労働禁止法

@rona_615

第1話

 寝るに飽きたY氏はベッドから出る。冷蔵庫の扉に手をかけたところでスピーカーから音声が流れた。

「調理・配膳は先週より軽度な労働として禁止されています。違反した場合、五日以下の禁固が科せられます」

 Y氏はため息をつくと「トーストと目玉焼き、あとコーヒー」と指示する。

 用意された食事をもそもそと口に詰め込んだ。皿は空になったものから順にマジックアームで食洗機へと運ばれる。

 コーヒーを飲み干し、天井に向かって口を開けると、すかさず歯ブラシが降りてくる。口を濯ぎ、口内炎の薬を塗布してもらってから、やっと席を立った。

 PCに向かい、いつものように小説投稿サイトを開く。が、そこには『小説の執筆は高度の労働に指定されました』という赤い文字だけが表示された。AI作成の物語を読む気にもなれず、ディスプレイの電源を落とす。

 寝室の本棚を眺めていると、また、スピーカーがONになるブッという音がした。

「実用書およびノンフィクションの閲覧は中等度な労働に当たります。該当図書を処分しますか?」

 Y氏は黙って首を横に振ったが、AIは言葉を止めない。

「なお、ノンフィクションであっても、ヒトによって書かれたものを読む場合は、労働外申請書の提出が必要となることが、先月の会議で決定しています。この条例は本日午後一時より施行されます。申請書の用意をいたしますか?」

 Y氏はもう一度、首を横に振ると、ベッドに腰を下ろした。

 労働は全てAIに取って代わられ、趣味の範疇でもあった手芸やスポーツどころか、生殖に関わる活動ですら次々と禁止されていく。近い将来、人類に許されてる行動は、寝て、起きて、食べることくらいになるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る