落ちぶれたオッサン冒険者、ドラゴンの女の子を拾ってまたもや伝説を築く。

軽井 空気

プロローグ 勇者を知っていますか?

「皆さんは勇者を知っていますか?」

 そう訊ねたのは白い法衣に身を包んだ美しい女性であった。

 その美しさは町中を歩けばすれ違った者が老若男女を問わずに振り返って2度見してしまうたぐいのものである。

 白い肌と長く真っすぐな金髪は神々しさがあった。

 女性としては背の高い方であるが手足はスラリと長くスリムである。だが華奢とは言えないのが出るところの肉付きが良く自己主張しているからだろう。

 豊満な肉体を清廉な衣装に隠しているのに隠し切れない色香が彼女を背徳的な存在にしてしまっている。

 しかし彼女の心はとても敬虔であり―――そして強かった。

 彼女の振る舞いは邪な心を持つ者を改心させて来た。

 中には危害を加えようとする者もいたが、彼女は真っすぐに神の教えを説いた。「神が人に与えた最善の武器は己の拳である」という教えを真っすぐに。

 もちろん1度で分からない相手には何度も、何度も分かるまでなg——もとい、教えた。

 その活動は彼女の所属するT字教団において聖女と呼ばれるほどであった。反対する老人たちは居なくなっ―――もとい、異議はなかった。

 その立場に見合うものとして彼女は自ら布教活動をした【コノリド共和国】に大聖堂が築かれてそこの代表となっている。

 【コノリド共和国】の有力者たちは皆が頬を赤くはらして泣きながら私財をなげうって寄進した。

 その彼女はその口元にやさしい笑みを浮かべながら謡うように美しい言葉を紡いだ。

「皆さんは勇者を知っていますか?」


 彼女はその言葉をたくさんの人たちに投げかけてきた。

 しかし今投げかけている相手は信者ではない。敵対者でもない。どちらにもなりうる、どちらでもない子供たちである。

 彼女は大聖堂で身寄りのない子供たちを引き取って育てている。それを人々は「聖女様は聖母様でもあられられる」と褒め称えたものだ。

 ここに居る子供たちは皆彼女に感謝しているから彼女の授業には真剣だった。

「はいはい。勇者様は人類の守護者です」

 子供たちは良いところを見せようと我先にと手をあげる。

「神様に選ばれた人です」

「違うよ。勇者様は王様に認められた騎士様だよ」

「王子様が勇者になるんじゃないのか」

 子供たちはそれぞれが自分の知っている勇者像を語っていく。

 その姿を彼女は楽しそうに眺めている。

 しかしその眼はまぶたが開いているが瞳には光が宿っていなかった。

 彼女は光を失って久しい。

 しかし彼女は進むべき道を見失うことはない。

 彼女の目の前には今も昔も先に進む”友”だった男の背中が見えているのだから。

 ほら、今も彼が振り向いて彼女を笑っている。


「いやいや説明の端々が不穏なんですけど(笑)」


 イラッとした。


「そもそもお前がやったことを見るに聖女というより”征”女じゃないのか」


 こめかみがひくひくしてきた。


「もしくは聖母じゃなくて”性”母の方がお似合いだよな」


 それでもヘラヘラ笑う空想の男は彼女を煽り続ける。


「行き遅れこじらせて子供に手を出すなよ」


 ブチッ!

「テメェこそ童貞のくせにほざくんじゃねぇ!」

 自分のイマジナリーに対して勝手にキレた彼女は拳を握りながら叫び声をあげた。

 それを子供たちは「ぽかーーん」と眺めていた。

「はっ―――」

 すぐに我に返ったが。

「なあなあ、聖女様どうしちゃったんだ」

「しっ――、君は来たばかりだから知らないんだろうけど」

「聖女様は勇者様のお話になるとおかしくなることがあるの」

「大人になるなら見て見ぬ振りしなきゃならないんだぞ」

「ふ~~~ん」

 子供たちにも変な気遣いされるほど周知されていた。

「けど、ボクは子供だから気にしないよ」

 この大聖堂に来たばかりの男の子が彼女に質問しようとする。

「ぁっバカ、大人になれなくなるぞ」

「———何でですかぁ?」

 後輩を止めようと口を滑らせた男の子にやさしい笑顔が向けられる。

「ねぇ、ナンデェデェスゥカァ~~?」

「~~~~~~っ!」

 聖女様に笑顔を向けられている男の子は脂汗を流しながら目を逸らしている。

 それでも震える声で言い訳をした。

「……夜更かししたときにシスターが「聖女様を怒らせると頭から食べられちゃって大人になれなくなっちゃうぞ」って怒られたんです」

「へぇ、そうなんですかぁ~」

 聖女が男の子の頭に手をやると男の子はビクリッ!と震えた。

 その時の聖女の頭の中では幻の友人から「そういうとこだぞ」と頭にチョップを食らわせられていた。

「あっ、あの。夜更かししたボクが悪いんです。だからシスターを食べないで」

「———、大丈夫です。夜更かしするのはよくないですけど、それで君を取って食べたりしません。もちろんシスターも」

 正直変な噂を真に受けて怖がられたのはショックだったが。

 「自業自得だろ」と幻の友人にまたもやからかわれて「テメェは黙っていろ!」と叫んでしまって、子供たちにあきれられて白い目を向けられたが。

「ごほん。それで君は質問があるのかな?」

 目の見えない彼女は文字通り見えない振りをして、きたばかりの子供に向き合う。

「はい。聖女様は勇者様を知っているのですか」

「はい、もちろん知っていますよ」

「伝説の勇者様じゃなくって、10年前に実在した本物の勇者様とお知り合いなのですか!」

「———————」

 子供の口から出た言葉に他のお子供たちだけではなく、近くで作業していた大人たちも動きを止めてしまった。

「—————はい。知っていますよ」

 聖女の口から出た言葉は皆を驚愕させた。

 大人だけでなく子供たちも聖女と本物の勇者に関係があることを察していたのだが、これまでその事実を確認されたことはなかった。

「10年前、この【アジール大陸】から襲ってきた魔王が討伐されました。しかし魔王を討伐した勇者はその後———掃いて捨てるほど現れたのです」

 小さなものは町のゴロツキから、詐欺師や売名行為など可愛い物、国がその権威の為にあっちこっちで偽物を擁立したのだ。

「そのせいで本物の勇者は世に知られることがなかった。後から名乗り上げても偽物呼ばわりされてしまうから」

 ゆえに10年前の勇者は偽物とされている。

 今それを名乗り出せば怖い鬼がやって来るので話題すら避けられてしまうのだ。

「聖女様が行った粛清は―――」

「人聞きが悪いですよ。粛清では無くて布教活動です。フ・キョ・ウ」

「……ハイ」

 相変わらず頭の中では「そうゆうところだぞ」とチョップを食らっていたが、「誰の為だと思っているのですか!」と今度は頭の中だけで返しておいた。

「ですが、君は偽物じゃなくって本物の勇者が知りたいの?」

「はい。ボクの住んでた村は魔物に襲われて、父さんも母さんも殺されちゃったけど、ボクとお爺ちゃんは勇者様に助けられたんだ」

「あらあら、そうだったの」

「お爺ちゃんが亡くなって聖女様に引き取られた時、1目で気が付いた。あの時に勇者様の仲間の1人だった人だって」

「あらあら」

 今度の「あらあら」はさっきと違って若干嬉しそうだった。


「10年前より綺麗になっているけど、勇者様を笑顔で殴っている時と同じ笑顔だって!」


「どうゆう状況を見られていたの!」

 「だから、そういうとこだぞ」と頭に響いていたが無視。

「ボクがお礼を言おうと「勇者のお兄さん」と言ったら、「お兄さんじゃない、オジサンだ!」って言われて、聖女様に後ろから頭を殴られていた」

「ははは、それはボケに対するツッコミという奴で、つまりスキンシップですよ」

 とりあえず笑ってごまかした。実際にそんなことはないのだがそういうことにした。

 子供の夢は壊してはいけないのだ。

「ボクは将来勇者様みたいになりたいのです。だから勇者様のことを教えてください」

 目をキラキラさせて聞いてくる少年に。

「なるほど。ならばいいかい―――


―――アイツだけはやめておけ。バカで下品でお調子者でフケツ、デリカシーの欠片もない甲斐性無しのロクデナシ。君はあんな大人にだけはなってはいけない!」


 少年の目から色彩が消えた。

 子供の夢が間違っているならぶっ壊してあげなければならないのだ。

『そうだ。私達みたいに大切なモノを失ってから夢から覚めても遅いのだ』

 そう心の中でつぶやいた聖女だが、彼女の心は10年経っても1人の男の背中を追っているのだ。

『お前は今何処で何をしているのだ。昔みたいに女の尻を追いかけているのか?それとも――――夢を追いかけているのか』

 聖女は暗い世界での進む光の道を見つめていた。

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