025 運送屋のダーニャ

 ダーニャ・グルン。キッテの幼馴染の女の子で運送屋をしている。

 キッテよりも背が高く成人男性と同じくらいの身長で、力仕事をしているだけあって肉付きもよい。短くした金色の髪は天然のパーマがかかったようにくるくると巻いていて、頭の上には野球帽のようなキャップをかぶっている。

 職業柄オシャレとは無縁の作業着を着ているが、着飾ったら見違えるほどの美人ちゃんであることを俺もキッテも知っている。


「ダーニャ、この前はありがとう。開店祝い嬉しかったよ!」


「親友の門出ッスからね。改めておめでとうッス」


「今日はどうしたの? 商品の仕入れ? だったらねえ、あのゴーストバスターグラブはどう? 素材は木だけど、彫りこんだ退魔文字に冷火銀を蒸着させて効果アップ、低級霊とかだったら寄ってもこないよ!」


「残念ながら仕入れじゃ無いッスよ」


「じゃあ、あれだ! わざわざ私に会いに来てくれたとか!」


「まあ半分正解ッス」


「半分?」


「そうッス。職業柄情報通なんッスよね。だからキッテがどんな状況になってるかって耳にしたッス」


「あ、あぁ~。うん。その、お恥ずかしながら、えへへへへ」


「あたしはそんなにアタマは良くないんで、錬金術のことは良く分からないッスけど、キッテが困っているのは分かるッス。だから力になりに来たッス」


「うわーん、ダーニャはいつも優しいなぁ」


 そう言ってキッテはダーニャに抱き着く。キッテは小さめでダーニャは背が高いのでその胸にすっぽりと埋まってしまう感じだ。


「そんなに抱き着かれると困るッスよ」


 キッテのスキンシップに難色を示しつつもまんざらではないご様子。

 まあ二人は昔から仲がいいからこの光景は通常運転なんだけどな。


「ほら、ぐえちゃんも何か言いたそうにこっちを見てるッスよ」


 んあ、特に何か言いたいわけじゃないんだけど。


「残念。ぐえちゃんがお怒りなら仕方ないね」


 こらこら何を言ってるんだか。キッテは俺が怒ってるわけないのを分かってて言ってるだろ。


「それでッスね、キッテの力になりに来たんッスが、つまりは一つ、仕事を手伝って欲しいッス」


「仕事?」


「そうッス。追加でちょっと大きめの配送を受けたんッスが人手が欲しいんッスよね。それをキッテに手伝ってもらえればと思うッス。もちろんお給金ははずむッスよ」


 なるほど。錬金素材も買えなくて負のスパイラルに陥っているキッテには現金が必要だ。

 仕事を斡旋することによってキッテの自活を目指そうという訳だな。

 仕事を取ってきたのでどうぞ、というのではなく受けた仕事を手伝って欲しい、というスタンスなのもダーニャの優しさが垣間見える。

 まあ前者であってもキッテは大喜びするだろうけど、優しいに越したことはない。


「ありがとうダーニャ! なんの配送なの? 私、頭脳派だけど体を動かすのも定評があるよ!」


「あはは、知ってるッスよ。幼馴染ッスからね」


「そうそう。幼馴染で大親友だから!」


 ◆◆◆


 翌日のこと。

 配送の仕事は朝が早い。俺達は日が昇る前に起きて準備をし、アトリエを出る。念のためちゃんとドアに書けた看板が「クローズ」になっている事を確認して出発する。

 

 ダーニャは昨日のうちに配送物を受け取りにテテヌートの町に向かっている。俺達よりも早く起きてテテヌートを出発して、そしてここ王都の大通りで合流する予定だ。


「あっ、ぐえちゃん、あれ、ダーニャじゃない? おーい、ダーニャー!」


「ぐえっ!?」


 ちょっとキッテさん、町の皆さんまだ寝てる時間だからね。朝っぱらから大声だしてはいけないのだぞ。


「あっ、そうだった。こんな朝早く起きる事なんて無いから、失敗失敗」


 うむ。ご近所の方ごめんなさい。

 幸いどこの家からも苦情の声が聞こえることは無く、キッテは声の代わりに大きく手を振ったりジャンプしたりして自分の居場所をダーニャに伝えようとしていた。


 ――ズンズンズン


 少しだけ地面が揺れるような、そんな足音が聞こえて来る。

 その正体はダーニャの相棒の巨大なウシ型の生き物、ベヒーモスだ。

 速度のスレイプニルと並んでパワーのベヒーモスとも称され、牛よりも大きい身体をしていて体の色は個体によって千差万別の色をしている。


「ノルク、久しぶりだね! 元気してた?」


 ――ぶもぉぉぉ


「よーしよしよし!」


 キッテがベヒーモスの体を手で撫でる。このベヒーモス、ノルクは故郷のトルナ村にいたときからのダーニャの相棒だ。だから俺達もよーく知っている。薄い紫色の体に濃い紫色の斑点が入っていて角は二本。頭の横から生えていて前に向かって真っすぐ鋭く伸びている。そのままだと危険なので布のカバーがつけられているが、そのカバーは赤色でオシャレなのだ。


「ノルクもキッテに会うのは久しぶりで喜んでるッス!」


「ダーニャ! おはよう!」


「おはようッス、キッテ」


 ノルクの繋がれた後ろ、馬車に当たる部分から顔を出すダーニャ。この馬車、いや、正式にはベヒーモスが引くからベヒーモス車なんだけど、めんどくさいから今は馬車と呼称する。

 話は逸れたけど、この馬車はダーニャの親父さんから譲り受けたものなのだ。安定性にすぐれた幌馬車なんだけど中型のため沢山の物を運ぶとなると心もとない。


「後ろの調子はどう? 壊れそうな所とかない?」

「大丈夫ッスよ。ちゃんと丁寧に使ってるッス。それに、キッテが作ってくれたものは丈夫ッスから」


 後ろとは馬車の後ろの事だ。馬車の後ろには金具で連結された荷台車がある。二輪だけど車輪の軸が進む方向に可動するもので、ダーニャが運送屋の仕事を始める際にお祝いとしてキッテが改良プレゼントしたものだ。


「それじゃあ出発するッス!」

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