第22話 ダイレクトメッセージ
酷い目に遭った。
朝方帰宅した俺は、眠い目をこすりながらシャワーを浴びる。
あの後も神谷は俺をなかなか離さなかった。RELAYの復活を願う気持ちが、神谷プロューサーの横暴に拍車をかけたのかもしれない。キスされたり抱きしめられたり、ああ嫌すぎる!シャワーを浴びただけじゃ、あいつの息とが唾液の汚れが落ちない気がする。気持ちが悪い…。あんな人がヒットメーカーなんて、神様はいないな。たぶん。
俺はその日、夕方まで熟睡した。本当は今日が、神谷との約束の日だったのだが、もう絶対行かないと心に決めていた。連絡は無視して、明日気付いた…って事にするんだ。
夕方、俺はスマートフォンの着信音で目を覚ました。
「圭吾くーん!メンズエステソラリスの吉田でーす!そろそろメンテナンスに来ませんか?今日開いてるよ!」
ああ~、そういえば。エステ、RELAYが解散してからずっと行っていない。
でも昨日、神谷プロデューサーに色々されたから、きれいにしてもらいたい気持ちになって重い腰を上げた。
“メンズエステソラリス”は脱毛も行う、本格的なエステサロンで、えっちなやつではない。最終受付が午後7時という健全なお店である。担当の吉田さんは、俺を見るとアイラインで強調された大きな目をさらに見開いてぱちぱちと瞬きした。
「ちょ、圭吾くん!すごい似合ってるよ!なになに、ついにアイドルグループのオーディションを受ける決心がついたの?!」
男性アイドルグループ好きの吉田さんはなぜか俺に食いついた。
「受けません!その、アーティスト系はやめてちょっと普通っぽい感じにしようと思って。」
「圭吾くんが普通にしようとすると、アイドル顔負けな感じになっちゃうってこと?芸能界に喧嘩売るつもり?」
吉田さんはまたにやにや笑う。
「正直、エステいらないくらいいい感じだね?お肌の調子、良さそう。解散してむしろ充実してるの?」
「仕事がなくて、良く寝てるからかなあ~。」
「ぷっ!圭吾くんらしい!」
吉田さんはベテランらしく、軽快なトークと一緒にテキパキと施術をしてくれた。俺は定期的にエステに通っている。一応芸能人だし、その、俺は蓮に抱かれる側だから、清潔感って大事かなと思ってのことだ。ちょっと俺、いじらしくない?!でももう終わっちゃったんだから来る意味ないんだよなと思うと、ため息が漏れる。
さらに、施術が進むと、吉田さんは声をあげて笑った。
「ねー!あんま言いたくないけど、どんな女と付き合ってんの?!圭吾くんいつもキスマーク激しくない?!っていうかこれ女?!」
「あーッ?!」
なんと神谷のやつ、キスだけでは飽き足らず、首にキスマークまで付けていた。おれは魂が抜けそうになった。いや、少し抜けてしまって脱力した。
「相変わらずだなあ~。圭吾くん!なんでいつもそんな激しい女と付き合うわけ?見た目によらないんだけど!」
吉田さんは俺を見てゲラゲラと笑った。そうなのだ、この吉田さんと言う人は歯に衣着せぬ物言いが売りで、キスマークなどつけていようものなら容赦なく突っ込んでくる。でも見て見ぬふりをされるのも逆に恥ずかしいのではないか?と思って俺はずっと吉田さんのところに通っている。
蓮も跡をつけるのが好きだったから、その後ここにくると散々揶揄われて恥ずかしかったっけ。それを蓮に言って辞めてもらおうとしたら余計、沢山跡をつけられて...そんな事もあったな...。俺はまた思い出して切なくなった。
「ふわー!ほんとにアイドルグループに入れるわー!見た目だけなら!」
「そんな、もうアラフォーだし…それに踊れないし…無理だよ!」
「圭吾くん、お世辞じゃないよ。多分もっと、うるうるつやつやさせれば踊れないのはカバー出来ると思う!」
吉田さんはそういって、自社で開発したというグロスちっくなリップの試供品をくれた。メンズ化粧品のノルマがあるらしい。危ない危ない、また、おだてられて買わされるところだった。
「圭吾くん、うちの店のアプリ登録のリンクをメールしておいたんだけど見てくれた?アプリ登録してくれると、5%引きだから登録してくれない?私さあ、アプリのノルマもあるんだ~。」
会計の際、吉田さんに言われて俺はメールボックスを久しぶりに開いた。
最近基本的にメッセージアプリかSMSだけでメールボックスを開いていなかったし、通販のDMしかこないから通知もオフにしていたのだ。
吉田さんはアプリの説明をする目的でおれのスマートフォンを見て、驚き、声を上げた。
「圭吾くん、未読多すぎっ!すごい件数じゃん!」
そう、俺も驚いた。
来ていた通知は通販のDMじゃなかい。大量の未読メッセージは全て、先日登録したWEBの動画サイトのコメント通知だった。
どうやらWEBの動画サイトのコメント通知をオンにしていたらしく、それが大量に届いている。俺は軽くパニックになった。
エステを出て、取り敢えずメールを見ようと慌てて喫茶店に入った。なんと、動画サイトには放置している間にコメントが沢山付いているではないか!しかも再生数も増えていてショート動画が400万回再生、通常の動画も100万回以上再生されている。
俺は驚いた。何でこうなった?ただ、ショート動画を投稿しただけで、こんなに見てもらえるもの?謎すぎる…。
コメントをじっくり読んでいくと、どうやら多くの人は別のSNSから飛んできてくれたらしい。大元のSNSはすぐに判明した。なんと発信元は、”悪役令息、皇帝になる”の原作者、しらゆきうさみさんのSNSだった。
しらゆきうさみさんのSNSには、俺のWEBサイトのリンクとスクショ、タグに”エモい”と書かれている。
俺は嬉しくて、転げ回りたかった。でもまだ、喫茶店にいる。荷物を纏めて、喫茶店を出ようとすると、ちょうどもう一件、新しい通知が来た。
それはSNSのダイレクトメッセージだった。
動画サイトにSNSのアカウントを貼ったから、動画を見た人からSNSのダイレクトメッセージが来たようだ。俺はそのメッセージを開封して、息が止まるかと思った。
俺が一番、聞いて欲しかった人。一番、メッセージが欲しかった人からだった。
送信者は今泉蓮の公式アカウントと表示されている。
”メルリの歌、すごくよかったです。”
メッセージは一言だけ。
でも何度も何度も見返した。
アカウント名の公式マークを何回も確認した。本物の蓮だ!
すごくよかったです、の文章を思い出の蓮の声で再生して身悶えた。嬉しい、泣きそう!
俺は早速、返信をすることにした。
“感想ありがとうございます。すごく嬉しいです。”
フツーだけど、これだと以上、終わり…で、話終わっちゃわない?可能ならもう一回くらい返信が欲しい…。それは贅沢だろうか?
“ひょっとしてRELAYの今泉蓮さんですか?嬉しいです!”
いや、こういうこと言われるの、蓮は嫌いだな。きっと。
“良かったって、具体的にどのあたりがよかったですか?”
うーん、なんか前のめり感、すごくない?ちょっと嫌だなあ~。
“ひょっとして今泉さんもメルリのファンなんですか?”
あ、これは自然な気がする。でも、馴れ馴れしい?
名前は“今泉さん”か“蓮くん”呼び、どっちがいいんだろう?蓮、どっちがいい?どっちならまた返事、くれる?
本当に聞きたいことが決められないから、まとまらないのかも知れない。
“どうして感想くれたんですか?”(俺のメッセージは未読なのに。)
“どこがよかった?”(俺のベースはどうだった?)
“この歌詞聞いて、誰かのこと、思い出さなかった?”(高校の同級生の…ヒント、け…から始まる名前の…)
“会いたいよ”(…蓮、会いたい。)
俺はメッセージを消しては打ち直し、消しては打ち直し…結局決められなかった。
でもいつもより幸せな気持ちで帰路についた。
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