13
掃除中、少し念入りにお風呂でも掃除して時間でも稼ごう、そう思った矢先だった。
(なんでそんな事、恥ずかしげもなく言えるの!)
千春の動揺した声が風呂場まで届く。
おうおう動揺してるなぁ、と思いつつも離れてさほど間を置かずに聞こえてきた言葉だったので、三条さんすげぇなぁ、などと思って再度、彼女に感謝しつつ、この分ならうまく聞き出してくれるだろうし、この声量ならおそらく理由ぐらい聞き取れるだろう。
(私は、大切なものを取り戻したいの、邪魔しないで)
どうやらある程度口論になってるらしく、千春の声が風呂場にまで届く。
大切なもんねぇ。と思いながら昔を思い出し、懐かしんでいたら。
(邪魔ですか。私は、先輩を愛しています。何なら今日抱かれたって良い)
ぶふぅ、ゲホゲホ。は、はぁ?!
な、何言っちゃってんの三条さん。
あまりの発言に、いつすぐにでも出て行ってツッコミでも入れてやりたい、そんな気分と同時に、おいおいおい、勘弁してくれこの後風呂入って就寝だぞ。
俺の健全な男子高校生だよ、そりゃぁ、あんな清楚そうな大人しい・・・って何考えてんだ!
ふと自分が風呂場にいる事に気が付き、冷水のシャワーを思わず頭からぶっかけた。
もちろんそんな事をすれば、流石に声が大きいとはいえ、二人の会話など聞こえるわけがない。
だが、この後アホなことしないためにも、これ以上の爆弾発言を聞かないためにも、俺にはこうするしかないのだと、妙に残念な気持ちになりつつ、シャワーを頭からかぶる羽目となったのだった。
な、なんなのこの娘。だ、抱かれる覚悟があるですって!?
あまりの思いがけない発言に、頭が混乱し、自分がなぜ真也のもとにやってきたのか忘れそうになる。
そりゃぁ、真也と最終的にはそうなりたいなぁと。そのために身を削り、一秒でも早く日本に帰って誰にも迷惑かけない様に。そして私が真也を養って、二人でイチャイチャするんだ。
などと計画していたのに、実際に戻ってきてみれば、真也に彼女候補がいるわ、両親には事の次第がバレるわ、真也にはよそよそしくされるわ。
踏んだり蹴ったりである。
確かに、自分でも悪い部分はかなりあったと思う、3年前真也に告白された時に、そのまま素直に大好き、忘れない、絶対に戻ってくるから、その時は結婚しよう。
これぐらいのことが言えていたなら、まずこんな事にはなっていなかっただろうし、少なくても真也に彼女候補などというものができていなかった、と思いたい。
だが、現実は、私は真也の告白から逃げ、突き飛ばし、その衝撃で真也は気絶、話を聞く限り、私が外国に旅立って2日は寝ていたらしいので、私から何か伝える時間などなくなってしまったし、自分でそれを放棄してしまった。
もちろん、昨今携帯電話スマートフォンの普及が盛んで、国際電話も昔ほど出なないらしいぐらいの価格だと聞いていた。
何度も、そう、何度も掛けようとした。
でも、自分の意気地の無さにほとほと呆れるぐらい、電話をしようとすると、動機で手が震え、足が震え、歯の上下が痙攣してカチカチと音を鳴らし、とてもではないが電話などできるわけもなかった。
なんでそんなにも体が拒絶するのか、最初は分からなかった。
でも、次第に自分は怖いのだと気が付いた。
彼を突き飛ばし、あまつさえ一番大切なところで、言葉ではなく、行動で、しかも気絶させたなんて、違うの、アレは違うの、私はあなたのこと好きなの。
どれだけ言葉を重ねても恐らくは信用されないだろう、そう思った。
だから、必死に勉強して、足元を固めて、彼に会った時に、自分はあなたのために必死に頑張ってきた。こんなに愛しているの! そういうつもりだったが、結果は御覧のとうり。
どれだけ頭を良くしようと、どれだけ愛していようと、詰めの甘さと、自分のふがいなさから結局ぼろが出たり、失敗すると。
目の前の自分よりも小柄な女の子。
はた目から見ても、特に美人というわけでもなく、だからと言って不細工というわけでもない、いたってどこにでもいそうな、平凡な娘。
でも今、そんな娘に自分が負けそうになっているんだと、心ではなく体が訴えかけていた。
負けられない、重い女だと思う、地雷女かもしれない私は、それでも、間違ってしまって、自分の手にあった大切なものを、取り戻いたい、そう思ったら、怖いけど、また頑張れると思えた。
なんでだろう、自分でも不思議な気分だった。
お昼前、静流さんから、お弁当を頼まれた時から、なんとなく、真也さんが居る気がしていた。
そこからは、本当に夢のような時間で、お話しできるのがすごく楽しくて、ずっとこのままで居たい、そう思っていた。
昨日告白をして、了承されたわけではないけど、それでも、一歩ずっと見ていて、好きだった彼に近づくことができた。
彼がこの学校に行ったことは、私にとっては朗報だった、だってここには、明確に愛する人に、その要件だよと呼び出すだけで伝わる方法があったからだ。
2年前、彼に初めて出会い、助けられた時、その時にできてしまった思いを、同じ学校だったのに、彼が卒業するまでの1年間、結局何もできなかったことも、昨日はじめて報われたと、そう思った。
なのに、幸せな時間は1日ともたなかった。
幼馴染だという目の前の女、容姿も良い、頭なんて、おそらく聞く限りでは私の日ではないのだろう、おまけに、彼と彼女の間には、近しい幼馴染とは違った、そんな空気感すらあるときがある。
まるで、長年連れ添った老夫婦のような、お互いがお互いを、どの程度までならば扱っても問題ない、そんな家族かそれ以上の信頼関係を。
それを垣間見た瞬間、負けられないと思ってしまって、気が付いたら自分は彼の家に押し掛ける様にして、泊まることを了承させていた。
普段の自分ならあり得ないだろう、友達に遊びに行こうなどと誘うのだって一苦労なのに、それが気が付けば意中の人のお家で、挙句の果てには、自分でも信じられないことを口走っていた。
覚悟なんてない、先輩に乱暴されるのも嫌だ。
でも、そんな事よりも、目の前のこの人にだけは、先輩は渡せないと、強く思ってしまっていたら、気が付けば、自分の口から、普段では言えないようなことまで言っていた。
お母さんから、女は度胸と根性と、押し倒すときの清楚さが大切、などと言いながら、この2年、応援してくれていて、先程も、事情を瞬時に察してなのか、即許可を出してくれていた。
もちろんお父さんが聞いたら、全力で引きずられるように連れ戻されただろうけど、今はそれはない、だから、目の前の美人にも色々な意味で戦う勇気をもらってる気がしていた。
まだ、私の恋は始まったばかりなんだもの、こんなところで終われない。
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