第4話 探偵現る

 私は室内を見渡した。


 先ほど調べたので確かだが、窓の鍵は全て施錠されていた。そして入口のドアの鍵も閉まっており、合鍵が見当たらなくなっている。犯人がまだ持っているのだろうか。そんなリスクを犯す犯罪者がいるとは思えない。


 さらに私は部屋の中を歩きながら、細部を見落とさないように確認する。几帳面な夏目氏の部屋だけに、本棚の本も綺麗に並べられていた。


「うん?」

「どうしたんだい?」


「このナイフ、壁に飾られていたナイフの1本のようですね」

「あぁ〜見ればわかるな」


 風吹は相変わらず入り口で私のことを監視しながらぶっきらぼうにそう答えた。


 夏目氏はナイフのコレクターだったのか、次回の作品に使いたかったのか、壁一面に磁石でナイフを固定する飾り棚を作っていた。小さい順に並べられた一角に空欄がある。きっとここのナイフが凶器だろう。

 実際に抜いて大きさを比べれば一目瞭然だが、警察が来るまでは確認できない。


 そして私は気づいた。違和感はここにある。


 どのナイフも綺麗に同じ向きを向いているはずなのに、どこか微妙にずれているのだ。夏目氏の几帳面は潔癖というに近かったはずだ。だとすると、この微妙な歪みも気になったに違いない。本来は全てが並行に飾られていたはず。


 私は心のメモに違和感を記入する。



 ゆっくりと室内を巡った後、私は倒れている夏目氏の側である物に気づいた。


「これは?」

「なんだ?」


 机の右側のライトの下に、この部屋の鍵と思われる物が机と並行に置かれていた。確か夏目氏は自分の鍵は全てキーホルダーにまとめていたはずだ。ということはこれは合鍵なのか?


 そうすると、この部屋は完全に密室だったといえる。


「面白い」


 私の言葉に風吹が嫌な顔をしたが、私は気にせず夏目氏の体を観察する。ハンカチを肩に当て起こそうとするも死後硬直が全身にまで達しているようで、私の力ではどうにもならなかった。


「ほほぉ〜。死後硬直ですか」

「えぇ、そのようですね。死後12時間といったところでしょうか」

「詳しいね」

「まぁ…、推理小説をよく読みますのでね。知識だけは貯まるんです」


 風吹はやっと私という人間に興味を持ったのか、質問を投げかけてきた。


「それで、何かわかることは?」

「まだ何とも。下で皆さんからの昨夜の行動などを伺ってみないとわかりませんが。今言えることは…」


 私は風吹の方に向き直りわかったことを整理する。


「1つ、この部屋は密室だった。2つ、死後硬直の具合から死後12時間は経っている。ということは」

「今が10時近いから、殺害時刻は昨夜の10時〜12時ということだね」


 私は風吹の答えに満足して頷いた。


「3つ、これは死亡解剖を待ってみないと正確なところはわかりませんが、頭部の一撃で倒れたところを、壁のナイフで背中をひとつき! と言ったところでしょうか」

「ま、見たままだな」


「えぇ、でも気になるのは壁の飾られたナイフの歪みなんです」

「歪んでるか?」


 風吹には気にならない程度の歪み。


「こういう仮説も立てられます。この部屋で何かが起こり、犯人と揉み合いになる。カッとなった犯人は夏目氏の頭を殴り負傷させた」

「先生の右側頭部の傷のことを言ってるんだね」

「はい。正面から殴られれば、左利きの人間が犯人。後ろからであれば右利き」


 私は先生の頭部の傷をもう一度詳しく見てみる。


「殴った上にナイフで刺すのか?」

「よっぽどの殺意があったのでしょう」


「原稿の件はどうなる?」

「さぁ…。先生は今でも手書きだったのですか? パソコンの類が見当たりませんが」

「手書きだったんだよ」


「それでは、奥さまがお持ちでいらっしゃる可能性は?」

「何?」


 驚く風吹を横目に私は部屋を出て階段に向かう。


 次はここにいる人の話を聞こう。

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