8 号泣してみよう 2

 何処か呑気に見回していると。

 ひょい、とあたしは父から女の人に手渡しされた。


――え、え?


 突然の事態に、呆然と頭がついていけず、声も出ない。

 抱きとり、軽く揺すって、その女の人は父に声を返した。


「××××」

「××××」


 小さく手を挙げ、父は出ていく。

 女の人二人が、見送りらしい声をかける。


――え、ええ?


 まだ呆然と、あたしは全身硬直。

 わけの分からない思いが、頭に渦巻く。


――置いて、いかれた。


 父に、見放された?

 いや、そんなはずはない。

 ふつうに考えて、何か用事があって出かけるに当たり、信用のおける村の女性に子どもを預けた、ということだろう。

 頭の中の冷静な部分は、そう分析して衝撃を抑えようと試みる。

 しかし残った紛れもない赤ん坊の思考は、そんな納得をしようとしない。

 とにかく、いつも離れない父の存在が遠のいて、不安で不安で堪らない。何とも説明のしようもない恐怖、恐慌のようなものが、ごわごわと全身に染み渡ってくる。


「ひ、ひ――」

「あら、××××」

「ひぇぇーーーーん」


 ほどなく、あたしの中で爆発が起きた。

 泣き声と涙が、堰を切って。

 自分でも制御できないほどに全身が震え、身をよじって。


「ひぇぇーーーーーーん」

「あらあら、××××」

「ひぇぇえええーーーーーーん」


 慌てて女の人が立ち上がり、揺すり抱き歩いてあやしてくれるけれど。

 全身全霊であたしは泣き続けた。

 本当に、自分でもどうしようもない。言ってみれば、赤ん坊の本能のままに。

 両手両足を全力で踏ん張り、振るい。

 何をどうしようとも、自分では抑えようがない。父親の温もりしか知らない乳児として、当たり前だろう。

 頭の中で必死に止めようとする働きはあるのだけれど。そちらだって、この境遇に納得しているわけではない。

 剣と弓矢を持って、父が出かけていった。

 それから考えて、狩りか何かの用事だろう。ここにいる子どもの人数からすると、他にも同様の同行者がいて、託児の場になっているのかもしれない。

 努めてそう考えようとはしてみても、断定できるわけでもない。他の可能性だってある。

 父はこの村の人にあたしを譲り渡して、一人遠くに旅立ったのかもしれない。父が肌身離さず持ち歩きそうに大切にしているものは、あの大剣だけだ。他のものには未練を残さず、ここを立ち去ったのかもしれない。

 意識がはっきりしてからの数ヶ月だけを顧みても、ただただあたしは父にとっての厄介者だ。何もかも世話を受けることしかできず、いつ愛想を尽かされても何の不思議もない。

 思い起こしてみればいつも家の中での父は仏頂面、笑顔などほとんど見たことがないじゃないか。

 男一人での子育てなど、たいへんなだけに決まっている。ずっと辛抱してやってきたものがぷつんと切れたとして、何の不思議もない。

 嫌われた。

 見放された。

 一人、置いていかれた。

 そんな思いが、今は確信のようになってあたしの頭に渦巻く。

 言葉の一つも使えないのだから、誰に問い糾すもできず、自分で思い煩う他なく。

 とにかくどうかしようにも何のすべも持たず、全身全霊で泣き続けるしかないのだった。


「ひぃぃえええーーーーーーん」

「あらあらあらあら」


 困り顔の女の人は、しばらく抱き揺すりながら歩き回ってくれたけれど。さすがにあたしの泣き声に最初の勢いが少し緩んだところで、毛皮を厚く敷いた上に座らせた。

 絹を裂くよう、というほどではなくなったにせよ、喘ぐような息継ぎを挟んで泣き叫びは続く。それを放置と決めたらしく、女の人は一旦離れていった。

 その仕打ちに対してかさまざまな不満の集積か、もうわけ分からないまま吼え泣きが続き。いつの間にか、意識が遠のいていた。


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