第2話

「ふいー、少し落ち着くかの」


 俺がこの世界に上がってきたのは、世界が日に照ら始めた頃。

 その辺の木の丸太に腰を下ろして、わしはこれからの事について考えた。

 ひとまず、この体の主人格の親に会いに行きたい。


「だがなぁ…」


 あの魔法は誰かを狙ったやったわけではないので、わしはこいつの身分から周辺情報まで何もわからない。

 唯一分かるものとすれば、年齢は17歳前後で…俺の元の身長から比べて大体160センチメートル。

 男にしては少し小さい身長、それに加えて軟弱そうな腕。

 俺が無意識的に魔力を使っていなかったら、あの魔物の時点で体が吹っ飛んでいただろう。


「む、そういえばこの服…」


 わしが目を付けたのは、この男が来ていた服装。

 このような服は決まって制服なのだ、つまりこの男は学生であった。

 そしてさらに、驚くべきものが目に入る。


「これは!そうじゃ思い出した!」


 わしの右胸辺りについているこのエンブレム。

 これは見覚えがある、グラミー・ヴァンレットとして生きていた時にこのようなエンブレムの学園が建築中だったものじゃ!


「確か名前は…ふーむ」


 覚えとらんな。

 でも確か建設途中の学園を見た時、デカデカと正面にこのエンブレムがつけられていた。

 すなわち、見ればわかる。


「-風-」


 そうとなれば早速出発じゃ。

 自分のからだを浮かして森の中を上に抜けて一気に街に向かう。


「にしても、この魔法も当たり前のように使っているが…こやつ中々魔力量が多いようだ」


 魔物の戦闘、明かりの火、無数の風の刃。

 この三つを一日のうちに何度の使ったのに、わしの体に魔力疲れが全く現れない。

 わしの魔力量もちったぁこの体に増加されているのか、不完全ながらなかなか良い魔法だったな。



 ♦



 数分立った後、俺のからだは街の中に突入した。


「なんじゃこの街…わしの知っている建設物とは大分違うぞ?」


 上空から数ある建物に目線を散らし観察する。

 大きさが変わっているわけじゃない、しかし外見はどうだ。

 うむ分からん、何か別のものを使っているのは見ればわかるが、まぁ専門業ではなかったし気にしておくだけ損か。


「そして…ついに見つけたな」


 ひとまず、わしの胸にあるのと同じエンブレムの学園に到着したわしは、その付近に降り立つ。

 建設途中の物しか見たことなかったが、まさかこんなに大きい物になっているとはな。

 さながらこの成長をみた親のようじゃ。


「にしても、まだ早すぎたか…門の開いていないし」


 門に触れようとすれば、門より先に不可視の結界が俺の手を妨げた。

 やはりまだ登校時間ではなかったようじゃ。


「……なんで」


 すると、不意に横から声が聞こえる。

 視線を門から移せば、そこには一人の男が俺の見るなり肩に欠けていた荷物を落として顔をひん剥いていた。


「なんで…なんでお前がここにいるんだ!?」

「………」


 この言葉の感じじゃ、恐らくわしの…この体の主人格だった男を知っているようだ。

 となれば、この男は友達と言う立場の人間か。



 一歩踏み出し、目の前の男に笑顔を向ける。


「おぉ!朝から早いなぁ、にしても最近調子はどうじゃ?うまくやれているか?」

「……あ?」


 男の顔が一気に変なものを見るような物に変化する。

 反応からして友達ではないのか、ならば次はこの可能性じゃ。


「すみません!先輩でしたか!これは無礼を働いて!」

「……なんでだ」


 目の前の男は自分の拳と声を振るわせながら言う。

 上下関係しっかりしてる先輩だと思っていたが。

 つまりこの男はわしの体の友達でもなければ先輩でもない、後の可能性は…


「なんで嘆きの渓谷に落とされたお前が!!死んだはずのお前が!なんで俺の目の前にいるんだよ、クソカス魔法使いが!」


 突然男の怒声が耳を通過する。

 ……妙な懐かしさ、いや、これは…そうか。


「……わかったぞ」


 男の怒声に俺は僅かながら恐怖心を感じる。

 わしがこの男に恐る?そんな筈はない。

 この体の奥底に眠る主人格の記憶が、そうさせている。

 先程の「嘆きの谷に落とす」、「クソカス魔法使い」以上の二点から挙げられるこやつとの関係は一つじゃ。


 目の前の男が手を伸ばす。


「また虐められに来たのならしっかり受けろよクソカス魔術師!」


 魔法陣が作られた瞬間、-風-で自分の体を低空に浮かし目の前の男に突進する。

 瞬き一つする時間も与えない。

 そして、後ろに引いていた右足を一気に弱点に振り上げた。


「コヒュ……!」




 そう、股間じゃ。


 男の手に現れた魔法陣は消え、その場に股間を押さえて蹲った。

 男の呼吸は普段ならば絶対にしないであろう音を何度も出を出しながら額に冷や汗をかく。


「て、テメ…クソカス魔法使いの癖に…何…だ、今のは」

「元来、男の生物的急所は股間だと決まっておる、500年前から変わらないの」

「……初級魔術の…クソカスが」


 そこで、男の声は止まった。

 どうやら完全に意識を失ったようじゃ。

 実に愉悦、ひれ伏すものはいつ見ても愉快じゃの。


「お、通れるようになっとる」



 この勝負の決着を決める鐘のように、目の前の結界が静かに消えていった。

 手を通せば結界なんてものは無く、そのまま門を開けて学園に入った。


「こんな結界じゃ、絶対にいつか突破されてしまうぞ」


 まぁ、わしが気にすることでもないか。

 と言うより、そんなことを考えるよりも今はあの男で思考が持ちきりじゃ。


 空を飛んでこの学園に来るまで、わしは疑問だった。

 -何故この男はここまで来たのか-しかし理由は簡単じゃった。

 この男は不幸にもあいつに虐められて、あの男が言う嘆きの渓谷に落とされたのだ。


 恐らくあの渓谷、空を飛べる魔術師がいるのなら落とされた時点で脱出容易だが、この体の主人格を「クソカス魔術師」と言っていた事。

 初級魔術しか扱えない、魔法で空を飛ぶのも出来ないの男じゃったのか。


「主よ、運が良いの」


 自分の胸に手を当ててそう言う。

 確かに、お主は初級魔術しか扱えない最弱の糞魔術師やもしれん。

 だが、今は違う。

 このわしがお前の体に入っている以上、お前はもう最弱ではなくなった。


 どんな魔力量を持っていても初級魔術しか扱えないのなら話にならない?

 凡人の答えじゃ、それは世界が勝手に決めたルール、わざわざ従ってやる道理はない。


 初級魔術だろうがなんだろうが、わしには関係ない。

 そうやってわしは世界最強の魔法使い-大賢者-の称号を手に入れたのだ。


 全ての魔法を-初級魔術-、-中級魔術-、-上級魔術-などの箱のなかでは区別しない。

 どんな最弱の体だろうと、全ての魔法を扱える。


 それがわし、世界の法則に逆らった危険人物として処刑された者の力じゃ。


「主の人格が俺に勝つことはないが、その記憶の底で安心してて欲しいの」


 転生してまだ1日も経ってないこの世界、何でもかんでもわしの生きていた世界とは変わりすぎている。

 ひとまず、この学園の書庫で情報収集といくかの。

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