でもあります」

「う、うん」

「今日しか言えないと思いますよ、その気持ちは。だから、逃げないで。お願い」

 友香は千春の手を取ると、真剣なまなざしで、千春を見ながら、気持ちを込めて、そう言った。

「で、でも。アナタはシー君の事好きなんじゃ」

「好きです。でもあなたの気持ちは、まだ先輩に届いてないし、言葉にできていない。お願い、私と・・・私の恋のライバルだって、そう言える、そうなるつもりがあるなら逃げないでください。

先輩ね、たまにあなたを見て、つらそうな顔をするんです。

それを見て見ぬふりは出来ます、でも、それって心が擦り切れるんです。

少しずつ、少しずつ、ああ、この人の心は前を向いているようで後ろを、過去を見ているって。

アナタと話すときの彼は、楽しそうだけど、どこか辛そうなんです。

私といるときもね、すごく優しいし、私の事真剣に考えてくれているのは伝わるんですけど、ふと別のところを見ている気がするときがあるんです」

 そこで一度区切り、友香は顔をあげ、千春を見る。

 目頭には大きな雫の塊が出来上がっており、今にも零れ落ちそうなのが千春の目に飛び込んできた。

 ああ、自分は本当に、様々な人知らぬ間にを傷つけてしまっていたのだと、この瞳を見て強く自覚する事となってしまった。

「だから。明日まで先輩の返事は出ないけど、今日アナタは、悔いの無い様に、先輩と一緒に居て、その思いを伝えてください」

 分かったなんて言えない、頑張るとも言えない、自分には意気地がない、それでも頷くことはできるだろう、でも千春はそれをしなかった。

「私は、過去の自分が無くしたものを取り戻します。こ、怖いけど。それでも取り戻したいの、だから。機会をくれてありがとう」

「私、バカなんですかね。恋敵に塩を送るなんて」

「そん塩、恥じない様に使わせてもらうわ。昔の人たちがそうした様に」

「ええ、私、先輩の家で待ってます」

 そう言って少し涙を流しながら、友香は真也の元に戻らず、駅構内へと走り去っていって、千春だけが真也元に戻ってきた。

「なに、話してたんだ?」

「シー君には離せないお話です。お願い・・・彼女のためにも聞かないで」

 あまりに雰囲気が違う事を察して、真也もそれ以上は聞く気になれなかった。

「それで、俺はこの後おまえを連れてどこに行けばいいんだ?」

「え~、何ノープランナの? というかまだ私への感想聞いてないんですが」

 そこで改めて、真也は千春の姿を見て、固まる。

 真也としては、実はニーソックスは女性の身に着ける衣服の中でもかなりのお気に入りで、あのニーソと太もも、スカートの間に素肌がたまらなく彼の心を揺さぶり引きつけ、非常に魅力的だと思っていた。

 なので、正直に言ってしまうと千春の今の姿は、その部分だけとってみても彼の好みにドストライクだった。

 おまけに、白を際立たせるために、濃いめのプリーツスカートと、クロのパンプスと来ている、映えなわけがない。

 さらに、髪型がは大人っぽく、唇も際立つ赤で、非常に淑女の様ないでたちであるため、真也自身直視するのがはばかられた。

「か、可愛いとうか、大人っぽい」

「あ、ありが、とう。じ、時間かけただけあるかも・・・」

「そういやお前、なんでこんなに遅刻・・ってもしかして春奈さんまた暴走したのか?」

「うん。やり始めたら止まんなくなっちゃって。ごめんね、いつもいつも」

 昔からの付き合いだ、真也は千春の母がどんな人物高も把握しており、そのうちの一つで非常に厄介な、娘のお着替え(洋服選び)などが始まると、上から下まで時間がある時は完ぺきにしないと気が済まない、という病気の様な出来事が1年に1度ぐらい起きていたため、今回の遅れがそれだった可能性に行きついたのだった。

「とりあえず行くぞ」

「あの、私どこ行くかまだ」

「気が変わった。ついてくれば分かる」

 そう言われ、千春はすたすたと歩きだす真也についていく。

「え、電車乗るの」

「ああ」

 チケットを買い、電車に乗り1駅ほど。

 プラットホームに降り立ち、駅名を見て千春は何となく、どこに来たのかわかり始めていた。

 駅を降り立ち繁華街を抜け、住宅地へと入ったところで、千春は見覚えのある景色がどんどんと広がっていくのを、肌で、耳で、目で感じ、彼がどこに向かっているのかもなんとなく想像できてしまっていた。

 ただ、そこに行くには互いに勇気がいる事も同時に理解していた。

 一度、止まってしまいたい、あそこへは、あの場所へは今はまだ早いんじゃないか、そう進むたび、景色がそこに近づいていくたびに、千春の心を支配しては、先程の友香との約束と言葉が脳裏をよぎり、その歩みが泊まる事を阻止した。

 気が付けば、3年前、真也が千春に告白をし、千春が突き飛ばし気絶させそれっきりになったあの高台の公園へ付いていた。

 公園には花壇があり、丁度3年前も同じ花、コスモスが咲き乱れていた。

 色とりどりの、秋の花、秋の桜と書いてコスモス、それが花壇一杯に咲いていて、あの時を鮮明に思い出させる。

 真也は無言で公園の中央まで歩いていく、その後姿を、千春は、なんでココなの、どうして今このタイミングなの、そう言葉をぶつけたい、でも言えない、そんな気持ちを抱きながら、一歩、また一歩と、ゆっくり彼の後を追う。

「懐かしいだろ。ココ」

「うん」

 短く答えるのがやっとの千春、真也もまた、言葉数は少なく、千春へ視線と体を向け、じっと見つめながら、なんでココ来ちまったかなぁと、自分で連れてきたのに非常に居たたまれなさそうな、そんな顔をしていた。

「あのね。さっき友香ちゃんに言われたの。2人に何があったのか知らないけど、逃げないでって」

「ぅっ。三条さん、結構よくみてるからなぁ。色々バレてそうで怖いよ」

「たぶんそれ、合ってるよ。だから私たち、彼女の好意に甘えちゃいけないと思う。シー君もそう思ったから、ここに渡しを連れてきたんじゃないの?」

 秋桜の独特の香りが、風邪に乗って千春と真也の鼻を刺激する。

 あの時と同じだと、2人は同時に思った。

 あの時、思いを伝えたがわと、思いを聞いてそれに答えぬまま逃げたがわ。

 3年という月日はたっても、この場所は当時のまま、まるで時が止まっているかのような、そんな錯覚に襲われてしまいかねないぐらい、当時と変わらぬままに存在していた。

「俺は、おまえが好きだった」

「うん」

 だった、その言葉が千春の心をえぐる。

 それは過去形の言葉でいまではないと突きつける、残酷な言葉。

 おそらく意識はしていないのだろう、でも、事実何気ない一言で、千春の心は過去に戻ると同時に、酷くえぐられた。

「お前は、俺を突き飛ばし、イエスもノーも言わずに俺の前から姿を消した」

「だって、仕方がなかったの。お父さんの仕事で」

「それは知ってるし、そのことを責めていない」

 一呼吸間をおいて、真也も声を荒げそうになる自分を戒めながら、目の前の女性を見据える。

「俺もな。本当は言うつもりなんてなかったんだ。このまま一緒に居られさえすればそれで満足で。毎日が・・・お前といる毎日はすごく楽しくて、ずっと続くって思ってた」

「うん」

 何も言えない、時間はあった。

 彼にその言葉を言わせないために、心の準備をさせるための時間を、それを作るには、千春が父の転勤を知った時点で言ってさえすれば、彼にもまた、時間と心の準備をする機会はできたはずだった。

「私も、ずっと続くと思ってたし、続けたかった。私が悪いの、この幸せな時間が終わると知ったあの日、本当なら真っ先にシー君に伝えるべきだった。

 でも言えなかった、言っちゃえば残りの時間が悲しい思い出になっちゃう気がして。

 シー君と過ごしてた、この楽しくて暖かくて、嬉しい、この毎日が消えちゃうと思ったら言えなくなっちゃってた」

 胸に手を当て、声を絞り出すように、言葉を紡ぐ千春。

 声色わ弱々しく震え、足もがくがくと震えだす。

 怖い、今でもまだ、この話をするのが怖い。

 年齢が進み、色々な事ができるようになって、自分の意志でどこにでもいける、そういう年になった今でも、言葉にするとすごく怖くて、震える。

 千春は震える足に力を込め、現状を保つ。

「でも、そうはならなかった。突然別れを告げられ、時間の無いままに、その時が来ちまった。手放したくないって強く思ったよ。そしたら口が勝手に動いてた。

 今まで、おまえの事好きでも、この気持ちは言うまいと、クラスメイトや周りからどれだけお前との関係を言われようと、好きだなんて、言わないと、そう決めてた。

 でも、失いたくないって思ったら、口が勝手に動てた。

 お前が、チーがどう思うかとか、そういうの考えられなかった。ただただ、失いたくない一心でチーの心を無視して、俺はチーに告白した」

「ち・・・」

 違うなんていなない、なぜなら私は、あの時確かに、怒っていたし、なんで今なのかとすごく傷つていた。

 この言葉は違う、言ってはいけない。

 千春は開きそうになった口を、自然と閉じた。

「なぁ、チー。聞かせてくれ、あの時の答えを」

 決意の持った目をしていたけれど、千春からもわかるぐらい、真也の足もまた、小鹿の様に震え、肩や唇もよく見れば震えていた。

 互いに怖いのだ。

 3年という月日はあまりにも長く、あまりにも人の心を蝕み侵食し、ボロボロに弱らせるには十分な時間だったのだと、2人は今ここに至って、自分たちがあまりにもとんでもない過ちを犯していたのだと気が付いた。

 お互いにお互いを想うあまり、気が付けば、2人そろって後がなくなっていたのだ。

 そこに追い打ちをかける様に時間がじわりじわりと、2人の心をその時の大切な思いを蝕んでしまった。

「わ、私は」

 脳裏によぎる、友香との言葉、母の決意に満ちた目、三年前の今目の前にいる彼の必死の言葉、失いたくない、でも怖くて逃げた、あの日の千春自身。

「好きだったよ。うんうん、違う、今も好き。愛してる」

 声が上ずり、目から涙があふれ、足の力は抜け落ち、ガクっと力が抜けその場にへたり込む。

 必死に涙をぬぐい、怖い、怖いと思いながら千春は、その場に居た。

「やっと・・・聞けた」

 3年、この言葉をまち続けて3年がたった。

 だが、真也の心は聞けた喜びとは別に、とても胸が締め付けられれて、いたたまれないような気持ちになり、気が付けば真也もまた泣いていた。

「お、おせぇんだよ」

「だってぇ。怖かったの。あの後も、何度も連絡くれて、それがすごくうれしかったけど、あんな事したから、どうしていいか分かんなくて。

 もっと強く、誰にも文句の言えない私になれば、シー君と話しても怖くないし、自信をもって返事ができるって、そう思ったの、だから勉強頑張って、飛び級して、お母さんたちにも文句の言えない私になって、シー君に会いに来たの」

「なんでそんな無茶するんだよ。たった一言だったろ」

「自身が無かったの、幻滅されたと思ったの。臆病でヘタレで、意気地が無くて、寂しがり屋の私の事愛想つかせちゃったと思ったら、もうこうするしかなかったの」

「遅すぎんだよホント。どうすんだよ、俺、今の気持ちわかんねぇよ」

「だよね。さすがに時間かけすぎた私が悪いよ、あんな可愛い子もシー君にいい寄ってきちゃったし」

「そうだな、それに、おまえは凄く綺麗になって、昔とは別人みたいで、すごく遠い感じがするし、昔の様に近くも感じる、だから、俺がお前を好きなのか、本当に分かんないんだよ」

 困ったように微笑みながら、千春に近寄り、そっと頬を撫で、乱れた髪の毛をゆっくりと撫でる。

 その仕草があまりも優しく、暖かく。千春の瞳からまた自然とポロポロと涙があふれだす。

「ほら、化粧崩れるぞ」

「お母さんが、泣いても良い様に、崩れないやついしてくれた」

 娘の事が良く分かってる母親だなぁおい。

 と真也は悪態をつきつつも春奈のその気遣いに感謝するのだった。

 

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