駅舎を出てすぐ、青い大型のバンが止まっているのが目に入る。その脇では、短い髪の丸い眼鏡をかけた女性がひらひらと手を振っていた。仕事の途中なのか、はたまた帰りなのか、白いワイシャツの下に紺のスラックスを履いている女性の無表情は、白にはとても見慣れたものだった。

「久しぶり、シカコ姉さん」

「相変わらず腑抜けた顔をしてるね、シロ坊は」

 開口一番に放たれた当たりの強い言葉を、この感じも久々だなぁ、と思いながら、莉花の方を見やる。

「姉さんも聞いてるかもしれないけど、こちらが母さんの代わりに来てくれた茨城莉花さん」

 普段は呼びなれないさん付けがむず痒くなりつつも、一応、紹介くらいはきっちりしといた方がいいだろう、と判断し、莉花の方を掌で示す。幼なじみの少女は、軽くお辞儀をしてから、茨城莉花です、今回はよろしくお願いします、と言った。

「どうも。あたしは椎葉鹿子しいはしかこ。鹿子でいいよ。こいつの従姉……でよかったんだっけ?」

「それでいいけど……なんで忘れるわけ?」

 間柄とかは忘れないだろう、と突っこむ白に、

「親戚は全部、親戚でまとめてるから、いちいち細かいところとかおぼえてないんだよ。ってなわけで、よろしくね、茨城さん」

 そんな物言いをしたあと後部座席前の扉を開けてから、どうぞ、とうながしてくる。白は、色々と雑だな、と思いつつ、莉花とともにバンに乗りこんだ。

「って言うか、姉さん、いつの間に免許とったの?」

「高校卒業した時にはもう持ってたよ。乗せたことなかったっけ?」

「うん。おぼえてるかぎりだと」

「そっ」

 鹿子は興味なさげに言い捨てたあと、正面へと目を向けて車を走らせる。世間話をするでもなく、運転に集中しているようだった。人口が少なく、あまり難所がないとはいえ、安全運転をしてくれるのはありがたかったが、それはそれとして微妙な間が空いたので、どう振る舞おうかと迷っていると、莉花が耳元に顔を寄せてくる。

「ねえねえ」

「なんだよ」

「鹿子さんが、シロの探している人だったりしないの?」

 幼なじみの囁きに、当然の疑問か、と思ったあと、

「昔、姉さんに聞いてみたけど、違うって言われたよ」

 などと応じた。正確には、覚えてない、とかぞんざいに言われたり、気持ち悪い妄想だね、と冷やかに切り捨てられたのだが、あまり細かいところまで話す必要ないだろう。

 莉花は、そっか、と納得したあと、窓の外に目を向ける。駅周辺のさほど栄えていない飲食店や本屋、生活雑貨屋やボロく小さいゲームセンターの前を横切ると、道路の脇は田畑や草原へと移り変わる。要するに、電車の中にいた時とほぼほぼ似たような風景がまたもややってきた。しかしながら、幼なじみは、変わらず目を輝かせている。さすがに、電車の中にいた時のように騒いだりこそしていないが、上気した顔からは、少女自身の興奮が窺えた。

「そんなに食入るように見るほどのもの?」

 鹿子は視線を前方を向けたまま、唐突にそんなことを言ってみせる。バックミラーに映っていたのだろうか、と思うシロのかたわらで、莉花は数秒間、引き続き窓の外を見たあと、自らを指差して、私のこと言ってるんですか、と聞き返した。

「茨城さんしかいないでしょ。そこのつまんなそうなぼんくらと違って、随分と興味津々に見えるし」

 ぼんくらで悪かったな、と姉貴分の後頭部を睨みつける白。その横で莉花は、そうですねぇ、と考えるように口にしたあと、

「生まれてから、ここみたいな土地に住んだことがなかったっていうのはあると思うんですけど。それ以上に……」

「それ以上に?」

「こんなこと言うと、変なやつって思うかもしれないんですけど……なんだか妙に懐かしい気がして」

 何言ってるんでしょうね、私。そう照れくさそうに付け加えた幼なじみの声は、長い付き合いの白もあまり聞いたことがないものだった。

「思うに、アニメとかドラマに出てきそう、みたいな感じじゃないの。たまに観光に来る人ととかがそんなこと言ってたりするし」

「そうなんでしょうか? う~ん、そうなのかな」

 煮えきれない物言いをする莉花と、そうんじゃないの、と気のない声で応じる鹿子の気のない声を聞いた白は、なんだかんだで普通にコミュニケーションとれているなと一安心したあと、幼なじみのいる方とは逆側の窓を見やる。いつの間にか道路脇は鬱蒼と茂った森に移り変わっていた。もうすぐ家だな、と思いながら、ぼんやりと眺めている途中、ふと人影が目の端を掠める。

 思わず、立ち上がりそうになったが、その前に車が通りすぎてしまう。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 ついついそんな風に口にしてしまったものの、なんでもあった、のだと白は把握している。いや、正確を期すれば、ただ単に見間違えたという可能性も捨てきれなかったが、それにしてははっきりとした印象が残っている。

 先程、横切った木々の間。セーラー服に身を包んだ長い黒髪の少女が立っていたうえ、記憶が正しければ麦藁帽子も被っていたように見えた。おまけに首元のリボンの色合いも、白の記憶の中にある淡い水色だった気がする。

「なあ、姉ちゃん」

「なに?」

「急に変なこと聞くんだけど」

「あんたが変なのはいつものことだから、今更、気にしないよ」

 姉貴分から返ってきたぞんざいな言葉に、少々傷つきながらもおずおずと、

「今、ここら辺の子が通う学校の制服って……」

 情報を整理するべく放った疑問に対して、

「うっわ。シロ坊ってば、いつの間にか制服フェチにまでなったわけ。ヒクわー」

 鹿子はものすごい速度で不名誉なレッテルを貼り付けてくる。こころなしか、隣にいる幼なじみの視線も冷たく感じられた。

「そういうんじゃなくて……さっき、窓から高校生か中学生っぽい女の子が見えた気がしたから聞いただけだって」

「別にいいよ、言い訳しなくても。さっきも言ったでしょ。あんたが変なのはあたしも充分知ってるから、堂々としてていいんだよ」

 ヒクけど。付け加えられた言葉はどう聞いても、別にいい、で処理しているようには見受けられなかった。白は、引き続き説明しようとも考えかけたものの、なぜ、やってきたばかりなのにこんな些細なことを確かめるためにこんな面倒を引き受けなくてはならないのか、と半ばうんざりしたのもあり、じゃあそういうことでいいよ、と窓の外へと頬杖をついた。

「あの、鹿子さん」

 おそるおそるといった調子で莉花が切りだす。鹿子が、なに、と聞き返すや否や、

「たぶんですけど、シロは噓を吐いてないと思います」

 白の弁護に回る。ともすれば、先程までの、冷たく感じた視線も気のせいだったのかもしれない。

「そりゃそうでしょ。変態の心に忠実なのはあたしも」

「そういう気持ちじゃなくて……たぶん、本気でここら辺の子の制服の種類とかを知りたかっただけなんじゃないかって、いう話です」

 車を止めた鹿子は、後部座席の方に振り向いて、胡乱気な眼差しを莉花に注ぐ。

「茨城さん。忠告だけど、こいつのこと、あんま美化しない方がいいよ」

「美化? いや、しょうもない人だっていうのは、充分理解しているつもりですけど。それはそれとして、今回にかぎっては他意はないと思いますよ。私も、鹿子さんほどじゃないかもしれないですけど、まあまあ、長い付き合いなので」

 目の前で繰り広げられる会話に、こうも堂々と悪し様に言われるといっそ清々しいな、と半ば悟りの境地にいたりつつあった。もっとも、片方は口は悪くとも多少なりとも信じてくれている辺り、幾分かましかもしれなかったが。

 鹿子は、ふぅん、と気のない返事をしたあと、前方を向き、シートベルトを外しはじめる。

「まあ、いいや。あたし個人としては、あんまり甘やかさない方がいい気がするけど、そこは茨城さんの人生だしね」

 そう言い捨てたあと、ちらりと嫌そうな目を白に向けた。

「ここら辺の女の子の制服とか言ってたっけ?」

「うん」

「けっこうな距離を電車で移動する子もいるから断定はできないけど、一番、多くの子が通ってるとこは、たしか紺のブレザーだった気がする。けど今は夏だから……白いシャツに赤いリボンかネクタイにチェックのスカートだったかな」

 これでいい、と無機質に付け加えた、鹿子に、ありがとう、と礼を告げる。どういたしまして、とぞんざいに告げた鹿子は、

「着いたよ」

 と告げて、前方の扉を乱暴に開く。それに一歩遅れるようにして莉花も外に出た。それに続きつつ白は、従姉の物言いが正しいとすれば、あの木の間にいた人影の主は、ここら辺に住む学生にしては珍しい高校に通っているということになるんだろうな、と判断する。

 見間違えかもしれないけど。そう自らに言い聞かせながら、燦々と照る日差しの下に身を投じた。

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