第2話 お昼の小鳥

「晃、お昼食べましょ」


誰も望まないてんやわんやの大騒ぎ、という毎朝のルーティンを無事終えて、今日も今日とて学生としての本分を清く正しく全うしたお昼時。

ずかずかと俺の元へとやってきた燕が、家主の許可も得ずに勝手に机の上で遠慮なくお弁当を広げ始める。


「あんさん返事も聞かずに…」

「…何?嫌なの?食べない理由無いでしょ?」


何やねんその自信。

こちとら、そうきっぱり言われてしまうとつい反抗したくなるお年頃。今日はフレンズ皆学食だし、別に食べてやらんでもないけどさぁ。

そして、前の空いた席に座って俺の顔を見るなりいつもの様に眉間がぎゅっ。


「ああほら…涎ついてる…」

「いやいやお弁当が美味しそうでつい……」

「爆睡してたからでしょうが」


そんなことねーし。先生の魅惑のハスキーだかソプラノだかのボイスについつい聞き惚れて彼が誘う魅惑の新世界に引き込まれてただけだし。つまり先生が悪い。おいおいそれでも教師かよ全く情けねーな。


「…まだ寝ぼけてるでしょ」

「…ぃてっ」


あらら。俺の能力で頭上に具現化した先生があっさりと燕のチョップによって一刀両断されてしまった。半透明な先生が消えた先には呆れた視線。


「…何故そう思う」

「顔が馬鹿なことかんがえてるのよ」

「失礼な。こんなにかっこいいのに」

「そういうことを言ってるんじゃないの」


何だよまた差別かよぉ。参っちゃうねイケメンだと。


「今日のはね、中々上手く出来たと思うの」


そうこれまたドヤ顔で言いながらふんすふんすと燕が開けた弁当の中身は、成程、確かに見てくれは悪くない。何でこの料理力を朝発揮してくれなかったのかと思わなくも無いが、俺も朝飯おにぎりで済まそうとしたぐーたらなので思うだけに留めまする。…ま、結局あげちゃったけどね。


「………」

「……ん?」


そんな事を思っていたら、燕が弁当を開けたその姿勢のまま何やら固まっていた。不思議に思って声をかけても


「……どうした?」

「………ん?…いや…」


「…ううん。何でもない。何か違和感があった気がしただけ」

「……?」


今一度、燕の弁当を見る。特に変わったところも無い、至って普通のお弁当である。

引っ掛かりつつも、燕が再稼働したので、取り敢えず俺も気にしないことにした。


「…また殻入ってるんじゃないんですかぁ?」

「揚げ足取らない」

「へーい」

「…いただきます」


そして卵焼きを口にいれ、ご機嫌に堪能し始める小鳥。その極々稀に目撃出来る綻んだ笑みに、ついつい見惚れてしまう男子もいるとかいないとか。俺?別に。既に四千年前に通過した道よ。


「食べないの?」

「ん?…あー…」


自慢の逸品を一向に取り出そうとしない俺に、ちょっぴりご不満そうな燕。

…さて。ここで一つ、大きな問題があると言えばあるわけで。

本日の私のお昼ご飯はありがたくも、今、目の前にいらっしゃる燕嬢から頂いたお弁当様であり。

それ即ち、彼女のお弁当と私のお弁当は何から何までお揃いの可能性がひっじょーに高い訳で。

ぶっちゃけ今更と思わなくもないけれど、もしそれを周りに見られて囃し立てられようものなら、終いには私は恥ずかしさで心が壊れてしまうかもしれない訳で。


「…まだ眠くて」

「…ふーん」


なので、適当に理由をでっち上げてこの場を逃れることにしましょうそうしましょう。いつ食べるかとかは言ってないから。何なら授業中にチキチキちっちきチキンレースしてもいいから。


「ふあぁ…」


そんなことを考えていたからか、演技、いや素で大口開けてついつい欠伸が漏れてしま「いよっ」

「おぐっ!?」


瞬間、口の中に勢いよく箸をぶち込まれた。

直後、口の中に広がる卵の味気ない風味。これはまさに卵の宝石箱や。いや違ぇな。

そして、一歩間違えたら悲惨な事件を引き起こそうとした当人様といえば、ウキウキのドヤ顔でそわそわとこちらの顔色を窺っている。


「………」

「どう?」

「…味薄い…」

「…そ?私は好きだけど…」


お前はグルメだからそうでしょうよ。俺が作り出した数々の甘味によって舌がお洒落に肥えに肥えてしまっているからな。

だがしかし、悪いけど俺はどちらかと言うと甘い方が好きなのだ。


突っ込まれたおかずを不服と共に飲み込んで、見れば目の前のウキウキだったドヤ顔は今や見る影もなく途端にしゅんと萎びており。


………。



「…まあ悪くはないかな」

「でしょ!」


別に不味いとは言ってないし。

いいんじゃない?着実に腕前は上がっているみたいだし。その調子で鍛錬を積むとよろしい。でも出来たら俺はもうちょっと甘い方がいいかな。雲雀はああ見えて背伸びしたいお年頃だから好きなんでしょうけど俺はね。大人だから好きに生きるよ。

でもこれをこれからもずっと食べ続けると考えるとちょっとキツイかなと思わなくもなかったり。


…なかったり?


………。


「なぁ、つばりん」

「誰がつばりんよ。どうしたの?」

「いや…」

「それよりほら、こっちは?これは?どれ食べる?お口開けてっ」


悪くない評価が頂けたのがそんなに嬉しかったのか、打って変わって瞳を輝かせる燕は、再び俺に箸を差し出して、ご機嫌におかずを食べさせようと試みてくる。


周りの視線など一切気にせずに。


「はい。あーん」

「燕さん」

「何?」

「横見てみ」

「ん?」


首を傾げた燕が徐ろに横を見る。


ばっ!!!


こちらを興味津々、いや面白津々に見ていた周りの首が、一斉に反対方向を向いた。

恐ろしく早い首振り。俺でなきゃ見逃しちゃうね。


「…?…何かあった?」


つまりこの子は見逃しちゃうんですねーこれが。

?マークを頭に浮かべながらさっさと顔を戻すと、俺にぶち込む次の弾丸を厳選し始めてしまう鈍感小鳥さん。

俺は深い深い溜息をつくと、鞄の中からお弁当を取り出し、机に置く。


「あら?やっぱり食べるの?」

「このままだとお前の分無くなりそうなんで」

「もう。別にそこまでしないったら」


どうだか。褒めちぎる限り無限に装填してきそうで怖いんだよね。

誰かがどこかでそんなの絶対おかしいよってびしっと言ってやらないとさ。

皆、甘やかしすぎじゃないの?俺みたいにもっと厳しくしていいと思う。


さてさて、今回はどれ程の腕前なのか。何だかんだ言っても、日々上達するその成果を身を持って体験出来るというのは中々に楽しいものだ。

空腹のせいか、妙に沸き立つ心を気取られぬ様に蓋を開ける。




「あ?」

「え?」


ご飯の上にハートマークの桜でんぶがででんと鎮座していた。


「……………」

「…、…っ………それか違和感………!!」

「…ぉ前……」

「ち、」


それは淡い恋の模様。されど、もしかしてだけど?何て甘い気持ちにはならない。…だってこれおじさんに作ったお弁当なんですよね?それにしたって今時こんなベタなことある?


…え?俺、十数年一緒に育ってきて、ここに来て急に柳葉家の深淵を覗きこんじゃった?

やっべえ。俺の思い出の中で柳葉親子が笑い合っていた姿が途端に如何わしく思えてきちゃった。


「まぁ……うん……」

「ちが」

「趣味嗜好は人それぞれだよね。うん」

「違う!」


生暖かい心中を表すかの様に、何故か頭を抱えている恋する乙女に優しい笑みを向けてやれば、顔を真っ赤にした燕が勢いよく机を叩いて立ち上がる。勢いつきすぎて机が大きく揺れて、ハートが見事に半分に割れた。

そして傷付いたガラスのハートを素早く奪い去った。…あの、僕のご飯…。


「これはっあれよっ…そのっ…最近、私用に練習で作ってみただけでっ…慌ててたからつい無意識にそれにしちゃって……」

「そうだね」

「だから違うのっもうっ分かって言ってるでしょ!?」

「うんうん。分かってる」

「そうじゃなくてっ」


何をそんなに慌てているというのか。俺は別に他人の性癖にあれこれ言うつもりも無いというのに。それに仮に君の言うことが本当だとして、そしたら燕ちゃんは自分に♡マークをつける中々にお痛わしくてナルいことになってしまうのですがそれは宜しいので?そも、練習って何やねん。


「落ち着きなさいよ」

「落ち着けないわよ勘違いされてるのに!?」

「何を」

「だから!その、別にお父さんのことも晃のことも好きじゃないから!」

「………そうか」

「はっ!?」


ちょっと、いや、大分傷ついた。今夜、俺とおじさんは涙と共に一緒に一晩飲み明かすことでしょう。何でこうなってしまったのだろうかと、何もかも手遅れな後悔に花を咲かせながら。お客さん今夜は貸切です。


『可哀想に……』

『ちょっと見て奥さん修羅場よ』

『なら俺にもワンチャン……??』


横から聞こえてくる出歯亀共の囀り。

お前らいつも見てるだろうがよ半分以上面白で埋まってる癖に深刻そうな顔しやがって。

ちょっと視線を向けてみれば先程よりも早い動きで全員がそっぽを向く。…こいつら…戦いの中で成長してやがる…っ。


「ちゃんと聞くっ!」


直後、燕が俺の顔面を摑み、無理矢理自分の方を向けさせる。

真っ赤になりながら若干の涙目でこちらを見つめるその顔は何とも可わいや何でもない。


「……ごめんな」

「ちがっ…好きだけどぉっ…あ、いやっ…、…好きじゃないってのはそういうことじゃなくてっ!好きだけどぉ!好きじゃなかったぁ!!」

「嫌いじゃねぇか」

「だから、そのっ…〜〜…ええい好きですっ!」

「ごめんな」

「申し訳無さそうに断らないでよ!?」


結局、鐘が鳴るまで、燕の最早誰に向けているのかもよく分からない怒りは収まらず、俺はまたしても飯を食いっぱぐれるのだった。

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