第25話 如月が起こした放送事故

「……はっ、どういう意味だ。配信者ってのは表面だけを取り繕って、裏では悪態をつきまくるものだと……お前自身に教わったんだがなァ」


 こんな状況でも狡猾に語りかけてくる人狼に、如月は若干呆れかけていた。しかし、そんなことは露知らずの様子で彼は講釈を垂れ続ける。


「第一、今のお前の方こそ偽物なんだ……あの女だって間違えたというのに、それでいいのかァ? 無意味な行いは辞めるべき」

「言葉にどんどん人間味がなくなっていくな。もうそんなの関係ないんだよ――」



 これ以上の会話に意味がない。そう悟った如月は自然と【能力】の全てを解き放った。



【五感全強化】――身体に最も負担がかかる発動方法だが、致し方ない。


 これは、刹那的に五感全てを強化して人間のリミッターを外すのようなものだ。


 全神経が鋭くなると同時に如月は地面を蹴り上げ、刃を人狼の喉笛に押し当てて横に思い切り引き裂く。



空切カラキリ

「グァァッ」



 情けない断末魔を上げながら、人狼の首は地面に転げ落ちた。



 普段の如月ではスイカの速度には追いつけない。

 だからこそ、彼女の攻撃を回避した人狼に対しては全力を出さなければならなかった。


 しかし、たった一瞬の初速だけなら、彼女に勝てる自信があった。


「さよなら。初めて人語を話すやつと戦ったけど、まあまあウザかったよ」

「あ……あ……れッ」



 首を切り落とされた当の本人は気付くのにラグがあり、数秒間目を泳がせて震えた声で捨て言葉を吐く。


「お前なんかに負けるのか」


 そう言って人狼は一言も話さなくなった。



《うおおおおおおおおおおおおおおおおお》

《討伐完了だあああああああああああああ》

《速すぎて何も見えんかった……》

《切り抜き確定》

《思わず現実で声出たわw》

《如月最強! 如月最強! 如月最強!》



 同接は8万人――尋常じゃない数の人々に良いアピールが出来たことを噛み締めながら、如月はスイカの方を向く。


 残る敵は彼女が戦っている魔物達だけ。

 幸い、彼らの中に見たことがないものはいない。


 如月は剣を持って魔物の群れに飛び込んだ。


「あれっキズラキ君!? もう終わっちゃったの?」

「はい、油断して甘えがちなところが僕にそっくりだったんで!」

「あはは! 自虐は良くないよ〜!」


 彼女が豪快に笑う傍らでオークやらゴブリンやらを蹂躙していくギャップに、また視聴者と同じような思考になりかけてしまう。


(これこそ真の配信者だ……でも、いつか必ず超える)


 改めて決意を胸に如月は彼女に合わせて暴れまくった。


 モンスターを一匹倒してはコメントを読み、さらに連携して同時に数十匹倒してはコメントを読み、かつてない盛り上がりを見せるチャット欄に興奮を隠せなくなっていく。


《もうさっきの切り抜きがZに流れてる!》

《めちゃ拡散されまくっとる》

《トレンド1位きたああああああああああああああ》

《同接10万超えきたああああああああああああああ》

《キズラキの時代到来だな》

《※誰も人狼を倒したことは覚えてません》

《これただの雑魚狩りやな……どうあがいても負ける未来が見えん》

《アーカイブとかだとこういう戦い方してなかったのに……この短期間で大成長遂げたな!》




(……すごいすごいすごいっ!! みんなが僕に注目してる、そうだよ! 僕がどれだけ強いのか見せつけてやる……まだ10万人登録者がいないけど、このダンジョンをクリアする頃には50万人達成してやるんだ……!)



 そうやって戦っているうちに魔物の数は激減し、気が付いたときにはまたゴブリン一匹が残されていた。


 仲間を失い、恐怖で怯える魔物に対して油断を見せないスイカがとどめを刺した。


「終わった……」


 戦闘を終えてあれだけ昂っていた感情も落ち着き、ふと人狼の生首を見つめる。


 ダラダラと血を流し続け眠ったように目を瞑り、満月の光を存分に浴びていた。


「スイカさん、この首……中々消えませんね」


 如月はある違和感を感じて、スイカに相談してみる。が、どうやらその彼女も同じ考えだった様子で、視聴者に「何故か首が残ってる」と質問をしているようだ。


 かといってお互いの視聴者にダンジョンを攻略している者などほとんどいない訳で、当然この疑問は解消しない。



 しばらく悩んでいると、その謎は分からせられることになった。


「まだ……死んでいないからだ……如月……そして

「……は?」


 人狼の口から予想外の発言を聞き、体が硬直してしまう。

 その中でもほんの少しだけ早く動いたのはスイカだった。



 生首を十字に斬りつけられて、ようやく絶命する人狼。


 そこで、如月は自分の失態に気が付き、頭を抱えた。


《くろかね?》

《なんて?》

《もしかしてさ今言ったのスイカのことか?》

《みずなんとかって言ってた》

《今日も大活躍でしたね@姉》

《くろかねみずは?》


 何と言えばいいのか分からず、じっと無言でコメントを見ることしか出来ない如月と比べて、スイカは至って冷静だった。



……みんなもそう聞こえたよね」



 彼女の言葉に如月を含めた全員が注目する。

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