第4話 バズって話題の配信者さん

「……寝すぎた」


 如月はボソボソ呟いてソファーの上から重い身体を起こした。



 環境に慣れてしまった身からすると、住めば都と言った感じで体内時計も狂わなくなる。

 大体9時間ほど寝ていたのだろう。



「配信……しようかな」


 日中に充電しておいたドローンをリビングまで運び、電源を付ける。


 そして配信開始の画面に向かったときに、いつもとは違う異変に気が付いた。


 まず一つ。


 アーカイブの再生回数が壊れたとしか思えない数値を叩き出していること。


 直近の配信の再生回数が30万を超えており、配信後のコメントも大量に送られている。

 中には50万を超えているものもあった。



 次に、それと伴った様子でチャンネル登録者数がバグっているようにしか見えない数字を叩き出していること。


 如月にとって5万という数は、寝起きのことを忘れたように叫んでしまうのも無理がない。


「え、ええっ!? 5万人……何で!?」


 必死に頭を動かし思考を巡らせてみる。すると、あることが脳裏に浮かび上がった。


 昨日、偶然遭遇した1年ぶりの生きた人間。


 そういえば彼女はスイカと名乗っていた。そこから身元を調べてみるのもありかもしれない。


「検索してみるか……」


 おもむろにドローンに手をかざし彼女の名前で検索をかけてみる。


『スイカ』と打ち込んだだけで彼女のチャンネルとSNSアカウントがサジェストに表示された。


「チャンネル登録者100万人で……Zゼットのフォロワーも80万人もいる……超大物だ」



 唖然としている如月に更なる追い打ちがかけられる。


 それはふと視線を向けた如月の通知欄だった。


 配信を始めると同時期にSNSのアカウントを作ってみたものの、こちらもフォロワーは2人だけ。


 配信開始の告知も、下手すれば炎上しような投稿も、ウケ狙いの投稿をしてもなお誰にも見られず触れられずそっと投稿を全消しした淡い過去からは想像出来ないほどの反応の数々。


 勿論、如月をフォローしたという通知だけで全てが埋まっていただけではない。



「すごいリプライの数だ……しかもめちゃくちゃフォロワー多い人からも来てない!?」



 これが俗に言うバズ……感じたこともない感覚を噛み締めながらも如月は落ち着いて思考を巡らせる。


「やっぱりすぐ配信しよう!」


 流れに身を任せるつもりで身支度や寝癖も気にせずに配信を始めた。



 すると、開始5秒も経たずだろうか。

 滝水のようにコメントが流れだした。


《キターーーーーーー!》

《生 存 確 認》

《自己紹介よろ》

《Zでバズってんの見て来ました》

《お前とスイカの関係性を答えろ!》

《今日はどんなモンスター倒すの〜?》

《如月クーン♡》


 黄色い声援もあれば、純粋な怖いもの見たさのようなコメントから自分が渦中の存在なのだと分かる。


 前々から決めていたファーストインプレションを意識した言葉を堂々と放った。


「け、警察呼んでくださいッ! 今見てる人、誰でもいいのでこっから出してください!!」


 音割れの可能性を意に介さず、傍から見ても本気そうな表情を作って画面に向き合う。


 そんな彼の言動を見た視聴者の反応はというと……


《?》

《お? どうした?》

《緊張してて草》


 誰一人如月の意図を汲み取れる者はいなかった。


 ただし、ほんの少し彼に寄り添おうとするコメントがあることにも気付き目が向ける。


《迷宮は警察の管轄外なので来られませんよ笑》

《何も分かってないのに中に入ったんか》


「いや……僕は最初から中にいて……それを説明すると長くなって……」


 あー、えーと、と何を言おうか引き延ばせば引き延ばすほどコメントの流れは加速し続けた。


《ダンジョンで生活してたってすげー()》

《お前1年間も配信してたんだな知らんかったわ》

《切り抜きから見にきたよ!》

《よくもノコノコ配信出来るな》


(人多すぎ……って7万人!? 切り抜きも勝手にされてるみたいだし)



 現在進行系で増える視聴者数と登録者数、ボケっと待ち続けるだけじゃ自らの性に合わないと判断し、スイカから貰った剣を掴んで立ち上がる。


「百聞は一見に如かず。ひとまず魔物を狩りながら質問に答えるよ」


《きたああああああああ》

《またドラゴン倒してくれ》


「あはは、しばらくは姿を現さないんじゃないかなぁ? 前回も数カ月くらい消えていたからね」


(最近は魔物自体の数が減っているけど、まあ探せば見つかるよな)


 窓から飛び降り、自動で追尾するドローンのカメラに自らを撮らせ月明かりを頼りに魔物を探し始めた。


 この量のコメントにどれだけ返せるかは分からない。が、出来るだけみんなの期待に答えられるように努力はしてみる。


「僕の名前は如月絃。年は15で今は独りで生きてる。食べ物は適当に探しながら時計回りに転々としてて、今は5周目くらいかな」


 予想出来る範囲の質問は事前に答えてみて魔物探しに集中してみたものの、前日までとは違い全く魔物の姿が見当たらない。


 普段なら、そろそろ遭遇するはずなのに。


《黙ってないで質問答えてよ〜》

《思ってたより迷宮の中って地味だね》

《スイカとは知り合いなの?》


 視聴者からの質問を読まずに時間は経過していき、徐々に痺れを切らした視聴者達が疑問を如月にぶつけていく。


 そして、その量は減る気配もなく次第に嫌な空気をチャット欄を支配していった。


《何がしたいの?》

《放送事故w》

《何で出ようとしないの?》

《ゆっくりでいいから話そう》


「あ、うん。1年間ここにいた理由は簡単な話だよ。脱出する方法が分からなかったんだ。ネットではダンジョンのボスを倒せば出られるって書いてあったから、色んな魔物を倒してまわったけど解放されなかった」


 鎮静化を図ろうとその中から比較的マトモなコメントを拾い、ゆっくりと事情を語る。


 すると、半数近くは納得出来たようでまた別の質問コメントに場を埋め尽くされた。


 当然ここから拾うコメントによっては彼を助けようと思う人数が変わってくるのだ。


「だったら――」


 画面を見て何かを話そうとした如月の目に一つ輝かしいコメントが入った。



《昔この町に住んでいた者です。先日訪れた駅付近に私の息子が暮らしていた家があるのですがそこまで行くことは出来ないでしょうか? 四角い豆腐のような一軒家なので一発で分かると思います》


「四角い豆腐のような家……分かりました。そこまで行きますよ! 僕も伊達に1年生活してませんから、大体目星は付いてますんで向かいます」



 そうして如月は全速力で視聴者の依頼を受けた一軒家に向かって行った。

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