第12話 RELAY
春、俺は何とか大学に合格した。その大学は世間一般にはFラン大とか呼ばれてはいるが、俺は大満足だった。
何故ならその大学が、蓮の行く大学の沿線上にあるからだ。家の最寄駅は一緒だし、帰りもひょっとして一緒になるかもしれない。俺は密かに喜んでいたのだが。
「え?!車?!」
「うん、免許取ったんだ。これ免許証。」
蓮はそう言って俺にピカピカの免許証を見せてきた。都内なのに車に乗ろうとする奴が居るんだと俺は驚いた。忘れていたが蓮の親は美容室を経営している。ひょっとして結構、お坊ちゃんなのかも知れない。
「機材とか運ぶのに便利だし。常に乗るわけじゃないけど、家にも一台置けるし。」
俺は勝手にずっと、蓮と一緒に電車に乗れるんだと思っていた。こうやって大人になって、少しずつ変わっていくんだろうか?俺は少しショックを受けた。
「何年か後には、うちのあたり高速のインターが出来るらしいよ。そうしたら、旅行に行こうぜ。」
蓮はまるでショックを受けた俺を、慰めるかのようだった。蓮はそもそも、何年後かまで、俺と居てくれるつもりなんだろうか?それは素直に嬉しかった。
そうして迎えた高校の卒業式。蓮は予想通り、同級生だけじゃなく後輩まで、沢山の女子に揉みくちゃにされて、ブレザーのボタンからブラウスのボタンまで全部なかった。ボロボロの姿まで絵になるくらい、蓮はかっこいい。
蓮はクラスの打上があると言っていたが、俺は何もなく、蓮のボタンも貰えず親と帰ろうとしていた。
帰り際、蓮は俺の所にやってきて、俺の綺麗なブレザー姿を見て笑った。
「わ、笑うなよ!」
「ごめん。…あんまり全部あって可哀想だから、一個もらってやるよ!」
蓮は俺のブレザーのボタンを取って「またな」と行ってしまう。
こうして、俺の高校生活は終わった。
大学に進学してまもなく、蓮は同じ大学の同級生達と新しいバンドを組んだ。みんな音大のロックポップスコースを選択するくらいだから、プロ志望らしい。
その頃には俺はもう、蓮から一緒にやろうと誘われたことはすっかり忘れていた。ギターの練習は蓮の家に行けばするけど、それ以外では特にしてい。俺は、学校に行って、漫画を読んだりアニメを見たり、高校の時とさほど変わらない、平凡な毎日を送っていた。
蓮はバイトに学校にバントと忙しく日々を過ごしているようだった。でも相変わらず、おはようからおやすみまでメッセージが来て、駅で会えば一緒に学校に行って、たまに俺を家に誘う。
その日もたまたま、蓮に誘われて蓮の家にいた。部屋でギターの練習をしていると、蓮は少し真剣な顔で俺を見つめた。
「圭吾、ギターは辞めてベースやらない?」
「ベース?」
「そう、ベース。実はバンドでベースやってた奴が辞めちゃって、困ってるんだ。今度、学内のライブに出る予定もあって。」
「えええ…それで俺?俺なんかより…もっと上手い人学校にいるんじゃない?音大なんだし…。」
「うん。でも俺は圭吾がいい。圭吾なら絶対大丈夫だと思う。圭吾はセンスある。俺が保証する。」
俺は戸惑った。でも蓮と同じバンドメンバーになれば、もっと一緒に居られる。俺は蓮と一緒に居たい。
この時の俺はその欲求の方が強かった。自分が向いているかどうかという冷静な判断が出来なかったのだ。
「やってみる。」
そう言ったことを、後々後悔することになるとは、この時は夢にも思っていなかった。
ベースはギターとそもそも楽器が違う。ギターより少し大きくて、弦は四本。ギターより弦が少ないから、ギターより簡単なんじゃないかと思ったが、難しくない代わりに正確性が求められる。それを考えるとむしろ難しいのかも知れない…。
ギターをちょっと齧っただけの俺だが、何とライブは二ヶ月後。初めは、蓮に借りていたが、家でも練習しないと間に合わないと悟った俺は親に借金して自分でベースとアンプを購入した。
家にいる間はほぼ練習。睡眠時間を削って頑張った。
一ヶ月で何とか一曲弾けるようになったが、ライブでは三曲やるらしい。しかもただ弾けるだけじゃダメ。音を安定させないと。
練習は蓮の大学で行われた。当然、みんな音大生。俺以外みんな上手い。口には出さないけど、みんな少しイライラしていたと思う。俺を誘った、蓮でさえ…。
ライブが近づいて来ると、メンバーからのダメ出しも増えていった。俺は取り敢えず言われた事をメモして持って帰って練習する日々。泣きそうだった。
しかもライブ前に運悪く、”悪役令息、皇帝になる”劇場版が公開された。俺の好きなキャラのメルリが活躍する回で、すごく楽しみにしていたのにいけなかった。蓮も練習に付き合ってくれたけど、本当に練習だけ。癒しも何にもない。ベース三昧。
俺はたった二ヶ月なのに、病みそうだった。
ついにライブ当日。ライブは蓮の大学のイベントステージで行われる。同じく大学内のバンドが五組くらい出演するらしい。会場の観客席もたぶん同じ大学の学生達で賑わっている。
俺はとんでもないアウェー感に襲われていた。
しかも連日の深夜までの自主練習で、満身創痍。早く終わらせて解放されたかった。俺は心に決めていた。これが終わったら、辞めるって言おうと。
順番が来てステージの上に立った俺は、ベースの太い弦を思いっきり弾いた。ステージ上に響く低音は、身体の芯を痺れさせた。会場の歓声と共に曲の進行に合わせてリズムをコントロールすると、ギターとボーカルを支えている実感生まれてくる。
俺の演奏で蓮が歌っている。その高揚感…!
蓮はステージ上から見ても、輝いていた。その蓮が、俺の音で歌っている。
もっと一緒に、演奏したい。俺の演奏に合わせてギターを弾いて歌ってほしい。
そしてそれを、一番近くで見たい。
蓮がどう感じたかは分からなかったが、演奏が終わると興奮した蓮が俺に抱きついてきた。
「圭吾!めちゃくちゃ良かった!やっぱ圭吾は才能ある!!」
蓮は今までにないくらい、目が霞むくらいに俺に微笑んだ。俺は蓮に微笑まれると、ノート言えない病を患ってる。あれだけ辞めるって決めていたのに、それを簡単に覆した。
俺たちはライブの興奮状態のまま、蓮の家に帰って激しく抱き合った。
それ以降、ライブが跳ねると蓮に抱かれるのが俺たちの暗黙のルールになった。
初ライブ終了後、俺は蓮のバンドに正式に加入することになった。バンド名はまだ仮、の状態だったが、俺の加入に合わせて改めて「
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