第8話 メイドロールプレイング②

「でもまあ、そうね……別にメイドじゃなくてもいいのは的を射ているかも」


「だったら……」


「でも、ちょっと見返してやりたいって気持ちもあるのよ」


「だれに?」


「あなたと神原さんよ。だって私の貧乏暮らしのインプットは考えが甘い! みたいなこと言ったじゃない。だから、インプットのために何でもやるっていうのを証明したいの」


 そう語る天川はいつもの自信に満ちた彼女だった。


 まっすぐな目をしていて、とてもきれいで、まぶしい。


「ってことで、あーん」


「なにが『ってことで』だよ!」


「いいじゃない。毒を食らわば皿まで、って言うし」


「色々ツッコみたいけど……」


 まあいいか、今日くらいは付き合ってやっても。


 そう観念していただくことにする。


「ふむ、見た目ほど味は悪くない。普通に食える」


「評価が最低限すぎる!」


「いやまあ、普段料理しない割にはかなりマシな部類だと思うぞ……」


 天川の料理だが、味はちゃんとついてるぶん及第点ではある。


 ラノベヒロインみたいに変なアレンジもしてないし。


「ふふっ」


 つぎつぎに俺の口に料理を突っ込む天川がご機嫌そうに笑う。


「なんだよ、いきなり」


「そういえばあなたと初めて会ったときも、こんな感じだったなって」


 あれは去年の秋口のこと。


 俺は空腹で大学構内の廊下でぶっ倒れていたのが、夕暮れ時の過疎講堂ということもあって中々ひとが通らなかった。


 そのとき、たまたま通りかかった天川がパンを分け与えてくれたのだ。


「あのときのあなた、結構かわいかったわよ」


「かわいいって……」


「なんていうのかしら……そう、小動物が餌付けされてるみたいだったわね」


 とまあ、そんなこともあって、天川にお礼を返したりと俺たちの関係がはじまったのだ。


「あのときはありがとな。正直、腹が減って死ぬかと思ってたし、助かった」


「助かったのは私の方だったかも」


「え?」


「あのころの私って、嫌なことがあってちょっと荒れてたのよ。もうどうにでもなれー!って」


 あまりに荒れ放題で学内の友達も作家仲間も近寄らず、親ですら手を焼いていたという。


 でも、そんなときに俺と天川は出会った。


「あなたといると辛いことも忘れられたの。居心地がいいっていうのかしらね。それでどんどん好きになった」


 天川も俺と同じだった。


 俺たちは傷ついたもの同士、あの秋口に出会ったのだ。


 運命論だとかそういうのは信じないが、すこしロマンチックだ。


「だから、あーん」


「なにがだからだよ」


 照れ隠しなのか、天川は崩れた卵焼きを摘まんで、俺の口まで運んでくる。


 そのときだった。


「師匠、なにやってるっすか?」



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