第31話 急激な変化に戸惑ったな。

 九頭くず先輩を警察署に連行した。

 先輩は目覚めると署内でも大暴れして、自分は悪くないとか私が悪いとか大声を張り上げて刑事さんの腕などに嚙みついて、大勢の刑事さん達から取り押さえられた。

 じゅん君は刑事さん達が先輩を取り押さえると同時に呆れながら問いかけた。


「偏愛は度を超すととんでもないな、先輩?」

「な、何よ。アンタは関係ないでしょ!」

「俺の彼女を殺そうとしたんだ、関係あるよ」

「彼女? 嘘よ! この子の彼は義兄で!」


 義兄? そんなはずはないのだけど?

 義兄の彼女は妃菜ひな先輩だしね。

 そこは今も昔も変わっていないのだけど?

 なんで私が義兄と付き合う事になるのか?

 私も先生も理解不能を示してしまった。

 それは巡君とて同じであり、


「は? 誰からそんな事を聞いたんだ?」


 呆れのまま吹き込んだ者の名を問いかけた。


「私の従弟から聞いたに決まってるでしょ!」

「は? 俺はアンタの従弟なんて知らないぞ」

「知っているはずよ!」

「関係すら知らない。誰の事を言っている?」


 親戚関係を知る方法なんて本人が言わない限り分かるはずもない。私と先輩達が親戚である事だって本人達と母さんの口から聞いて分かった事だから。それを知っているはずなんて思い込みが激しすぎるよね、このヤンデレ先輩も。

 すると驚いた表情になり、


「ご、五味ごみ葛生くずおよ! アンタ達と色々あったばかりでしょうが!」


 主犯の名前を自ら語ったのだった。

 巡君は呆気にとられてしまった。


「アイツかぁ・・・横領だけでは飽き足らず、親の示談で済んだのに、またもや罪を重ねるか」

「「「横領?」」」

「ああ、こちらの話です」


 刑事さん達も何の事だって顔してるね。

 裏に別の犯罪者が居るとは思えないよね。

 それを聞いた先生も愕然とし頭を抱えた。


「停学中の分際で? 処分が甘かったわね」

「これって退学コース待った無しでは?」

「そうなるわね。有り得ない嘘を吹き込んで、従姉までも利用して殺させるなんて相当だわ」


 彼に与えられた停学処分は執行猶予と同じだから、学校に不利になる事案を起こした場合、当初の想定通り退学の対象となるようだ。


「彼の親御さんも思い込みが激しかったけど、彼女を見るに、血の成せる業でもあるのね」

「ところで先輩って責任能力ありますかね?」

「状態が状態なら病院送りでしょうね」


 一方、巡君と九頭先輩の口論は続いており、


「だから私は悪くない!」

「ナイフをホテルに持ち込んで、めぐみ相手に殺すと発した時点でアウトだよ!」

「アウトじゃないわ! その子が悪いのよ!」

「は? どう、悪いんだよ?」

「義妹として一緒に居たからよ!」

「義妹の件は最近知った事だぞ? それ?」

「最近であろうが私には関係ないわ!」

「お前な、はぁ〜。自分勝手が過ぎるだろ?」

「お前なんて言わないで!」

「そんなだからひびきさんに嫌われるんだよ! このストーカー女!」

「嫌われてないわ! 私は愛されているの!」

「んなアホな」


 聞いていて気分の悪くなる持論だった。

 刑事さん達は取り調べ室でもない場所で口論が繰り広げられているから途方に暮れていた。

 巡君は首を横に振りつつ反対を向いた。


「馬鹿馬鹿しいから後はお任せします」

「後はお任せって何よ!?」

「本職に任せるだけだよ。お前は偏愛が過ぎるストーカーでしかない。最近まで身内だった赤の他人に殺意を燃やした犯罪者予備軍だ。そんな奴を裁くのは俺ではないってだけだ」

「私は犯罪者予備軍ではないわ!」

「そう思っているのはお前だけだ」


 巡君はそう吐き捨てて「すみません」と刑事さん達に頭を下げた。

 取り調べ室に連れていかれる九頭先輩は大声で巡君を呼び止める。


「待って! 待ちなさいよ!」


 すると巡君は思い出しつつ振り返り、


「そうそう。今度、俺の彼女に手出ししたら、ぜってぇ許さないからな? 覚悟しておけ!」


 私からは見えない不可解な表情で威圧した。


「ひぃ!」


 刑事さん達も威圧を受けて身体が固まった。

 巡君は私と先生に向き直り困り顔になった。

 多分、先生が笑顔になっていたからかな?


上坂かみさかさんも愛されていますね」

「先生、私、上野うえのですけど?」

「そういえばそうだったわね」


 先生は五味葛生が裏で九頭先輩を誘導していたと校長先生に報告を入れていた。

 追加でタクシーも呼び出す先生だった。


「残った先生方と緊急職員会議するそうよ」

「停学者が言葉巧みに誘導したからですか?」

「一歩間違えば我が校だけの問題ではなくなるからね。今回は他校も関係しているし」


 ホテルで暴れて私以外にも手を出していたらと思うと、学校の評価と共に様々な問題が噴出してしまっていただろう。私に振られただけでここまでの騒ぎを起こそうとする五味君。

 彼の心には人の良心はあるのだろうか?

 巡君は私を優しく抱き寄せ先生と語り合う。


「自分を停学に追い込んだ生徒会すらも憎んでいるのかもしれませんね。行事を潰すために送り込んだとするなら、自分勝手が過ぎますが」

「停学は自業自得なんだけどね。あれだけは」


 自業自得でも他者を悪者にしたがる質と。

 元々は生徒会メールの私的利用だった。

 そこから生徒会費の横領が発覚した。

 全ては私を追い詰めるためだけに行った事。


「更迭と親御さんとの示談で済んだ話が別件の火種となるって、頭の痛い話だわ」

「「お疲れさまです」」

「今日は一杯飲もうかしら?」


 先生も飲みたくなる気分なのね。

 私と同室だから困り顔だけど。

 すると巡君が、


「それでしたら近くに良いスーパー銭湯がありますよ?」


 ある種の癒しを先生に提案していた。


「そうなの? あとで教えて貰える?」

「ええ、構いませんよ」


 これは従兄さんから聞いていた話かな?

 巡君の育った地元は隣街とか言っていたし。


「他の先生方と行ってもいいかもね」

「先生方の交流としてもアリなんじゃないですかね? 消灯時間前にでも」

「そうね。提案してみましょうか」


 先生方もお疲れが見えるみたいだしね。

 何はともあれ、タクシーが到着して揃ってホテルに戻るとフロント前で会長が待っていた。

 会長は心配そうに私に駆け寄った。


「恵ちゃん、大丈夫だった?」

「大丈夫ですよ。怪我はしていませんし」

「そう。地利ちり先輩が訪れたと聞いてヒヤヒヤしたけど、無事なら何よりだわ」


 これは従姉として心配したのかな?

 先生は私の頭を撫でる会長に問いかける。


「それで勉強会は進んでる?」

「問題なく。今は副会長が大広間に居ますが」

「そう。分かったわ」


 先生はそう言うなり、真面目な顔で大広間に向かう。おそらく他の先生方にも九頭先輩と五味君の行いを伝えるつもりなのだろう。

 職員会議で決定した事とはいえ件の問題児達が過干渉してきたのは確かだからね。

 会長は私と巡君に目配せし、


「休憩まででいいから、休んでなさい。ラウンジも開いているし、お茶でも飲んできたら?」


 フロントから丸見えのラウンジに指をさして提案してきた。巡君は一瞬思案するも頷いた。


「そうですね。恵、いいか?」

「うん。いいよ」


 私としても少し休みたかったので同意した。


「じゃ、休憩後に」

「「分かりました、会長」」


 会長は大広間に向かい私達はラウンジに移動した。



 §



 五味葛生の行いには本気でイラッとした。


(恵に振られただけで、ここまでするか?)


 振られて横領して停学になった。

 それらは先生の言う通り自業自得だ。

 なのに逆恨みして従姉を利用して恵を殺させようとした。何処までいっても陰で暗躍する犯罪者予備軍と知って頭が痛くなった俺である。

 一応、九頭先輩が動かないよう威圧で警告を入れていたが五味だけは暖簾に腕押しだろう。

 先の件で俺だけでなく、生徒会にまで手を出そうとしているからな。自分は悪くない、か。


(たちまちは戻ってから、警戒するか)


 俺はラウンジで紅茶を頂きつつ、隣で紅茶を冷ます恵を眺める。


「フーフー」


 猫舌と初めて知ったかもな。

 ラーメン屋で食事が遅かった理由は熱さに弱かったからだろう。次に食べるならつけ麺か?


(横顔が可愛いな。守れて、良かったよな)


 俺は恵が殺されそうになった時、嫌だと、心の奥底から守りたいと思った。気づけば身体が自然と動いてナイフを蹴って背負い投げした。


(恋する感情も、意外とバカには出来ないな)


 夕兄ゆうにい達から気づかされてしまった恵への恋心。恋愛脳を嫌っていたが、いざその状況になると悪くないと思ってしまった。


(そうなると、偽で居続けるのは、辛い、な)


 俺は外を眺めつつ不意に、


「なぁ、恵」

「ん?」

「本気で付き合うか」

「ふぇ?」


 恵へと問いかけていた。

 口から出た思いがけない本音に戸惑った。


「えっと、本気の交際、してみるか?」


 それは恵も同じだった。


「そ、それって、どういう事?」


 問われた俺は思案しつつ呟いた。


「恵が居なくなる事が、嫌だったんだ」

「・・・」

「俺も初めての経験だから、自分の心の機微に、どう捉えていいか、分からないんだが」

「・・・」

「一緒に居たいって思いが、な。溢れてきて」

「・・・」


 凄い恥ずかしいな。好意を言葉で表すって。

 以前の告白と違って、本気だからだろうが。

 だがこれは恵の嫌がる事だから恐怖もある。


「本気で、恵が好き。なんだろうな」

「・・・」


 すると沈黙していた恵が、


「うん。いいよ」


 その一言だけを呟いた。


「え?」

「ふふっ。いいよ。付き合おう?」


 過去に見た、どの笑顔よりも、可愛かった。


「いいのか? 本気、なんだぞ?」

「うん。私も巡君が好きだし、いいよ」

「そ、そうか。そう、なのか」

「急に泣かないでよ。恥ずかしいよ?」

「あ、ああ」


 何故か心からの歓喜が湧き上がってきた。




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