第3話 本質は隠された中にある。

 放課後の謎告白を断った私は手紙を手渡してくれた友達と共にカラオケに行った。

 一応、バイトもあるが同性の友達付き合いも大事にしないと詰んでしまうからね。


「それで、今日の告白はどうだったの?」

「最悪だよ。キョドって手汗が酷くて引いた」

「うわっ。それはまた」

「酷い告白もあったものね。過去最低?」

「多分ね。あまり思い出したくないよ」


 順番待ちの間は戦果的な質問をされた。

 今日の放課後は除くが、どうあっても私が誰かと付き合うと思われている節があり、断ると毎度のように勿体ないと言われてしまうのだ。


「確か、下野くだのだったかな?」

下野げのじゃないの?」

「名字は知らないよ。名乗らず告ってきたし」

「そうなんだ」

「大変だねぇ」


 そんな他人事のように。

 実際に他人事なんだけどね。

 誰かと結ばれれば大騒ぎ。

 結ばれなければ勿体ない。

 好きで応対している訳ではないのに。


「まぁ過去最低があったなら」

「次は過去最高があるんじゃない」

「あればいいね」


 正直どうでもいい。


(人の見た目で好きとか嫌いとか)


 私も多少なりに外見を気にするが、それは清潔かどうかが気になるだけだ。手汗ぐっしょりでの告白。それでドン引きしない自信は無い。

 告白時、私の心を気遣ってくれるのであれば少しは興味も湧くけど、校内の男子達は等しく外面が好きで、行列を作って告白するだけだ。

 キモ男も外面だけ。ギリギリで告白した。

 初めて見る姿だけにストーカーかと思った。

 何処かですれ違って付き纏ってきた的な。

 だが、


(断ったら、感謝されたよね? 本当は私を好きではなかった? なら、告白する理由は?)


 不可解な事に「ありがとう」と言われた。

 過去最低ではあるのだけど、過去最低だからこそ、例えようのない疑問が浮かびあがった。


(ま、いいか。思いっきり歌って忘れよう!)



 §



 友達と別れて駅前から住宅街に向かった。

 私が勤めるバイト先は住宅街にひっそり佇む喫茶店だ。その割に料理が美味しく昼も夜もお客さんが出入りする一風変わった喫茶店だね。

 休日のモーニングとランチタイムは戦場で夜は夜で忙しい。ファミレスのバイトよりもブラックな仕事だと友達から同情された程である。

 そんなバイト先だが実は給料も良く賄いも美味しいのだ。私の学費も親から出してもらったものだが生活費は自分で稼ぐ事になっている。


(料理が作れないから学食頼りなだけだけど)


 否、作れはする。片付けが面倒なだけで。

 朝の忙しい時に弁当なんて作れないもの。

 両親も海外赴任で私一人が実家暮らしだ。


(年頃の女子が一人で暮らすのは物騒だけど)


 一応、掃除洗濯はバイト休みに纏めて行うが食事だけはバイトに依存しているのが現状だ。

 実家も同じ住宅街にあるが、中学の学区は別である。喫茶店がある学区は南中。私の実家がある学区は北中だ。進学だけは近所の進学校を選んだ。私立でも良かったが、学費の維持が出来ないとの理由で公立一本とした。


(それでも首席は取れず次席だったよね)


 新入生挨拶だけは次席なのにお願いされた。

 何でも首席が事故に遭ったと聞いたからだ。


(首席さんも退院した後に遅れて入学すると聞いたよね。授業が遅れに遅れているから単位が得られず、留年か退学しそうな気もするけど)


 バイト先に到着した私は面識の無い首席さんを思考の端に追いやって、元気よく挨拶した。


「おはようございまーす!」


 入って直ぐ、裏に回り店長を探す。

 店長は事務所に居た。厨房前を通る際に人影があったので覗き込むと真剣な表情の男の子がジャガイモの皮を剥いていた。


(え? あんな従業員、居た?)


 髪型は清潔感を印象付けるようなミディアムヘアで、光沢感のあるワックスで固めていた。

 鼻は高く眉毛は整えているのか細かった。

 目元もキリリとしていて、肌の色は男子にしては白かったが、健康的な白い肌に思えた。


(それこそ校内の男子と一線を画す姿だね)


 友達が見たら絶対に声をかけると思う。

 但し、異性の姿を重要視しない私は除く。

 肝心の手許は驚く速度でジャガイモの皮を剥いている。私でもあそこまで速く剥けないよ。

 私は店長が出てきたので、


「あ、新しいバイトです?」

「そうだ。事情があって入ったのは今日からだがな」

「そうですか。男の子、なんですね」


 戸惑いながら応じた。

 更衣室に入って制服に着替える間も何故か意識が彼に向いてしまっていた。異性としての好みではなく純粋に興味を持っただけだと思う。

 今までの私だとそこまでの気持ちにはならなかっただろう。男子というと私の容姿だけで告白してくる下半身に脳みそがある者達だから。

 着替え終えてシニヨンのほつれを確認しつつ外に出る。事務所に向かいタイムカードを押して店内に移動すると、厨房からチーズの焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。


「あっ。なんか良い匂いが・・・」

「賄いだろ。今日は忙しくなるから先に頂きなさい」

「よ、よろしいので?」

「彼の腕なら大丈夫だ。定期的に手伝ってくれていたからな」

「そうなんですか」


 店長すらも認める腕前?

 呆気にとられた私は厨房へと入った。

 すると私に気づいた彼が、


「ん? あっ」


 何故かバツの悪そうな表情に変わった。

 だが、それも一瞬で無表情となり、フライパンから賄い料理を皿に移していた。

 私はきょとんとしつつ皿に視線を移す。


「こ、これが賄い?」


 皿にあったのは店内のメニューには存在しない円形の料理だった。この香りだけで外からお客さんが誘われてきそうだよ。

 彼は私の問いを受け料理名を教えてくれた。


「余ったジャガイモで作ったガレットだ。先に食べていいぞ」

「え、ええ。ありがとうございます。えっと」

下野しものだ」

「ああ、下野君ですね。私は上坂と言います。よろしく」

「よろしく」


 無表情だがその時だけは笑顔になった。

 一瞬だけドキッとしたが、それだけだ。

 賄い料理を頂くと、カリカリしているのに中はホクホクで、チーズの塩味が美味しかった。


(美味しい。お腹に溜まるし、働けそうだよ)


 お酒が飲める年ではないが炭酸水と一緒に食べたくなったね。いくら食べても肥らない体質だからカロリーが高くとも問題なさそうだよ。


(肥らなくても胸だけは育って欲しいけど)


 お尻は母譲りなのか大きいが、胸は相変わらずのAだった。なので告白以外の悩みは胸にある私だった。店長の娘さんこと妃菜ひな先輩も私と同じ貧乳仲間で同盟を結んでいるが育成方法を模索しても見つけられないでいた。

 脱・断崖絶壁は遠い夢だよね。

 しばらくすると妃菜先輩が帰宅した。

 先輩は生徒会長でもあるから、戻りは夜営業前になってしまうのだ。タイムカードを押した先輩は匂いに釣られて厨房に顔を出した。

 先輩は腰までの長い黒髪をポニーテールに結って薄化粧で顔立ちを大人っぽく魅せている。

 元々が美人でもあるので、お客さんの中にも隠れファンが多いと、店長が嘆くほどだ。

 私が子供っぽい。先輩は大人の女性だね。

 それこそ尊敬に足る先輩である。

 すると先輩が賄いと下野君に気づく。


「あっ。じゅん君だぁ!」


 店長と同じく顔見知りなのか嬉しそうに微笑んだ。


「おはようございます、先輩」

「先輩って他人行儀ね。いつも通り妃菜さんって呼んでよね。あと、おはよう」

「学校の先輩には変わらないでしょ?」

「それもそうね。ところでクラスは何処に?」


 先輩と下野君の会話を聞いていると耳を疑う一言が飛び出した。


「一年C組でした」

「え?」


 ク、クラスメイト?

 一年C組って私のクラスだよ?

 先輩は楽しげな笑顔で私と下野君を見つめる。


「へぇ〜。めぐみちゃんと同じクラスじゃない」

「あっ」

 

 あっ? なんでそのやっちまった的な顔を?

 下野君は私の視線に気づきそっぽを向いた。

 私としても見覚えのない姿だったため首を傾げながら先輩の一言を否定するしかなかった。


「え? で、でも、居ませんでしたよ?」


 私の否定を聞いた先輩は愕然とし、


「居ませんって。まさかとは思うけど?」


 無い胸の前で腕を組み下野君を詰った。


「入院時のもっさりで行ったのね?」

「・・・」

「もっさり?」

「それも似合ってない丸眼鏡で」

「・・・」

「丸眼鏡?」


 えっと、居たような、居なかったような。

 先輩と下野君は意味深な会話を行っていた。

 それも思案する私の隣でね。

 私は入院時と聞いて、


「あ、あの? どんな格好だったんです?」

「ちょっと待ってね。入院時の写真が」


 先輩から当時の写真を見せてもらう事になった。すると下野君がそっぽを向いたまま私に念押しした。


「一応、弁解だけしておきますが、俺、恋愛には興味が無いですからね! 勘違い無きよう」

「はい?」


 念押しする理由が分からない。


「巡君はそうよね。私がどれだけアプローチしても興味無しでスルーしちゃうもの」


 分からないが当時の写真を見せてもらうと愕然とした。


「???」


 え、えっと、待って?

 す、すっごく、見覚えがあるよ。


(過去最低の告白をしてきた彼だよね?)


 あれが、下野君?

 えっと・・・別人じゃん!?

 その後、理由を問い質すと、


「「はぁ?」」

「面目ない」


 私の遅刻前にちょっとした騒ぎがあって一年の問題児共が余計な事を命じたと知った。


(別の意味で過去最低だったよ。人の嫌がる事を強引に押し付けてやらせるって何様なの?)


 先輩も殺気立ち、私もイラッとした。

 それも隠れて覗き見していたと。

 終わったあとは大声で笑っていたと。

 クズだとは思っていたけど相当だよ。


「「恋愛脳はホント、面倒!」」


 下野君も私と同じ価値観なのね。




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