初体験はラブホテル

 ドラマチックな告白だった。


 ドラマならここで画面が切り替わり、翌日から楽しいデートを始めたりするのだろう。


 でもここは現実だ。


 冬は寒いし、しもやけができるし、赤切れもする。


 そんななまを味わえる現実では男女の関係が成立する。


 大人が定義した『健全』。互いにその先を望めば、することができる。


「ラブホって案外いかがわしい雰囲気じゃないんだな……」


 ロビーはピンクのライトに照らされていたが、部屋はシックで落ち着いた雰囲気であった。見える範囲に大人のおもちゃも無ければ、三角騎馬もない。


 ただひとつ問題があるとすれば……。


「~~~♪」


 視界の先には一枚のガラス。そこにはぼやけたシルエットの裸体が見え、鼻歌まじりにシャワーの音が聞こえてくる。


 天川は俺のあとに風呂に入っていったが何とも無防備なもので、洗面所に彼女の服や下着が畳まれており、つい目を逸らしてしまう。


 家族以外の女性の下着なんて初めて見たぜ……。


「お待たせ……なんで後ろ向き? というか座禅?」


 天川がシャワーを終えて出てくるまで俺はお風呂に背を向けて、ベッドの上で座禅を組んでいた。


 彼女の顔は見えないが、戸惑っているのが声色で分かる。


「ラブホで修行でもしてるの?」


「だってこうでもしないと天川の裸見ちゃうだろ? 風呂上がりなんだしさ」


 ただ背を向けていては煩悩に負けてしまう。


 天川の裸体を見たいという欲望を抑えるにはお釈迦様の力を借りなければならないのだ。


 故に座禅。


「ふふっ、それだけ私に魅力を感じてくれているのね」


 天川の弾んだ声と共に、背中に柔らかな感触が伝わってくる。さきほどコート越しに感じたものより、はるかに柔らかい。


 背中に感じる彼女のぬくもりと重み。それが信頼のあかしだと分かって、すこし舞い上がってしまいそうになる。


「これからいくらでも裸なんて見るんだし、気にしなくていいのに」


「天川はいくらでもこういうの経験してるだろうけど、俺は初めてなんだよ」


「心外ね。私も初めてなんだけど?」


「えっ」


「そんなに驚かなくたっていいでしょ? 私、これでも身持ちは硬い方なの」


「身持ちが硬い女は男をラブホに誘うために策を弄したりしないんだよなぁ」


「あのね、私だって誰彼構わずホテルに誘ってるわけじゃないの。好きな相手にしかアプローチしないんだから……」


「それが俺?」


 背後でしおらしくうなずいたのが分かる。


「だから……顔も見せてくれないんじゃ、すこし寂しいわ」


「天川……」


 そっと振り返ると、バスローブ姿の天川がいた。


 女の子座りをしており、黒髪の先っぽがベッドに触れるほど長い。純白のシーツとバスローブもあって、黒と白のコントラストが完成している。でも、モノクロの世界なんかじゃない。天川が視界に入ると、俺の世界は色づいていく。


 緩んだ胸元からは風呂上がりでほてった胸の谷間をのぞかせており、視線を吸い寄せられる。


「じろじろ見ちゃうタイプなのね」


「ご、ごめん!」


 慌てて顔を逸らそうとするが、両手で頬を抑えられる。


「いいのよ、いくら見たって」


 そういうことをするために来た場所だっていうのは分かってる。


 でもいざ直前になると、どうしていいか分からない。相手の気持ちが分からない。羞恥心が勝る。


 いろいろな要因が重なり合って、手を出せないでいる。


「私がリードしてあげる」


 はじめてで不安なのは天川もいっしょのはずだ。


 それでも彼女はそんなそぶり一つ見せないで、距離を詰めてくる。


 端正な顔立ちが紅潮しており、いかにもな雰囲気を醸し出している。


 そして俺の頬に両手を添えたまま……


「嫌だったら拒んでいいから」


 互いに目をつぶって唇を触れ合わせる。


 真っ暗な視界にフラッシュをたいたような刺激が流れ込んでくる。


 天川の舌が俺の口内に入り込んできたのだ。


 ぬるぬるとした感触が俺を求めてくる。それに応えるように俺も天川の口内に舌を入れる。


「んっ、はぁ、はぅんっ……」


 くぐもった声が部屋中に響く。ぴちゃぴちゃと水音が脳に反響する。


 天川は身をよじって、その快感を体で示す。


「天川っ」


 俺は彼女を求めるように背中に手をまわして抱き寄せる。 


 密着すると、互いの心臓の鼓動を感じられる。


 風呂上がりの温かな身体、シャンプーのいい匂い。


 そしてキス。全身で天川を感じることが出来る。


 キスの気持ち良さは遺伝子で決まっている、と聞いたことがある。であれば、俺と天川は相当相性がいいのかもしれない


「島崎くん、島崎くぅん……」


 媚びるような、甘えるような声で俺を求める天川。こんな彼女は今まで見たことないし、大学内の誰も見たことないだろう。そう思うと、もっとキスに、天川に夢中になっていく。もっとほしくなる。


 求めれば求めるほど、相手も求めてくれる。


 その多幸感が思考に靄をかける。ぼーっとして何も考えられなくなる。


 ただただ、天川が欲しくてしょうがない。


 ふたりで求めあって、求めあって、貪りあう。


「んっ、ちゅぷ……ねえ、キスだけでいいの?」


 名残惜しそうに唇を離した天川がバスローブのボタンを外すと、黒レースのブラに包まれた形のいい胸が出てきた。


「どうかしら?」


「めちゃくちゃ大きくて……すきだ」


「ふふっ、ありがと」


「そ、それで、そのブラって……」


「勝負下着って言えばいいのかしら」


 バスローブをめくって下半身を見せてくれる。ブラ同様に、黒のレースがあしらわれた、おしゃれな下着が覗けた。


「今日はそういうつもりだったから……」


 俺のために準備してくれた。俺としたくてここまでしてくれた。俺を求めてくれている。


 そのことが何よりも嬉しかった。


「天川っ!」


「きゃっ」


 勢いに任せて、というわけではなかったと思う。


 抑えきれない気持ちをなんとか制御して天川をベッドに押し倒した。


 天川に覆いかぶされるようにして見つめ合う。


 俺はいつも天川に手玉に取られてばかりだが、この時ばかりは彼女もしおらしくなっていた。


 それがますます俺の興奮を掻き立てる。


「天川、すきだ」


「……天川じゃいやよ、潤一郎くん」


「……詩乃、すきだ」


「合格」


 そう微笑んだ彼女を、俺は抱いた。

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