怪我で選手生命を終えた俺が、女子バスケ部のコーチとしてマネジメントしてみたら
さばりん
第1話 幼馴染
ピピピピッ、ピピピピッ。
俺、
手を伸ばして、目覚まし時計を止める。
時計を見れば、時刻は朝七時。
カーテンの隙間からは、太陽の日差しが差し込んできていて、部屋内をほのかに照らしていた。
意識がはっきりとしてきたところで、お腹の辺りに鉛のような重みを感じる。
「うぅ、重い……」
「もーっ、せっかく起こしに来てあげたのに第一声が重いとかデリカシ―なさ過ぎ!」
目を開けると、俺の身体の上に馬乗りになる形で幼馴染の
俺の身体の上に乗っかりながら、唇を尖らせ不満顔を浮かべている。
どうして朝から幼馴染が俺の部屋にいるのか?
答えは簡単で、家が隣同士だから。
梨世は家の合鍵を持っていて、いつでも家に入ることが出来るのだ。
てか、そろそろマジで限界が近い……。
「頼むから降りてくれ……」
「もーっ、しょうがないな」
やや納得がいっていないものの、梨世はベッドから降りてくれた。
ぴょんと飛び降りた際、ふわりと制服のスカートが靡いたけれど、見なかったことにしておこう。
「朝ごはんの準備出来てるから、着替えてリビングに降りてきて」
「お前は俺のおかんか」
「
敏子というのは、俺の母ちゃんの名前である。
母ちゃんは仕事柄家を空けがちなので、梨世に俺の世話を任せているのだ。
「んっ、分かったよ」
俺はゆっくりと身体を起こし上げてぐっと伸びをする。
「5分以内に支度しな」
「俺はパ○ーじゃねぇ」
「じゃないと、お母さんに大樹に朝から襲われたって言いふらしてやるー!!」
「あっ、おい待て――い”っ⁉」
梨世を追いかけようとベッドから足を下ろした途端、膝に激痛が走った。
俺は咄嗟に包まり、膝を両手で抱え込む。
すぐに痛みは引いて来て、俺はふぅっと息を吐く。
「まだ慣れねぇな……」
俺の左膝には、痛々しい手術後の傷跡が残っている。
痛みで完全に目が覚め、同じ手を踏まぬよう、枕元に置いてあった金具を左足に装着して膝を固定した。
ゆっくりと立ち上がって辺りを見渡すと、壁には『インターハイ出場』と書かれた書初めが壁に貼り付けてあり、その下にはバスケットボールとバスケットシューズが無造作に置かれている。
俺はそれらを見て見ぬふりをして、覚束ない足取りで部屋を出ていった。
◇◇◇
七月中旬、セミが鳴き始め、朝から三十度を超える夏の日差しが猛威を振るう中、俺
「はぁ……やっと着いた」
学校の正門へ到着した時には、制服のシャツは汗でびしょびしょになっていて、教室に着いたらシャツを着替える必要がありそうだ。
そんな俺を横目に、幼馴染の
「ケガ人なんだから、無理して歩かなくても、タクシー使っちゃえばいいのに」
「これもリハビリの
「……ちぇ、バレたか」
「お前な、もう少し本音を隠せよ」
「だって、こんな暑いのに歩かなきゃいけない意味が分からないんだもん!!」
ツーンと唇を尖らせ、不満を露わにする梨世。
俺と梨世は、幼少期からの幼馴染で、かれこれ10年以上の付き合いになる。
互いの性格も大体理解しているし、適切な距離感というのをわきまえており、バカなことが言い合えるほどには仲がいいと思う。
「あっ、そうだ大樹。もうすぐ夏休みだけど、今年は海と山どっちに行きたい?」
「……この状態で行けるとでも?」
俺の左足には今、膝が変な方向へ曲がらぬよう固定する装具が付けられている。
端から見たら、ロボットに操られているのではないかというほどに重厚な黒塗りの装具だ。
この装具があれば自力で歩行が出来るため、松葉杖を使わずとも生活することが出来る。
だが、海や山へ行くとなれば話が違う。
今もなお、膝を曲げ伸ばしするだけで痛みが伴うし、今日だっていつもより早めに家を出て、おぼつかない足取りでゆっくりと登校してきたのだから。
「いーじゃん。気分転換に行こうよ! 山奥のお風呂でまったりするもよし! 海で太陽の日差しを浴びるもよし!」
「どっちも熱いからパスで」
「えー⁉ いーじゃん行こうよー!」
「嫌だ」
「あっ、もしかして大樹、私と混浴か水着をご所望で? もーっ、エッチなんだからぁーっ!!」
梨世は恥ずかしがるようにして俺の背中をバシンと叩く。
「何にも言ってねぇだろうが……。てか、お前のちっこい胸なんぞに興味はねぇ」
「何おぉぉぉ⁉ これでもCはあるんだからね⁉」
「公共の場で堂々と自分のカップ数を公表すな! てか、お前だって夏休みは部活があるだろうがい!」
梨世はバスケ部に所属しているので、夏休みも部活漬けの日々が続くのだろう。
「……だって、次の試合も結局、どうぜ私たちは一回戦負けだし」
梨世はどこか皮肉めいた笑みを浮かべて悲壮感を漂わせている。
「最初から諦めるなって」
そう励ますものの、梨世は不貞腐れた様子で唇を尖らせてしまう。
梨世が所属するバスケ部には、少々複雑な事情があるのだ。
俺達の通う
よって、梨世が所属するバスケ部も、部員が二人しかないのだ。
公式戦に出場する時は、部員が五人に達していない他校と合同チームを組むことで出場しているものの、合同練習なしにぶっつけ本番で試合に挑むため、息をするように一回戦敗退を喫してしまうのである。
一方で、男子バスケ部はというと、正門前から見える校舎の壁に――
『祝川見高校バスケットボール部インターハイ出場!』
とデカデカと垂れ幕が掲げられていた。
雲泥の差とはまさにこのことを言うのだろう。
そんな垂れ幕をぼんやり眺めていると、隣を歩く生徒たちの声が自然と耳に届いてきた。
「すげぇよなバスケ部、まさか全国大会行くなんてさ」
「しかもラスト1分からの大逆転勝利だったらしいじゃん」
「そうそう、当日試合見に行ったんだけど、最後に
全国行きの切符を決めた試合の話で盛り上がる男子生徒達を尻目に、俺は垂れ幕から目を背け、ゆっくりと昇降口へ歩いていく。
「次!!」
「もう一本」
「切り替えろ、戻れ」
途中、体育館の方から、朝練に勤しむ男子バスケ部の声が聞こえてくる。
練習中の部員達の声と共に、キュッ、キュっとバッジュの音が響いていた。
俺もはぁ、はぁっと息を切らしながら、昇降口へと向かっていく。
同じように息を切らして、一所懸命練習に取り組んでいるであろうバスケ部員達。
どうしても、俺の中に暗い感情が芽生えてしまう。
無理もない。
何故なら俺も、つい先日までその輪の中にいたのだから……。
遡る事数週間前、俺は確かに、全国大会出場が掛かった試合のコート上に立っていた。
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