第21話 万難を越えよ

 森を抜けると、崖の壁面に洞窟があるのを見付けた。中からは怪しい臭いが漂ってくる。

「ここにいる……。たぶん、紫鬼だ」

「……かなり奥の方やな」

 鼻を摘んだ根蔵が霊視し教えると、斑鳩も透視し確認する。


 何やら薬品を洞窟に振りまき毒物検査を行う古家院。

「たぶん毒ガスだ」

 鞄からガスマスクを取り出すと根蔵へ手渡す。

「中へ入るぞ」

「え? なんで俺?」

 根蔵と肩を組み古家院は耳打ちした。

「お前以外は馬鹿か間抜けか……ヤバい女しかいないじゃないか。毒ガスのこもった洞窟に入るのに心許ない」

「それなら斑鳩と服部も……」

 自分で言って気が付いた根蔵。斑鳩は間抜けの中に入り、服部は口には出さないが疲れが見えた。


「覚悟はいいな?」

「もうどうにでもなれ」

 ガスマスクにゴーグルをつけた古家院と根蔵が洞窟の中へ入った。洞窟の中は以外と明るく、壁一面が妖しく青く光っている。古家院はその青く光る崖の表面を削り取り瓶の中に詰めた。


 百歩ほど歩いた先は行き止まりになっていた。行き止まりには、紫鬼の幽霊が漂う。

「この壁だ!」

「ここか、さて掘り起こすか」

 2人は、スコップで行き止まりの壁を掘り始めた。そこだけ壁は柔らかく埋葬されたのだろう。


「なんか、オロチの首を発掘した時を思い出すな」

「なに? こんな感じの場所だったのか?」

「おい、手が止まっているぞ」

「手が止まろうがそれは大したことではない」


 ある程度掘り進めると鬼の角が現れた。掃けとスコップを使い鬼の首を徐々に取り出す。

「やっと出てきた」

「紫鬼ゲットだなあ」

 紫鬼の首を黒いビニール袋に詰めて外へ持ち運んだ。


 改めて3つの首を地面に並べてみた。鬼のさらし首は、苦悶の表情を浮かべて死んでいた。

「……いったん帰らないか?」

 小屋へ引き上げるのを提案したのは古家院であった。根蔵もそれに賛同すると、一斉に引き上げにかかった。


「古家院の判断は正確だな」

 皆の表情を眺めて1人つぶやく根蔵。皆、慣れない山での探索で疲れていた。力を使い過ぎて疲れている、獣川と服部。そんな中、1人発掘法を使っていない者がいた。根蔵はできれば頼みたくない。それを察した古家院が頼んでみた。


「待て、その前に1つやるべきことを忘れていた」

「分かっている」

 すでに包丁の準備をしていた沈芽、残りの鬼を探索してもらう。


 包丁をまだ把握していない方角へ向けると、そちらから藍鬼の気配がした。現在地と鬼の方角をコンパスで把握すると、此岸同盟は下山し小屋に戻った。


 此岸同盟が戻ってくると、津軽は鍋を作って待っていた。この夏は此岸も暑かった。それなのに、鍋を食べろと勧める婆さん。

「さあ、食べなさい」

 鍋からの熱気に部屋は外より熱くなっている。手をこまねいて誰も箸を持たない。

「早う食べ!」

 婆さんが頑として勧めてくるのでしょうがなく、グツグツ煮えた鍋を汗だくになりながら食べる。


 就寝前、皆それぞれの準備にかかる。

「るるるー、精進料理のお弁当ー」

 鼻歌交じりで弁当を作る平坊主。此岸山から採取した植物を弁当に詰めている。

「ウフフフ」

 暗がりで包丁を研ぐ少女、沈芽。

 毛皮のノミを取る獣川。

 此岸で集めたものを調合する古家院。

 天井に張り付く服部。

 根性の片手腕立てをするチンパチ。

 お歯黒の残量を確認する斑鳩。

 根蔵だけはさっさと寝た。


 翌日、沈芽の力で見付けた藍鬼がいる辺りを探索することに。その周辺に他の鬼がないか服部の忍術発掘法で探る。


 山を越え谷を越え、辿り着いたのは……。

「沼だな」

「そうだな」

 根蔵と古家院は緑色に濁る泥々の沼を見て、渋い顔をする。沼は時々妖しく光り、見れば見るほど沼田沈芽の猫面が頭に浮かぶ。


「確かにあるな……。ここに飛び込めば手に入るな……」

 透視する斑鳩は、異常な臭いがする沼に尻込みする。


 本能で沼を恐れる獣川。


 そんな中、飛び込むことにノリノリな3人がいた。

「おいどんの力で取ってくるでごわす」

「拙者の水遁の術でちょちょいのちょいよ」

「あたしは平気、沼田の名を舐めないで」

 沼に用意もなく飛び込もうとするので、古家院と根蔵が強引に止めた。


「てめえら! これが毒だったらどうすんだ!」

 迂闊な連中を古家院が叱る。


「いきなり飛び込んで上がれなくなったらどうすんだよ」

「根蔵君、あたしのことを心配してくれるの」

 彼女は根蔵の腕に蛇のように絡みつく。以前なら腕を振りほどく彼であったが、彼女のしつこさに最近は諦め自由にさせる。


 沼の水質を怪しい薬で調査する古家院。

「大丈夫そうだな、さあ行け」

 3人は沼に飛び込んだ。臭くて濁った水飛沫が辺りに飛び散る。結局回収したのは位置を正確に把握していた沈芽であった。

「沈芽、そなた忍者になってみぬか?」

「興味ないけど……根蔵君次第かな」


「沈芽! おいどんにも泳ぎを教えて欲しい」

「今度ね」


 3人は、頭に苔を乗せたまま次の鬼の首を探し始めた。沈芽の包丁で場所を探ると、意外と近くにあった。


 沼から北の方へ移動をする。湿地から出ると、断崖絶壁だった。崖の側面の僅かな足場を通る以外に先へ進めそうにない。僅かな足場を頼りに進むしか無い。下を覗き込むと霞んで底が見えない。根蔵の後にピタッとついている沈芽であったが、沼に潜ったせいで全身がヌルヌルしている。


「大丈夫か? 沈芽」

 珍しく心配をする根蔵。

「靴がヌルヌルして滑る……あ!」

 崖から足を滑らせた沈芽。仰天した根蔵がとっさに手を取り掴むが。

「ヌルヌルで滑る!」

「沼め!」

 宙釣りになる沈芽。このままでは、2人とも落ちてしまう。


「お二方! 拙者に任せよ!」

 勢いよく服部は崖側面を走り沈芽を下から押し上げる。何とか根蔵が彼女を引き上げると、忍びは壁を歩いて足場に戻る。

「ありがとうね、助かった」

「礼には及ばぬ」


「ありがとう。俺も助かった。さっき壁を走ったのは」

「あれは忍術でごさるよ。それより、沈芽を背負え」

「は? ああ」

 言われるがままに沈芽をおんぶする。根蔵の背に背負われて妖しく笑う少女。服部がロープで2人をギッチリと縛る。

「これでよし」

「何がよしだ! 動きにくいぞこれ!」

「心配には及ばない。根蔵にも先程の忍術をかけ申した。あれは今の拙者には1人しかかけられぬから」

 納得した根蔵は試しに壁を走ってみた。彼は、こういう時狂ったようにはしゃぐ。


 崖を渡り切り、岩場を越えると草が生い茂る開けたところへ出た。近くには川が流れていた。

「その川の下流だよ!」

「うお! 俺の耳に包丁!」

 根蔵におんぶされた沈芽は、探知用の包丁を前にかざした。その時に、根蔵の右耳を削ぎ落としそうになった。彼女は包丁を握っている時、我を忘れる。自分のこだわることは根蔵より優先なのである。

「俺の右耳削ぎ落とす気か!」

「えへへ、ごめんなさーい」

 いつまでおんぶする気だと言いかけて古家院はやめた。包丁は恐ろしいからだ。


 川の下流まで下ると、根蔵の霊視と斑鳩が透視で青鬼を発見。川底へ水遁の術で潜る服部が青鬼を回収した。チンパチと沈芽はその川で沼の汚れを落した。


 背負うものがなくなってほっとした根蔵の背に、再び乗ろうとする沈芽。

「降りろ!」

「なんで?」

 歩くように厳しく命じると、少女はしょぼんとなった。


 この日の此岸同盟は、山を反時計回りに裏手まで来た。どうせならとそのまま反時計回りに回り、残りの道も探索。そこには鬼の首は無いと判明した。


 下山し小屋へ戻る此岸同盟。床に鬼の首を並べる。色とりどりの晒し首は皆、苦悶の表情を浮かべている。牛麿が見たら喜びそうな光景だ。


 津軽が鬼の首を眺めにきた。

「あと1つだね。おそらく残りは火口にあるだろう。祭壇もね。今度はあたしもついていくよ」


『次回「祭壇に祀れ」』

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