第18話 不和の秋①

 夏の名残もない九月半ばだった。


「あれ、キミ一人ですか?」


 案の定。その日、騒がしい学食で一人うどんを啜っていた僕にそう声を掛けてきたのは、夜桜カレンと百合野トオルの二人組だった。二人とも丁度食事を受け取り終えたところらしく、手には湯気の立つお盆は握られている。


「進藤くんと小林くんは?」

「さぁ。どこかで食べてるとは思うけど」


 反対側に首を傾げる夜桜カレンに、いつも通り淡々と返すと、彼女はぱちくりと目を丸くした。その背後では百合野トオルが、いつも冷静な顔を少し強張らせている。


 夏休み前まで何かと行動を共にしていた制服着崩しの彼こと進藤とやや小太りな小林は、休みが明けてから二人で行動することが多くなった。席は相変わらず隣と斜めだが、彼らが僕に話しかけてくることは徐々に減って、朝や帰りの挨拶もおざなりになった。昼休みに入れば僕には声も掛けず、示し合わせたように足早に教室を後にして食堂へ向かってしまう。一人残された僕は慌てて後を負うわけでもなく食堂に移動し、一人で食事を取る。このところ、そのパターンが続いていた。


 ――だからといって、それがどうというわけでもないのだが。


「じゃあカレンちゃんたちと一緒に食べるのです!」

「え?」


 何をどうすれば『じゃあ』に繋がるのか。夜桜カレンが満面の笑みと共に繰り出した唐突な提案に、僕は思わず困惑の声を零す。


「窓際の景色の良い席がいつも空いてるんですよ~こっちです」


 そう言って夜桜カレンは、早く早くと急かす。通り過ぎる百合野トオルから聞こえるのは、やはり小さな嘆息。


 一瞬の逡巡の後、僕は食べかけのきつねうどんを持って立ち上がった。夜桜カレンの先導の元、窓辺の明るい席に辿り着く。食堂は人で混み合っているというのに、その窓際の一等席――長テーブルの端の付近だけ、異様に人気がない。まるでぽっかりと人の穴が空いているかのようだった。


 毎日同じ生活を送っていれば、定位置、よく座る座席というのは自ずと決まってくる。それは教室でも食堂でも同じだ。そして多くの生徒は、彼女たちに近寄りたがらない。


 そうして生まれたのが、〈四季〉の特等席。

 そこには一人の先客がいた。


「あれっ、今日はカナデちゃん、いないのですか?」

「……なんか委員長の仕事があるとかで。とっとと食べてどっか行った」


 萩原アカネ。既に食べ終えていた彼女は小首を傾げるカレンに向かって、手元のホロディスプレイを手早く消しながら答えた。


「残念です。最近カナデちゃん忙しいので、今日こそみんなでご飯が食べられると思ったのですが」


 そう言いながら一番窓際に着席する夜桜カレンは、本当に心から残念そうな顔をしていた。その向かい側に百合野トオルが座る。


 空いているのは、夜桜カレンの隣で萩原アカネの向かい側。そこに座っていいものかと迷っていると、萩原アカネが僕を見て眉をしかめる。


「そいつも一緒なの?」

「嫌でしたか?」

「……別に」


 眼鏡の奥から僕を一瞥して、再び手元で何かを操作し始める。見えないのはディスプレイ表示モードではなく、網膜投影モードだからだろう。


「……お邪魔します」


 一応断りを入れて着席する。萩原アカネからの返事はなかった。目と手だけが忙しなく動いている。ゲームかな、と思った。でもその割には目の動きも、手の動きも緩慢だ。


「いただきますなのです」

「いただきます」


 夜桜カレンがオムライスを、百合野トオルがカレーを食べ始める。夜桜カレンのオムライスには、ケチャップでハートが描かれていた。ケチャップはセルフサービスなので、自分で描いたのだろう。


 それを横目に、僕もうどんを再び食べ始める。うどんは先程より少し冷めていた。

 夜桜カレンは百合野トオルとの話に花を咲かせながら、時折、萩原アカネや僕に話を振りながら、昼休みは刻々と過ぎていく。


「……あまり構わない方がいいと思うけど」


 ぽつりと零された萩原アカネの嘆息交じりの呟きに、聞こえないふりをする。脳裏にはつい先週の出来事が思い出されていた。

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