第33話 呼ばれてきた人
俺は落日のディアのキャストの男性に担がれて、キャバクラの店の前まで連れていかれた。キャバクラの入っているビルの前まで、俺を迎えに来たのはYBIのマコトだった。静香やキャバ嬢たちはまた現れたマコトに、大喜びである。
最近、蓮に電話することがなかったから、着信履歴の中から静香はマコトを選んだようだ。マコトは、迎えに来てくれてありがとうもごめんも言えない状態の俺をみて「しょうがねえなあ~」と言うと、おんぶして歩く。
歩いて行くうち、冷たい夜風が顔に当たってひんやりと染みた。まもなく師走、寒いはずだ。師走を前に街はにぎわっている。歩いている間、通りを歩く人の声が耳に響いた。
「きゃあ~!マコトに、RELAYの圭吾じゃない?!」
「ホントだっ!週刊誌にも載ってたけど、マジで仲いいの?」
「ちょ、圭吾おんぶされてるじゃん…?!週刊誌のこと、マジなの?!」
誤解なんだ~ということもできない。ろれつが回らないのだ。
次第にカメラのシャッター音まで聞こえて来た。マコトは黙っていて、反論したり、写真はやめてなどという様子もない。
大通りに出ると、見知ったバンが止まっていて、またマコトは俺を押し込んだ。
行く先を運転手に手早く指示してから、後部座席のシートを倒して俺を寝かせてくれた。
隣のシートを倒して、マコトも俺の隣に寝そべる。
「圭吾くん、この間、俺言ったよね?おれは圭吾くんと写真撮られるより、キャバクラ入るとこ撮られる方がまずいキャラなんだよ、って。」
「はぁ…ごめ…。」
「またこんな泥酔して。なんとなく訳は聞いたけど、どんだけ警戒心ないの?かわいい顔しちゃってさぁ。」
「いや、そん…な。」
マコトは俺にキスした。舌が入る、濃厚なやつ。
「ちょ…。」
俺は抵抗を試みたが、すぐ抑えられた。抵抗したから、次は窒息するんじゃないかというくらい、激しいキスをされた。
はあはあ息継ぎしていると、マコトは暗い笑顔で言った。
「俺のこと、いいように使ってただで済むと思ってんの?キャバクラに呼び出したり…そんなことして、覚悟できてるんだよね?」
こわい、マコトが怒っている。
「ご、ごめん…。」
「しかも、今日圭吾くんの事務所から、オファーの件、断るって連絡来たよ?なんのために、親切にしてたと思ってんの?恩知らず過ぎてびっくりなんだけど。親切が無料で受けられるなんて、思ってないよね…?」
断った?企画内容がまずいから、話してみるとは言ってたけど…断るなんて聞いてない。俺だって、絶対出ようと思ってたよ。
「ご…ごか…。」
誤解だ、と言おうとしたが言えなかった。マコトは俺に覆いかぶさってビデオカメラをかまえると、俺のシャツをズボンから引き抜いてめくりあげた。
「かわりにえっちなの、撮らせて?知り合いの社長に圭吾くんが大好きな人がいてさ。超、高値で売れる予定なんだ。」
マコトくんはふふふと笑う。どうやらマコトくんは黒魔術も使うようだ。俺は舌がマヒして動けなかった。車は明かりがまばらな、駐車場のようなところで停車する。
「運転手もグルだから安心して♡」
まったく安心できないことを平然と口にしたマコトは不気味な笑顔を浮かべると、上半身に身に着けていたパーカーを脱いでTシャツ一枚になった。ダンスをしているだけあって、子犬スマイルからは想像がつかない、引き締まった身体をしている。俺が勝てないとあきらめかけたその時、外から車のドアをノックする音が聞こえた。
俺はありったけの力でマコトを突き飛ばした。車のドアの開閉ボタンを押して、開くのを待つ、もどかしい間にマコトにまた捕まる。助けて、の声が震えて出ない!
マコトが怖かったのか、ドアが開いたとき外からノックした人物を見て震えたのか、どちらなのか自分でも分からなかった。
ドアをノックしたのは蓮だった。
「蓮っ!」
蓮は俺の腕を掴んで引き寄せる。マコトをじろりと睨んだだ蓮は「圭吾で遊ぶなよ」と呆れたように言った。
「あそぶ…?」
「あ~ばれちゃった!残念。もう少しだったのに…!」
俺がぽかんとしていると、マコトは先ほどの恐ろしい表情を引っ込めて笑顔になった。
「圭吾くん。今度の動画撮影で会お!楽しみにしてて!」
蓮は「行こう」と言って俺を歩かせようとしたが、俺は足がもつれて蓮に倒れ込んでしまった。
「おい、どんだけ飲んだんだよ、お前…!」
蓮は後ろを向いて、しゃがんだ。おんぶしてくれるつもりらしい。俺は少し迷ってからおずおずと蓮におぶさった。
少しの間、蓮の背中を堪能した。しまった、缶詰をもっていない。もう蓮の空気を吸えないかもしれないから、詰めて保存しようと思っていたのに。俺は悲しくなって涙が溢れた。
どうやらここは、どこかのホテルの駐車場らしい。少し歩くと車寄せにタクシーが何台か止まっていて、蓮は俺を有無を言わさずタクシーに乗せた。どこに住んでいるのか聞かれて、実家、と言うと驚かれた。そうだよな、俺もびっくりだよ。この歳になって、実家に戻るなんて…情けない。
蓮は運転手に住所を説明して、俺に向かって「ちゃんと帰れよ」と言った。
ああ…、蓮が行ってしまう。
俺は離れていく蓮の背中…シャツの裾を掴んだ。離れたくない気持ちが溢れて、止まらなかった。でも、行かないでくれ、なんて言えない。ありがとう、では、蓮は帰ってしまう…。
「蓮って、俺のことブロックしてる?!」
「今、聞きたいこと、それ?」
確かに何でここにいるんだとか、神谷プロデューサーのこととか、今聞くべきなのは違うことかもしれない。と言うか、まずはお礼を言うべきじゃないのか?俺がそう思って「ありがとう」というと、蓮は俺の頭をくしゃくしゃと掻き回した。
神谷プロデューサーにされてあんなに嫌だったことでも蓮にされると嫌じゃないから不思議だ。
「もう、早く帰って寝ろ、酔っ払い。」
蓮はタクシーの運転手に向かって「出して下さい」と言う。
ああ、蓮が行ってしまう…。奇跡的な再会、短すぎてここらの準備ができない。
俺は最後に「行かないでくれ」と蓮に言ったと思う。たぶん。
でも蓮は行ってしまった。
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