第37話 チェルシー嬢


「あなたね、ちょっとくらい私と一緒に仲裁に入ってくれても良かったんじゃないの?」



私は、追求から逃れようとクロウの方に話をずらす。

本当はリイナの腕を振り解いて逃げるつもりだったのだけれど、どんなに力を入れても振り解けないので、ズルズルとリイナを引きずりながらクロウの元に近づいて行った。


そんな私に手を貸すでもなく、クロウは私にこういった。



「女性同士の言い合いほど恐ろしいものはないよ」



それが騎士がする発言だろうか……情けない。



「あなた、仮にも騎士でしょ?そんなものに怯えてどうするのよ。」



「貴族令嬢に口出すわけにもいかないでしょ……暴力沙汰とか嫌だし」



「意気地なし、別にいいじゃない。騎士になれたって事はクロウも貴族なんでしょ?」



 爵位は知らないけど。


 まぁ、なんで私が知らないのか……というのには理由があるんだけど、それはまたおいおいにするとして。



「まぁいいじゃない。君一人で追っ払えたんだし。ほら、窓の外見てよ。もうあんなところにいる。元候補者たちは、もうみんな馬車にのってお帰りのようだよ。」



私はクロウに指差された先を見る。

確かにそこには、神殿を出て門まで走っていくさっきの3人が見えた。


その後ろから、さっきまで神父に抗議していた彼女たちの母親たちが、追いかけていくのが見えた。



「もう!?早!!そんな猛スピードで逃げるようなこと?」



「よっぽど怖かったんじゃない?」



クロウがクククと笑いながらそう言うので、腹が立って思いっきり背中をバンっと叩いたのであった。



「あれ?まだ馬車が残ってる。」



そんな時にそんなことを言ったはリイナだった。

私たちは、まだ動いていない、もしくは令嬢たちが乗り込んでいない残った馬車に視線をうつした。



「あれ……あの雪の結晶のような紋章……フローレンス侯爵家の馬車だよ」



「フローレンス?そういえばさっき侯爵フィリックに会いにきてたわね。まだいるの?」



「まぁまだそんなに時間経ってないしね。積もる話でもあるんじゃない?」



積もる話……ねぇ……。

聖女候補でもないチェルシー嬢がしたい積もる話って、婚約の話だけだろうけれど……こんなに時間かかってるってことは……そんなに粘ってるってこと?


今更?



「でも変だなぁ……チェルシー嬢、この婚約自分で身を引いたはずなのに……どうしてまた?」



「父親主導とかって話じゃなかったかしら?公爵の地位が欲しいんじゃないの?」



「侯爵でも十分いいじゃないのよ、何が不満なのかしら。」



「あ、そのチェルシー嬢……今フィリックと話してる」



「え、うそ」



「ほら、あそこ、神殿の入り口の近くの木の近く」



そう言われて、そちらの方に視線をやる。

確かに隠れるように何かコソコソと2人で話しているように見えなくもない。



「よくないんじゃないの?あんなところでコソコソ……ねえ、リイナ?」



「んーまぁ、面白くはないけど、結構はっきり断った相手だからなぁ……なんか理由あるのかも」



「懐が厚いわね、ここは怒っていいと思うわよ?と言うより、さっき呼ばれてたの侯爵じゃなかった?なんでチェルシー嬢と二人っきりで話してるの?」



「君こそ部外者が口出しすぎだよ」



「部外者じゃありません、親戚(になる予定)です」



「あ、なんか話終わったみたいだよ。侯爵に呼ばれて、室内に向かって歩いてる。」



「気になることは気になるね。ちょっと様子見に行ってみようか。」



こうして、野次馬3人集は入り口に向かい様子を伺うことにした。





私たちは神殿の玄関ホールまで歩いていくと、階段にこっそり隠れながら、様子を伺っていると、和やかに話すフローレンス親子とフィリックの姿が見えた。


よく耳を澄ますと、こんな声が聞こえてきた。



「それではフィリック様、ご検討を」



「お父様」



握手を求めようとする侯爵の手を止めるチェルシー嬢。

しかし、侯爵はチェルシーを理解できないと言った様子で見る。



「一年はあっという間だぞ、お前のためを思って。悪くない話だろ?お前だって今二人で話して……」



「ですから、お父様。私にはそのつもりはございません。」



「しかし、聖女でなくなれば……」



「しかし、婚約者がいらっしゃる方にそのようなことを申し込むのはいかがなのでしょうか」



「万一ということもあるだろう。この騒ぎで、本当に聖女を任せられると思うのか?」



「不謹慎ですわ。」



父親の失礼とも取れるその発言を、チェルシーはピシャリとそう叱責する。



「もう一度言います。私は身を引くと決めたのです。」


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