現世では底辺配信者の僕が『バズる才能視(ビジョン)』で異世界の美少女をプロデュースしました

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第1話 自殺配信

 いまはもう廃墟と化したビルの屋上。


 辺りは少し薄暗いものの、眼下には硬いアスファルトの地面が見える。


 僕、卜部六郎うらべろくろうはその日、廃ビルの屋上の縁に立ち、


 眼下から煽るように吹き上げてくる風。


 こんなとこから落ちたら間違いなく即死だろうなと、自分のことなのにまるで他人事のような考えが浮かんできて、僕は乾いた笑いを浮かべた。


 売れっ子配信者になることを夢見て、田舎から都会に出てきて十年、配信業で食えるようになるのを目標に、これまで本当にいろんなことにチャレンジしてきた。


 頭を使う企画もやったし、お金を使う企画も、ゲテモノを食べたり身体を張る企画もやった。でもなにをやっても、どんなに全力を尽くしても、なにもかもダメだった。


 それがなぜだったのか、いまの僕にはよくわかる。


 僕には単純に、配信者としての才能、いわゆる『華』と呼ばれる部分が決定的に足りていなかったんだ。


 取り柄といえば背が無駄に高いぐらいで、中肉フツメンのいわゆる草食系、この歳まで異性にモテたためしはない。もちろん配信者としてやっていける華なんてヒトカケラもない。


 配信者としてやっていける人間なんて、全体のほんの数パーセント、上澄みも上澄みの部分だけで、光のあたる華やかな世界の下には、人の闇を煮詰めたドロドロした欲望、漆黒の世界が広がっている。


 僕は配信画面の視聴者数を見た。自分の命を絶つとまで宣言しているのに、その数字はたったの数十人。


 昨日ご丁寧に自殺の予告までしたのに、だーれも心配してくれないんだな。ああいや、そういえば一つだけコメント来てたか、でもいいんだ、どうせもう死ぬんだし。


 そこまでしてなお、僕の配信はほとんど誰も観ていなかったのだから、僕の配信、いや、僕の命は、この世界の誰からも興味を持たれていないことがわかる。


 まさか本当に自殺なんかしないだろうと高をくくってるのかもしれないけど、その『無関心』が僕の絶望をさらに深め、どん底に叩き落としていることなんて、誰にもわからないだろうし、いまさらわかってもらいたいとも思わない。


 人間いざ死のうと覚悟を決めると、昔のさまざまな思い出がよみがえってくるから不思議だ。


 僕の実家は農家で、名前が示すとおり僕はその家の六男坊だった。


 配信者になるなんて夢物語、当然親には猛反対された。


 だからこそ、成功するまでは絶対に帰らない、立派になって田舎の父ちゃん母ちゃんを安心させるまではと、一縷の望みにかけて三十歳まで頑張ってきたけど、どうやらもう、限界みたいだ……。


 そうそう、幼いころはよく、名前の『卜部』を『トベ』なんて言われて、「トベ、ここから飛んでみろよ」なんて囃し立てられてたっけな……。


 まったく、トベが本当にビルの屋上から飛び降りるなんて、笑い話にもならない。


 死ぬ前の最期の時間、そんな考えが頭に浮かんで、僕は自嘲気味に笑った。


 僕の名前はトベじゃない……。


「ウラベロクローだ~ッッッッッッッ!」


 そう叫びながら、僕は勢いよく廃ビルの屋上から飛び降りた。






            ◆    ◆    ◆






 僕は死んだ。


 いや、たしかに、死んだはずだった。


 だが、僕が硬いアスファルトに打ちつけられ、自らの死を悟るその瞬間、なにかが僕の中に語りかけてきたのだ。


 それは本当に、『僕の中』としか言いようがなく、声といってもそれを聞いているのは耳ではない、まるで僕の心の中に直接語りかけているような、いままで味わったことのない不思議な感覚だった。


「あなたはまだ、死ぬべき人ではありません」


 絶望も希望も、すべてを包み込むかのような、美しい聖母を思わせる声。


 僕はまた、死を覚悟したときのような乾いた笑いを浮かべた。


「死ぬべきでないって、こんなに、なにをやってもダメで、これ以上未来に希望なんかないのに、生きててなんになるっていうんですか。僕はもう疲れたんだ。ほっといてください」


 声の主は続けた。


「あなたの配信を観て、命を救われた人がいました。その人は画面の向こうで、あなたにとても感謝していましたよ、あなたに出逢えてよかったと」


 慈愛にあふれた言の葉の終わりと共に、僕の中にとても温かい『なにか』が飛び込んできて、僕はその温かいものを壊さないように、指ではなく心で触れていった。


 これは……。


 声の主が見せた映像。


 それは、画面の向こうで、『底辺だった僕の配信を観ている人たちの姿』だった。


 数は少ないけれど、出張先のホテルで配信を観るサラリーマン風の中年男性、電車の中でスマホに目を落とす制服姿の女の子、ゲームや本がたくさん並べてある自室で観てくれている男の子など、そこには画面上の『数字』ではなく、僕の配信を観て日々を過ごす『ひとりひとりの人生』があった。


 僕の配信が……底辺でなんの意味もないと思っていた配信が……。知らず知らずのうちに、誰かの命を救ってた……?


 気づいたら、大粒の涙があふれていた。


 涙なんて、この世界に絶望したあの日に、とうの昔に枯れ果てたと思ってたのに、どうしてまだこんなものがあふれてくるんだろう。


「それはあなたが、『人間』という生き物だからですよ」


 声の主の温かい言葉に、とめどない感情があふれだす。


 こんな、こんな僕の、誰も観ていなかったと思っていた配信でも、それを観て、元気をもらっていた人がいたんだ。


 いつも、配信画面に見えていた数字。


 それは、ただの数字なんかじゃなくて、そこに生きている人たちひとりひとりの、『人生』そのものだったんだ。


「あなたがいま流した涙。その、人として一番大切な心が残っているかぎり、あなたは何度でもやり直せるでしょう」


 もうこの世界に、やり残したことなんてないはずだった。


 だけどなぜだろう。いまたしかに、僕は死を選んだことを後悔していた。


「ですが、あなたは自ら生きることをあきらめてしまった。どんなに生きたくても生きられなかった命が無数に存在するこの世界に、あなたをそのまま返すわけにはいきません。あなたにはその『責任』をとる必要があります」


 責任……でもどうやって……?


「あなたに、生きるための『試練』を与えます」


 声の主は続けた。


「その世界は、モンスターと共生する人々が、そのさまざまな様子を配信することで暮らしている世界。その世界に貢献をしてもらいます。猶予は一年。その世界で一番の配信者になれたとき、あなたは生きて現世へと戻れることでしょう」


 一年……もしそれで結果が出なかったときは……。そんな答えのわかりきっている問いを、僕はあえて声の主に投げかけることはなかった。


「その異世界には、あなたの他にも現世に生きて帰ることを願う『能力者』がいます。能力者はあなたを含めて『五人』。あなたはそれらの能力者との競争に打ち克ち、その世界で一番の配信者を目指すのです」


 あなたを含めて……それは僕もその世界でのなんらかの能力をもらえるということか……? そして、僕の他にも生き残りをかけて戦う能力者たちがいる……。


「最後にあなたに、異世界でのこの力を授けましょう」


 声の主の言葉と共に、僕の中に強い光が入ってきた。


「これは……?」


「宿る能力は、その対象の生まれ育った歴史、才能や適性によって決まり、すべて違うものです。さて、あなたに宿ったものは……。おや? これは驚きました……このような能力は初めて……。こんな能力が宿るなんて、あなたはとてもユニークな才能をお持ちのようですね」


 その驚きが果たして良い意味なのか悪い意味なのか、僕には見当もつかなかったけれど、これからその能力を頼りに戦っていく身としては、良い意味のほうだと信じたかった。


 絶対に、やってやる。


 こんな僕の配信を観てくれていた人たちのために、生きて、絶対に元の世界に戻る。


 生きてこの人たちに言うんだ。


 ありがとう。


 僕が『ここにいること』に気づいてくれて。

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