第47話 うさぎ
俺は家に帰って、ミックスジュースとミックスフライの歌を検索した。そういう歌があるのかと思ったが見つからない。何回か口ずさんだら、母親に笑われた。
気がつけば母親が夕飯にミックスジュースとミックスフライを作ってしまうくらい、俺はミックスジュースミックスフライの歌を歌っていた。一緒に食べても腹痛は起こらなかった。
もっとヒントが欲しい。じゃ、ないと何の歌か分からない…。
俺は次の塾の日を指折り数えて待った。
そしてようやく塾に行く日になった。
俺が裏口から階段を登って行くと今日も、上村圭吾は踊り場で鼻歌を歌いながらメガネを拭いていた。たぶんそういうルーティンなんだろう。でも俺の足音に気付いたのか、人間が近づくと慌てて飛び立つ鳥みたいに走って行ってしまった。
――次はもっと足音がしないように近づかなければ…。
教室に入る手前で俺は、同じ学校の女子に呼び止められた。
「今泉くん!今泉くんもこの塾来てたの?いつから?クラスどこ?」
「Eだけど…。」
「え!?私もだよ!じゃ、一緒に座ろ!」
「え?席って決まってるんじゃ…?」
名前の順じゃないの…?
「決まってないよ!早い者勝ち!」
そうだったんだ。前回はたまたま空いてたんだな。上村圭吾の隣が。
早い者勝ち…俺は足早に教室に入ると、辺りを見回した。――いた。隣の席も空いてる。
しかし、俺は同じ中学校の女子に加えて、男数人に囲まれてしまい、一緒に座ろうと言われ断れなかった。上村圭吾はぽつんと前の方の席に一人で座っていた。たぶんこの塾に同じ学校の生徒がいないんだろう。…早い者勝ちで、上村圭吾の隣は空いてる。せっかく隣に座れると思っていたのに…。
隣に座ったら、聞くことも考えていた。
先週はテキスト見せてくれてありがとう、予習してきた?宿題やった?いつも、あんまり授業きいてないの?それからミックスジュースミックスフライって何の歌?
色々考えていたのに、何も聞けなかった。俺は上村圭吾の斜め後ろの方の席に座った。ここからだと、上村圭吾を見ているのか黒板を見ているのか周囲にバレない気がする。それだけはよかった。
翌週は修学旅行で塾にはいけなかった。
修学旅行は三泊四日、行き先は奈良京都。寺社仏閣に興味がなさすぎて、辟易した。それは周りの奴等も同じみたいで、みんな、お土産はどうするとか、自由行動の時何食べようとか、そんな話ばかりしていた。
一日目は奈良に行って、二日目から京都。三日目の午後は祇園の八坂神社に行った。八坂神社は、大国主命を祀っている。怪我をしたところを
鳥居の近くに因幡の白兎をモチーフにした手のひら大の置物が売っていて、それに好きな人の名前を書いて奉納すると、恋が成就するんだとか。女子達はだれの名前を書くとか、書かないとか言ってきゃあきゃあと騒いでいる。
くっだらねー。俺はそう思いながら、うさぎの置物を手に取った。
こんな物に名前を書いたって両想いになれるわけがないし…話したこともない奴がこんな物に自分の名前を書いたと知ったら、俺だったらドン引きする。実際あんまり話したことがない女子に「蓮君の名前書いてもいい?」と言われて俺はどん引きした。
しかも“上村圭吾”は男だ。俺も男…。
そこまで考えて、俺は慌ててうさぎの置物をもとに戻した。
何考えてるんだ、俺。
うさぎに、書く名前を“上村圭吾”にする前提で考えてた…?ないない、何それ怖すぎる。あいつ男だし、俺も男だし、第一話したこともない。二回しか会ってない…。それも俺が一方的に見てるだけ。
おれは初めて会った日聴いた、あの歌…「ミックスジュースミックスフライ」の歌が何なのか気になっているだけだと思う。たぶん。
神社の土産物屋に、レトロなうさぎのストラップが売っていた。鳥居の側で売っていた奉納する用のうさぎよりもずっと小さい、持ち運び用のもの。
女子の一人が、塾に好きな人がいるからこれをお土産に買っていくんだと言った。「できれば私の名前を書いて」って言って渡すんだって…。
俺は性懲りもなく、うさぎに“れん”と書いて上村圭吾に渡すことを脳内でイメージして、また打ち消した。でも結局、ストラップを一つだけ購入した。
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