第3話

 夕暮れの西日に照らされ、図書室は暗い影のある部分と、西日の当たる部分で別れ、非常に幻想的な空間を織りなしていた。

 告白場所、ないし呼び出された場所には人は近づかないのが暗黙のルールとなっているため、現在は秘書の先生までもが、その青春の一ページを全力で応援するかの如く、一枚の張り紙を残していなくなっていた。

 その張り紙には「(若人たちよ、青春を謳歌せよ・・・・キスまでなら許すぞい!)」との書置きがあり、もちろん握りつぶしたのは言うまでもない。

 生徒指導も担当している先生なのだが、正直関わり合いになりたくない人物の一人なのは間違いないと、真也は常日頃からこの秘書にはかかわるまいと思っていたので、思いがけない接点が出てきてしまった事に、内心妙は不安を抱えていた。

「す、好きと言われてもだなぁ。えっとぉ」

 よくわからない、かかわりなど1度しかなかった女性からの告白。

 一目ぼれされたという事なのかもしれないが、そんなものは本や漫画だけの話で、まさか現実に起こるなどとはみじんも思っていなかった真也にとって、これはどうこたえるべきなのかさっぱりわからなかった。

 生まれてこのかた17年、この年まで好きな人がいなかったなどという初心ではない。

 人並みに恋愛というものに関わりもしたし、初恋もした。

 もちろん失恋もしているので、今目の前にいる少女がどんな決意と覚悟でこの場に居て、意を決して言葉を紡ぎだしているかなど、真也にはよく分かっていた。

 分かっているからこそ、彼はより一層、彼女に対して真剣に向き合い応えねばと思ってしまうあまり、どうしてものかと自問自答をさきほどから脳内で何度となく繰り返していた。

 我ながら面倒くさいとも思うが、これが生来の性格なのでどうにもならない。

「私じゃ、ダメですか?」

 恐らく計算ではないのだろうが、不安と期待が入り混じったうるんだ瞳で、上目遣いに見上げられれば、男はだれしもこう思うだろう、可愛いと。

 しかし、雰囲気に流されて返答を間違えれば、今後に間違いなく響くのは明白なため、真也はぐっとこらえた。

 彼女の身長が低いのもまた、彼女が真也に対して上目遣いのような体制になってしまっている要因だと、そう自分に言い聞かせ、なんとか踏みとどまる。

「駄目じゃないが。良いかよく聞け」

「あ、はい」

 どうやら根が真面目なのは、見た目だけではないらしく、彼女は一度姿勢を整えると、どうぞ、と促すように真剣な顔つきになり、真也を見上げてくる。

 その一挙四一等速がまた、なんというか小動物を連想させるような仕草で、思わずうぅっと、妙な声が漏れそうになるのを必死でこらえた。

「あ、あー。おほん。お、俺はだなぁ、君に会ったのは1回だけだと記憶しているんだが」

「はい、間違いないですよ。1回です」

「それでだなぁ、俺何かした?」

「いいえ。特に何も」

 告白によるドキドキと、何かやらかしているんじゃないかという、不安とでのドキドキで、妙な高揚感のままに目の前友香にそう聞くと、彼女は表情一つ変えることなく、淡々と質問に答えていく。

 あまりの淡白な反応と返答に、本当に今告白されてるんだよなぁ、と一瞬状況が分からなくなるぐらいには、彼女の返答はあっさりしてるのと同時に、その表情からは何も読み取ることができないぐらい、先程の告白の時とは違って、恥じらってもいなければ、不安がってもいない。

 真面目に真剣な顔で、真也の質問に答えている、そんな印象だった。

「ひ、一目惚れ・・・・で、良いのかな?」

 自惚れてるんじゃねぇのか、そう自分に言いたくなるが、実際それ以外に思い当たる節が無いので、真也は恐る恐る聞くが。

 彼女はゆっくりとその首を左右に振り、否定をの意をしめた。

 困惑している真也をよそに、いつどこで何が、については今は語る気が無いのか、友香はじっと彼を見つめたまま動かずにいた。

「あ、あのね。えっとぉ、どうすれば?」

 思考が追い付かず、混乱し続ける頭でひねり出した答えが、まさかのどうすればよいのかと言う何とも情けない返しだった。

「私は先輩のことが好きです。でも、先輩は今分からない?」

「正確には。君を知らないから返答ができないというのが正しいかも?」

「う~ん」

 真也の返答に、人差し指を唇に当て、首を下に向け、何事か考え始めてしまった彼女に、流石に焦りが見え始めた真也は、背中に走る冷たい汗を感じつつ、ナニコレ、と自身のふがいなさに悪態をついていた。

「恋人候補のお友達・・・は、ダメですか?」

「え?!」

 言われた意味が分からず、慌てて聞き返す。

「私の事を知らない、だから、判断できない。で、あってますよね?」

「はい、大変申し訳ないのだが」

「でしたら、知ってもらったら判断できるのでは?」

「おお、確かに」

「では、彼女候補のお友達から。お願いします」

「お、俺はね、それでいいんだけど。良いのかな?」

 流石にこちらに都合が良すぎやしないかと、真也は恐る恐るお伺いを立てるが、彼女は迷うことなく、頷き。

「先輩はお嫌ですか?」

 上目づかいでこちらに小首をかしげながら聞いてくる。

 身長差のせいで、そうしても友香が真也を見上げる形になってしまい、また、彼女お不安なのか、少し覗き込むように小首をかしげるものだから、余計に彼女いない男子としては破壊力がある、何とも居たたまれなくなる仕草になってしまう。

 押し切られる、とも少し違うが、こうして、晴れて彼女候補のお友達が二人の間で成立した。

 お互い、そこまでが限界だったのか、その後スマホでお互いの連絡先を好感して、その場は解散となった。

 彼女は図書室の戸締りをしてから帰るという事で、真也は先に図書室を出る事となったのだが、去り際、ドアを閉める際に見えた彼女の表情が、先程のこわばっていた顔とは打って変わり、心底ほっとしたような笑みをこぼしていた事を、真也は見逃さなかった。

 それを見て、少なくても自分は間違っていないんだと、そう思え。ほっと胸をなでおろしてその場青後にした。


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