第16話 どういうこと?



――金に近い短髪。昔とは違ってワックスで逆立て、耳にはピアスがついている。変わってないのはその歪んだ不快感を押し付けるような笑み。


「あれ?お前、なーんか雰囲気変わってね?」

「......」


一言も出ない。目を逸らし、逆方向に逃げようと歩き出した。しかし、それを見逃してくれるほど優しくはない。


左手を引かれ、止められた。その際、ポケットに入れた手が抜ける。


――ッ!


「おい待てって。久しぶりなのに逃げんなよな。つーかちょっと来い」

「......嫌だ」

「嫌だじゃねえよ。お前は断れねえだろ。ってか、あれ?声なんか高くなってねえかお前」

「......」

「あはっ、いやいや何黙ってんの?お前が女になってるのこっちはとっくに知ってんだよ。今更黙ってもおせーよばーか。あはは」


(いや口を利きたく無いからだまったんだけど)


昔からそうだ。決めつけてネタにして面白おかしく嗤う。典型的な自己中心的人間。


......相変わらず、引き気味の笑いが耳障りだ。けど、どうする?このまま逃げようとして、もし逆上して殴られでもしたらヤバい。

昔ならともかく、この女の体でそれされたら絶対に怪我する。こっちはこれからバンドの練習もYooTubeの動画投稿だってあるんだ。


(こんなとこで怪我なんてできない。だからここは.....)


移動中に教師とすれ違ったら助けを求める。もしくは隙をみて逃げるか。あとは......。


「おら、いくぞ青山ちゃ〜ん?」

「......どこに」

「三階の軽音部の部室に決まってるだろ」


ぐいっと手を引かれ連れて行かれる。


「ッ、いたいっ!」

「あはは、可愛い声だなぁ?つか、お前マジで女になったんだなぁ。手が小せえ。可愛いねえ〜」


触れられているだけでぞわぞわと嫌な感じがする。本能的で根源的な暴力への恐怖心が、歩みを鈍らせる。


辿り着いた軽音部の部室。中からは談笑する声が聞こえてくる。あの頃と変わらない。ガラッと扉を開く馬草。

中には大体十人くらいの人間がいた。軽音部だというのに誰一人楽器を手にしているのは三人くらいしか居ない。

かと言ってこれから練習するために楽器を持つということはないだろう。

彼らの殆どは漫画を読んだり雑談して遊ぶために来ている。


(......人、前より増えてる)


馬草といつもつるんでいる男子二人。そして部長とその隣に女子が三人座っている。

奥にはベースの音調整してる女子一人、ドラムセットに座る真面目そうな眼鏡男子が一人と、ギターを壁に立て掛け携帯ゲームをしている金髪ボブの女子。そしてその隣でスナック菓子を食べている女子がひとり。


「ちわーす」


馬草が無駄にでかい声で挨拶をした。すると馬草といつもつるんでいる男子が「おせーよ」「なにしてたん」と声を上げた。


「馬草、早く戸を閉めろ。センコーに見られたらめんどい」


部長がジェスチャーで閉めろと手をひらひらさせた。


「あ、すんません!またグチグチ言われたら面倒ですもんね。活動してないなら帰れとか、部として認めないとか」

「ああ。せっかくの溜まり場を奪われねーようにしねえとな」

「ね」「マジそれな」「――っあー!マジ天鱗落とさねえ!」「だははw」


人は増えたがやってることは前と変わらないな。


「で、そいつ誰?」


指をさされる俺。部屋の中の人間、すべての視線が俺に集まる。

元々注目されるのは苦手だ。これからバンドのボーカルやろうってやつが何言ってるんだって思うだろうけど、このアウェー感で、敵だと確定している人間からの好奇の目はかなりキツい。


と、その時お菓子を食べていた奥の女子が声を上げた。


「は!?誰それめっちゃタイプなんだけど!?」


......ん?


「めちゃくちゃイケメンじゃん!」「え、男なの?」「女に見えるけど」


場の女子がざわつきよって来た。隣の馬草は困惑しているようで半笑いのまま「え、え?こいつのこと?イケメンって......マジ?」と戸惑い口にしていた。

ちなみに俺も困惑しているし、早く帰りたい。


顔を近づけてくる女子。俺は恥ずかしさで反射的に顔を背ける。やめろいい匂い!


「あはっ、照れてるん?」「近くでみたら女の子だねえ」「なんで男の夏服なん?しかもブレザーて」


「あ、いや、こいつ青山だからさ」


馬草が言うと場の雰囲気が固まった。そして部長が立ち上がりこちらにくる。馬草の取り巻きもその後に続いてこちらへくる。


「こ、この子が、青山?」


目を見開き俺を見る部長。近い近い近い。離れてやめて。と内心嫌がっていると、馬草がここぞとばかりに勢いづく。


「そうっすよ!よく見たらほら、微妙に面影あるでしょ!?」


ジッと俺の顔を見回している部長。無言なのが怖いんだが。鼻息うるさいし。つーか顔赤くね?


「さーてさて、それでは!これから青山で遊ぼうと思いますー!」

「遊ぶって?」


遊ぶってなんだ?嫌な予感しかしねえ。つーか部長引き剥がしてくれ......目が血走ってて怖え。なに?俺なんかしたの?あ、もしかして、いじめから逃げた事を怒ってるのか......?


「いや、ほら。青山が女になったなんてフツーに信じられなくない?ズル休みだった可能性だってあるし」


「えー、そうなん?」「まあ、女の子っぽく化粧してる線もあるか」「もともと中性的な顔だったもんね」「んで、それが?」


ふざけんなよ。ズル休みで留年とかありえねえだろ。やっぱ何も考えてないで物言ってるんだろうな、こいつ。つーか、いい加減離れてくれないか部長。鼻息荒くてうるさい。あとつけすぎな香水が臭い。


あまりに注視してくる部長に気を取られていると、馬草が衝撃的な事を言い出した。


「だから確かめよーぜ!こいつを脱がせて、丸裸にしよう。そんでその写真をとってさ、奴隷くんにしようぜ。あ、いや奴隷ちゃんか?どっちでも良いか!ひゃははっ」


......え?


呆けているとすぐさま俺の両手首を掴みかかってきた。


「!?、いっ、たい」


力強ええんだよ!加減しろ!いてえ!

そしてそれを合図に馬草の連れが俺を拘束しだす。一人は脚を抑え、一人は俺のブレザーのボタンを一つずつ外しだす。


ちょ、ちょっと待てマジでか!?と、焦る俺。その時。


「まてまて、馬草。それはさすがにマズイんじゃないか?」


後ろの方に居た眼鏡をかけ、ドラムセットに座っていた男子部員がそう言った。

この人は前俺が軽音部に所属していた頃には居なかった人。しかし陽向からきいた情報で彼が先輩で副部長をしているということを俺は知っていた。


「副部長、別に大丈夫っすよ。先輩はこいつがいたときまだ軽音部いなかったから知らないでしょうけど、これがフツーなんで。むしろ裸の写真撮って脅せば学校来るってもんでしょ、この引き籠もり」


馬草のその言葉に同調する彼の連れ二人。


「だよな!その方が学校のためじゃん?」

「さすが馬草!頭いいねえ!」


「いや、やめて。そんな事して部活動停止になったら困るんやけど」


奥でベースの調整していた女子が立ち上がる。ゲームをしていた隣のギターの子も画面から目を離し、馬草を睨みつける。

ちなみにこの二人も俺が在籍中居なかった生徒だ。


(もしかして、このギターとベースとドラムの人は真面目に活動してる感じなのか......?)


「あのさ、御門くん有馬さん水戸さん。あんたら三人の入部は俺等の邪魔しないって条件つきだったでしょ?いまそれ違反してんじゃねっすか?」


馬草が三人を睨みつけた。


......そうか。彼ら三人もみんな部長や馬草と同じなのかと思っていたけど、違うんだ。


「ふっざけないでよ!それで活動停止になったら条件もなにもないっつってんのよ!」


ギターの子がめちゃくちゃキレてる。さっきまでゲームしながら興味なさそうにしていた奴とは思えねえ変わりよう。こええ。


てか見事なまでの仲間割れだ。俺を拘束する手が緩んでる。もう少し隙があれば逃げられるんだけど......てか、体に触れられてるのが本気で嫌なんだが。


(キモいキモい、マジでキモい、早く離してほしい)


その気持ちが顔に現れていたようで、俺をイケメンだと言ってくれた部長の隣に座っていた先輩女子が「おいお前ら離しやれよ、嫌そうな顔してんじゃん」と声を荒げた。


前に散々いじめられた恨みはあるが、このときばかりはありがてえ!と思うばかりだった。そうだよ早く放せよキモ男共!


「あ?お前らなんなん?こいつの事そんなに好きになっちゃった?とんだ面食い雌豚共だなぁ?ねえ、部長」


そう問われた部長は未だに俺の顔を見ていた。つーかなんか微笑んでる。こええ、なにその表情?

俺の視線に部長は気がつき、彼は小声で俺にこう言った。


「大丈夫、待ってな......俺が助けてやる」


「え、なんか言いました?部長」

「ああ、お前らいったん青山を離せ」


そう言われた馬草たち三人は俺を離した。


「行け、青山。帰っていいよ」


部長の一言に俺の思考は「?」状態になる。どういう事だ?何かの罠か?一瞬そう思ったが、馬草らの反応でこれを本気で言っている事がわかった。


「いやいやいや、部長まで何いってんスか!?」

「マジで!?前みたいにコイツで遊ばないんですか!?」

「あれ......もしかして先輩、ひよってんです?」


部長の謎の行動に不満を爆発させる馬草ら三人。ラッキー!なんか知らんけど助けてくれたから逃げよう!そう思いすぐ後ろの戸を開こうとした時、馬草にどつかれ扉に叩きつけられた。


――ドォン!と派手な音と全身に走る衝撃。


「――痛ッ......ッ、た」


めちゃくちゃ痛え!!言葉が出ないくらいには痛い!!


「はっ!馬鹿が逃さねえよッ!!」


ふざけやがって、とムカついたのも束の間、振り返れば今度は馬草が部長に殴られぶっ飛ばされていた。


「――ぶはっ、あ......ッッ!?」


(は!?なに、どゆここ!?)


置かれていた椅子を巻き込みドカァ!!と派手な音を鳴らし床へと転がる馬草。


「ぐぉっ、あ!?な、い、いっでえ......」


それを目の当たりにした部員の殆どが唖然とし、固まっている。勿論、俺もあまりにも突然の事に混乱しどつかれた痛みが消え去った。


転がっている馬草。鼻が折れているのか血が大量に出ている。あと歯らしきものが落ちていて、生々しい。


「いっでええええ!!な、なにしやが、る」


ごろごろと床を転げまわり、「いでえええ!くそがああ」と、痛みにたえるのに必死な馬草。部長がその光景をみながらフンと鼻で笑い口を開く。


「お前は俺の愛する人に手を出した」


......は?


「な、な、は!?愛する、人だ?意味わかんねえぞ!!」


マジそれな!!なに言ってんだこいつ!!



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