第13話 殴らねェなら男じゃねェ

「おっ、いたいた。おい皆ー! 本当にいたぞアイツ~!」


 メルカのテントから、ほどよく筋肉質な青年達がぞろぞろと出て来る。

 その数、四名。

 うち、先頭を歩いてくる顔には見覚えがあった。


(この人は村長の……!? そうか。テセフの皆も、ここに来て……)


 なぜ今までその可能性を考えもしなかったのか。

 故郷のテセフ村は、オアシスでは有数の戦士の村だというのに。


 目の前の男は村長の家の次男。

 名をナムジと言う。

 歳は三つか四つ上で、自分とはあまり交流のなかった人物だ。


 イスメトからすればその程度の認識。

 だが、相手の方はどうやら違った。


「ハハッ、こいつぁ傑作だ。大事な神前試合をけがした前代未聞の腰抜け野郎が、面の皮厚くして戻って来てるなんてな!」


 青年の大声がその場に響き渡る。

 商人たちから向けられる困惑の眼差しが痛かった。


【エラい言われ様だなァ……何やらかした?】

(そ、それは……)

【ははァん? 武術大会を途中欠場……そしてそのまま雲隠れか】


 逡巡する間に、セトが心を先読みしてくる。

 いくら体を共有しているとは言え、プライバシーもへったくれもないこの状況はなんとかならないものだろうか。


【諦めな。依代の宿命だ】


 嫌な宿命である。


「なんだよその目。何か反論でもあんの?」


 セトへの嫌悪感が表情に出ていたらしい。

 ナムジは頬を歪めてイスメトを見下ろす。


「今さらオベリスクに親父の骨でも拾いに来たのか? ん? 腰抜け君」


 この青年の性質を一言で表すなら『ハイエナ』だった。

 普段は目立たず影から様子を伺っていて、相手が弱ったと見るやその食指を動かす。


 今まで一度だってまともに会話をしたことがない、イスメトの十六年の人生から見て、間違いなく部外者であったはずの青年。

 そんな男が軽々と、イスメトの最も繊細な部分に土足で踏み込んでくる。


「それともやっぱり、神器が狙いか? 親父みたいな英雄になるために」

「は……」


 問われた内容もそうだが、何よりこんな部外者に問い詰められている状況そのものへの理解が追いつかず、イスメトは固まってしまう。


 それをどう解釈したのか。

 ナムジはますます勝ち誇ったように語気を弾ませた。


「旧神様の神器が眠ってるとすりゃ、ほぼ確実にあのオベリスクだもんな。一発逆転したくて、恥も外聞もなく戻ってきたってわけだ」


 なんとなく言わんとしていることが見えてきた。

 彼はどうやら、イスメトが神器の噂を聞きつけてここにやって来たものだと思っているらしい。


「あ、ああ、いや……別にそういうわけじゃ――」

「でもやめといた方がいいな。武術大会にすらビビっちまうようなヤツ、塔のヌシに勝てっこねえから」


 ナムジはイスメトに返答など求めていなかった。


「英雄になりたいってのは分かるがなぁ? 身の程をわきまえたほうがいい。でないとお前も、親父みたいに早死にするだけだぞ?」

「……っ」


 そんなこと、ほとんど初対面のアンタに心配されるいわれはない。


「ああでも、そうか。その手があったな」


 こちらが何も言い返さないのをいいことに調子付いたか、彼はひときわた笑みを見せた。


「今すぐ英雄になりたけりゃ、無謀な戦いに挑んで死ねばいい。それならオベリスクは最適だ」

「……そんなの、英雄とは言えないと思いますけど」


 無意味な時間だ。いい加減に終わってくれないかと、イスメトは苛立った。

 その苛立ちを逆撫でするように――


「そう? でも実際、そういう英雄だっているじゃん? 例えばキミの――お父さんとか」

「――ッ!?」


 男たちはヘラヘラと笑う。

 イスメトの拳に血が滲んだ。


「無駄死にだって、言いたいのか……ッ!」

「ええ? やだな、別にそこまで言ってないけど? そう見えるよなーって話で」


 頭に血が駆け登る。

 頭痛がするほどに沸き立って、イスメトの体はとっくに臨戦態勢だ。

 だが、拳を振り上げることだけは耐えていた。


「なになに? 怒っちゃった? 一発殴ってみる? 俺、村長の息子だけど」


 彼の身分以前に、故郷のおきてでは訓練と戦場以外での乱闘は御法度ごはつと。戦士を志す者ならば特にそうだ。

 鍛えた力の使いどころは、きちんとわきまえなければならない。


『いいか、イスメト。戦士ってのはな、こう~……ドシッ! と構えるんだ。ちょっとムカついたからって相手を殴る――それは弱い者のやることだぞ。分かるか?』


 そうだ。こんな程度のことで父の教えを破る必要なんかない。

 彼らはきっと何か鬱憤を抱えているのだ。

 自分には関係の無いことだが、言うだけ言って満足してくれるなら放っておけばいい。


 こういうのには慣れてる。

 今さら傷つくプライドなんか、ない。


 僕が、我慢すれば、いいだけだ。

 僕が。


「まあ殴れないよねえ? 戦士の掟に反しちまうし? こんなことで次期村長サマを殴ったとあっちゃあ、ますます親父の顔に恥の上塗りを――」


 ――ベキィッ。


 男が言い終わらぬ間に。

 骨のきしむ音と、感触。


 気付けば右の拳が思いっきり、男の顔面へとめり込んでいた。


「へぶぉっ――!?」


 男は受け身らしい受け身も取れず、背中から地面へ派手に転がっていく。


 手にビリビリと痛みが走った。

 この手応えは、かなり重い。

 頬骨にヒビの一つや二つは入ったかもしれない。


「【戦神おれの前で、戦いに殉じた男を愚弄たァ……良い度胸だな?】」


 自分のものとは思えぬほどに低く、底冷えのする声が響く。

 殴ったのは、セトだった。

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