第2話

「おーい…おーい…」

「…あっはい…」

レドは白衣を着た女性に肩を叩かれる。

「またボーッとしてたよ。君はなんというか…考え事が多いんだね。」

レドは彼女のその発言に、YESとは素直に返せなかった。考え事をしていたわけでは無いし、かと言って寝ていたというわけでも無い。意識を失っていたかのように、その間の記憶がない。最近思考能力が低下しているよう気がする。

「ところで…血液型や性別および身長体重趣味思考を教えてくれないかい?」

彼女は先ほどと同様にレドに質問攻めをする。

「ああ…すまないね。名前も知らない相手からの質問に答えると言うのは抵抗があるか。私はクレア・アインベルツ。見た目でわかると思うけど魔法医術師だね。まあそれ以外もするけどね。」

やや早口でクレアはレドに自己紹介する。

「さあ…君の番だよ?」

クレアは若干上目遣いで、レドに自己紹介を迫った。

「ああ…レド・ケニーシュタインです。

「ケニーがミドルネームかい?」

「あ、いえ。ケニーシュタイン含めて苗字です。」

「変わった苗字だね。もしかしたら…家系が特別なのかも。」

クレアはそういうと再び、彼を上目遣いで見つめる。

「…?」

彼は思わず首をかしげる。その一瞬生じた隙の内に、彼の腕をクレアは掴み、彼が寝ていたソファに押し倒した。

「はあ…はあ…じっとしててくれよ?」

もしや彼女は痴女だったのか?とレドはため息を漏らす。ろくでなし集団とは聞いていたが1人目からこれとは中々に骨が折れそうだ。と彼は諦めに近い心情を抱いた。だが現実は違った。

「よしこれでOK。」

実際はただの血液採取だった。

「魔法医術師ならもう少し丁寧にするべきだったのでは…」

「面倒くさいという事だけ言っておくよ。」

クレアは楽観的な声色でレドに返す。

「ああ…そう言えば明日ここで面接なんだってね。もう夜だし泊まるといいよ。」

「いや…家まで帰ります。」

「家までって…ロザリオ地区三番地だよ?君の家は隣町だ。二時間くらいはかかるだろう。」

そういえばそうだな、レドは落胆する。2時間はかかるが帰るしか無いか。

「まさか帰る気かい?君、財布も今朝無くしてるんだよ?悪いが私は金欠でね。金は貸せないよ?」

「それでも帰ります。」

「ダメだよ。私が回復魔法で君の欠損した腕を治したとは言え、その分君の体力は大幅に削られてる。魔法医術師の端くれとして帰らせるわけには行かないよ。さらに怪我でもされたら溜まったもんじゃない。1人の人間を回復させられる量にも限界があるんだ。一定以上回復魔法を使ったら細胞が壊死する。」

「あ…腕治ってたんですね。」

「治ってたんですねって…さっき君に注射した腕だよ?…ああ。成る程。」

クレアは言葉を発する途中でレドの本質に気づき、少し笑みを浮かべてそう言った。

「まあ…寝るところに案内するよ。」

クレアはその表情のまま、レドを手招きした。レドは徐に立ち上がり、クレアの背を追おうとした。が、何かに躓いて体制を崩し、そのまま後ろへと倒れ込んだ。

「ああ、そこは色々転がってるから気をつけてね。」

レドが起き上がって足元を見ると、衣服、菓子類のゴミ、何本かの便、そして何故かリンゴが転がっていた。

レドが案内されたのは、ベッドが1つあるだけの殺風景な部屋だった。

「あ、あと風呂はそっちにあるから。入りたければそちらにね。あととなりの部屋は開かない方が良いよ。ケイン氏の部屋は色々と地獄だからね。今はどっかに行ってるけど…君が入ったのを知ったら怒るとかそういうものじゃ無いだろうねえ。」

まるでその行動を望んでいたかのように不敵な笑みを浮かべるクレアだったが、レドはそれら全てを無視して、無言で軽く頭を下げた。

「あ、あと所長は10時くらいに来るからその辺りで面接だと思うよ。何かあったら言ってくれた前。」

そう言うとクレアは自身の部屋へと戻っていった。

レドはベッドへと倒れ込んだ。今日はとても疲れた。そのまま寝てしまおう。そう思った彼は目を瞑り、眠りにつこうとした。だが結局、いつも通り彼は眠りにつけなかった。

「ただいま帰りましたよっと…ゲッ!」

3時ごろに帰宅したケインは、玄関で靴を脱ぐと、居間で床を掃除していたレドに気づき、彼の元へと駆け寄った。

「ちょいちょいちょい…なんでいるんだよお前…」

「いやクレアさんに泊まれと…」

「あんのやろうまためんどくせえことを…ってかこんな時間だしもう寝ろよ。」

「その時間まで夜遊びしてた人に言われても」

「ぐうの音も出ないのが腹立つわ…。なあ分かるだろ?…ほら…玄関前に見えるだろ?」

ケインは玄関を指差す。

「はい?」

「女連れ込んでんだよ!あんまりお前との会話長引くと帰っちまうよ!あいつそういう性格だし…」

「自分の部屋でやれば…あっ…そっかそうだった。」

一瞬の沈黙が走る

「お前…俺の部屋見たのか?」

「あ、いやクレアさんが…」

「野郎…マジで殺す!」

女性なのだから野郎と言うのは適切じゃないのでは、とレドは思う。その時、ケインは玄関で物音を感じ、まさかと思い玄関へと足早に戻った。そこには既に誰もいなかった。

「…裁判所で会おうな。」

ケインは涙目で言う。

「僕こんなんで訴えられるんですか」

「俺にとっちゃ名誉毀損なの!」

「名誉…?」

「うぜええええ!」

レドの淡々とした返答にケインは頭を抱える。

「ってかさ…お前何してたわけ?」

「ああ…片付けを…」

「そういやだいぶ片付いてんな。あ!俺のリンゴこんなとこに!」

「アレあなたのだったんですか。」

「腐っちまってんなー…」

「じゃあ捨てましょうよ」

「勿体ねえだろ!食べ物を粗末に…」

「液状化しかかってるのにもはや食べ物と言えるんですかこれ…。」

「うるせえよこせ!」

「これでお腹壊されても困るんですけど…。」

2人の何1つとしてひねりのない口論が始まろうとしていた中、再び玄関のドアが開く。

「おい。何をやってんだこんな時間に。」

「ゲッ…所長…その…何というか…」

先ほどまで大声で話していたとは思えぬケインの萎縮ぶりに流石のレドも困惑する。

「こんな時間までお忙しいねお前は。ってありゃ?お相手さんが居ないあたり今日は違うのか?」

所長らしき人物の声は高く、どうやら女性のようである。レドが暗闇越しに目を凝らすと女性のような体型の人影が確認できた。人影はゆっくりとレドたちに近づき、暗闇から姿を現した。

「ん?その横にいるのは誰だ?茶髪で猫背…身長普通で目の下にクマ…ああ!お前か!新入りのケニーシュタインってのは!」

そう言いながら現した彼女の姿は、修道服を着た金髪の少女であった。

「まあ言いたいことは分かる。男優った口調でタバコ吸って修道服着たエルフ金髪美女が何故所長?とかそんなとこだろ?」

自分で美女って言うのか、とレドはふと思ったが、口には出さなかった。

「ってか…お前ら俺が数日開けたらすぐ散らかすなあ…」

「こいつが掃除してくれてますので多分すぐ片付くんじゃないスか?」

「おお!お前家事できるのか?!」

少女が元気はつらつに浮かべる笑顔のお手本のような表情を彼女はレドに向けた。

「ええ…まあ…病気の母と暮らしていた時期があるので…そこで多少…」

「いやー助かったわ!料理もできるか?」

「少しだけ。」

「よし合格!お前は今日からこの所の一員だ!」

「ええ…」

まるで家政婦のような扱いじゃないか。いや、家政婦に雇われる時もここまで雑ではないだろう。とレドはやりきれない心情に陥る。

「あの…面接は…」

「あ?Q:あなたの特技は何ですか?」

「え…?」

「A:家事が出来ます。これで合格だろうが!」

あたかも筋の通った話をしたかのような表情で答える彼女に、レドは半ば諦めを感じた。

「魔導師としての話は?」

「ああ…まあ人手が足りてないんでな…面接とか良いわ。」

「あ…はい。」

ついさっきまで半ば諦めだったレドの期待度は、完全なる諦めへと変わった。

「さあて…片付け再開しようじゃないか!お前も手伝えよケイン。クレアとお前がこうなってる原因なんだし…」

「ちょっと!シュタイン氏!」

突如後ろから声がしたのを感じ、レドは振り返る。

「安静にしろと言ったろう!」

クレアは想像以上に怒っていた。

「眠れなくて…」

「布団に着くくらいしたまえ!ほら!行くよ!」

「あ…いや…ちょっと…ああ…」

レドは床に引きずられながら自分の部屋へと戻されていった。

「…お前は片付けろよ。」

「え〜?!」

「ええじゃねえ!」

そして朝になり、やはり眠れなかったレドはのっそりとした動きで居間へと戻ってきた。

「お、起きたか。」

所長は付けていたテレビを消すと、レドの方へ向き直った。

「他の奴らは名前教えたのか。…んじゃ俺の紹介かな。俺はシャーロット。シャーロット・ギルティ・ホワイト。よろしくだ。」

「ああ…よろしくお願いします。」

かれはシャーロットの差し出した手を機械的な動きで握る。

「…お前は言わねーのな。」

「?」

「俺がホラ…エルフだってこと。」

「え?」

「この耳見て気づかなかったのか?」

「ああ…気づきませんでした。魔族と亜人が同一視されてた時代なんてとっくに過ぎましたしそんなの気にしても…」

「ふーん…。ま、その方が楽で良いわ。取り敢えず俺は寝るからな。」

「何か作るか。…卵とハムしか無いじゃん。…なんでこれなんだ?シリアルの一つでもあればいいのに…」

レドは冷蔵庫を漁りながらそう独り言を漏らした。

「お、お前メシ作ってんの?」

ケインが後ろから現れ、思わずレドは顔を曇らせる。

「一人分しか無いですけど。」

「分けるなり何なりあるだろ。」

「ちゃっかり頂くつもりなの何なんです?っていうかそもそも上半身裸で来るのやめてください。」

「裸は人類の境地だろうが!ヌード系の芸術舐めんなよ?!」

「中学生みたいな言い訳やめてくださいよ。」

「あとで覚えてろよお前。」

レドは卵を割り、温まったフライパンと、既にフライパンに接触しているハムへと落下させようとする。

「お前卵割れるのか?」

「割れない方がおかしいと思うんですけど。」

2人はそんな会話を淡々と繰り返していた。レドは殻を割り、フライパンへと落とす。卵がフライパンへと落下していく。が、突如発生した揺れによって、フライパンもろとも食材は床へと流出した。

「あーー!」

ケインの叫びが響き渡る。

「ちくしょう誰だあ!俺の卵を落としたやつ!」

そういうと、ケインは玄関から飛び出して外へと出て行った。

「いつからアンタのになったんですか…」

レドはそうとだけ呟いた。

「うーわ…最悪だ。昨日のやつが生き残ってやがった。」

ケインはマンションの共同廊下の手すりから揺れの根源を見ながら愚痴をこぼすように言った。レドが遅れて少し奥の道路を見ると、そこには数体の魔族が人々を襲っている光景が広がっていた。

「ごめんなさい!ごめんなさい!だれか…ア"!」

魔族に押しつぶされて女性の腑が飛び散る。

「ね、ねえ…どうするの…?どうするのよこれ!」

「へへ…悪いな…」

男は魔族のある方向に女を突き飛ばす。」

「は…?何よあんた…ふざけんじゃ無いわよ…!ちょっと!いやあああ!」

女の両足が魔族に掴まれ、双方に引き裂かれる。

「はあ…はあ…これで助かっ…」

魔族は逃げようと走った男を目で捉えると、翼を広げて滑空し、男を壁に叩きつけた。

その凄惨な光景を目の当たりにし、ケインの表情は激しく強張る。

「昨日のところとは離れてるんじゃ無いですか?」

「いや、ここらは地下鉄の真上だ。伝ってきててもおかしくはねえ。所長!クレア!」

「ちょっとくらい敬ってもいいと思うんだよねえ…私は一応年上なんだし…今行くよ。」

クレアは早いとも遅いとも言えない足取りで2人の元へと近づいた。

「取り敢えず俺は人命救助をする。必要であれば戦闘に参加する。」

先ほどまで寝ていたシャーロットは、レドの真横に気づかないうちに立っていた。

「んじゃ…俺があいつら狩るからクレアも人命救助。でお前は…クレアに付いてけ。」

「…了解。」

レドは感情の籠らない返事をする。

「なぜ君は年上年下関係なく図々しく話すんだか…」

クレアはケインに一言文句を垂れる。

「うるせえ!話してる暇あったらさっさと行くぞ!」

ケインは上半身の服を手早く羽織ると、マンションから飛び降り、自身の手から2本の刀を出現させる。

「7、8体ってとこか…多いなあホントによ!」

ケインは落下に体重を乗せ、魔族一体の体を分断する。そこから畳み掛けるように、壁を蹴って露出した核を切り裂いた。

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