月乃さん視点・若竹くん視点・玲子ちゃん視点
● 月乃さん視点
私の夫は類稀なる美形だ。
結婚指輪もしていて、子どもまでいるのに、仕事関係で言い寄られたりするらしい。
でも夫の征士くんは、私一筋。
「月乃さん、月乃さん」
いつも懐いてくる。年下夫は、かっこ可愛い。
「ねえ、結婚しているんだから『さん』付けじゃなくても良いのよ」
「ええっ?! まさか、そんなこと出来ないです!」
「敬語もいらないわ。あ・な・た」
ふざけて言ってみると、征士くんは視線を彷徨わせた。
「えっと、つき、の……」
征士くんは真っ赤になって、俯いてしまった。
「もっと呼んで? あなた」
調子に乗って言葉を重ねた。
すると、突然抱きしめられた。
「月乃、月乃……好きだ」
「…………」
私まで赤くなってしまった。
「好きしか言えない。愛しているしか言えない。月乃」
頭を摺り寄せてくる。さらさらの黒髪。
「僕のことは愛している……? 月乃」
吐息が色っぽい。もう駄目だ。この美形と美声に殺される。
「愛しているわよ! もう、元の口調に戻って!」
「そうですか……。でも、愛しています。月乃さん」
危うく愛し殺されるところだった。
もう二度と、普通の口調と呼び捨てはしないでもらおう。
♦ ♦ ♦
● 若竹くん視点
俺に好きな子が出来た。可愛くてしっかりした子だ。
大学四年の卒業前、思い切って告白してみた。
「好きだ! 付き合ってくれ!」
「若竹くん……」
彼女は可愛らしい顔を戸惑わせた。
「何ていうか……若竹くんは、お友達? みたいな?」
俺はショックを受けた。しかし、立ち直るのも早いのが俺の取り柄だ。
「友達からでも結婚する奴を知っている!」
「ああ、噂の虹川さん……。高等部生と結婚するっていう」
「そうだ、虹川だ。あいつだって友達からだったんだ」
彼女は考え込んだ。その末に言った。
「噂の虹川さんは、テニス勝負で相手を好きになったっていう話よね」
「そうだな。俺が審判をやった」
「じゃあ若竹くんも、テニスで格好良いところを見せて?」
その台詞に、俄然張り切った。
しかし、今のテニスサークルに、俺と良い勝負が出来る奴はいない。
……ただ、一名を除いては。
というか、そいつだと勝負にならない。俺は一計を案じた。
「はあ? 利き手じゃない方で勝負ですか?」
「そうだ、瀬戸。俺の命運がかかっている」
「……何ていうか、さもしいですね。まあ、いいでしょう」
俺は瀬戸とのテニス勝負を、彼女に観てもらった。
瀬戸は利き手でなくても、強い。
それでも根性で粘って6-4で勝てた。
……多分、瀬戸が手加減してくれたことは、わかっている。
「すごかったね、若竹くん。見直しちゃった!」
素直な賛辞に、俺は照れた。
瀬戸のおかげだ。
「格好良かったよ。……付き合っても、良いかも」
心の底から、瀬戸に感謝した。
♦ ♦ ♦
● 玲子ちゃん視点
「ちーちゃん、可愛かったな」
「そうですね」
月乃ちゃんの家へ子どものちーちゃんを見に行った帰り。
石田さんが感慨に耽ったように言った。
もう何回か、ちーちゃんは見に行っている。
見に行く度、成長する度、可愛らしくなっている。
「あんな可愛い子ども、いいですね……」
「…………」
石田さんは押し黙った。しばらく無言のまま歩く。
「なあ、玲子」
「はい。なんですか?」
「俺達も、そろそろ結婚しようか」
私は驚きのあまり、立ち止まった。
夕風が、髪の毛を遊ばせた。石田さんはそんな髪ごと、頭を撫でた。
「俺と、結婚してくれ。玲子」
真剣な眼差し。私は無意識に頷いた。
「……はい」
路上で抱きしめられた。逢魔が時。人影はない。
私達はゆっくり口付けした。
「……という訳だから、結婚式に来てね」
「玲子ちゃんは神前式ねえ。お似合いだと思うわ」
でも、と月乃ちゃんは言葉を続けた。
「私は親友でも既婚者だから、振袖は着られないわ。訪問着で良い?」
「勿論、構わないよ。石田さんは和装、絶対似合うと思うの」
「そうね、凛々しいものね。玲子ちゃんの白無垢も楽しみだわ」
三々九度を間違えそうになったけれど、夢のような結婚式だった。
私は念願の「石田玲子」になった。
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