第6章⑦

 そして私達は、いざ、コズミックギフトランドへと入園を果たした。

 そこからは、何もかもが初めての連続だった。

 桃香ちゃんが率先して私の手を引いてくれて、生まれて初めて絶叫マシンに乗った。何が面白くてわざわざ叫ぶためにスリリングなアトラクションを選ぶのだろうと今まで不思議だったけれど、一度乗ってしまうと解る、これはハマる。男性陣が先に音を上げるのを放置して、桃香ちゃんと何度も繰り返し乗るくらいにハマってしまった。これはまずい、癖になる。

 解りやすいお化け屋敷では、その手のモノが苦手らしい蒼樹山さんが四の五の言いつつ尻込みして、さっさと笑顔で先を行く他のメンツに置いて行かれてしまい、私が彼の手を引いて先導させていただくことになった。

 よっぽど恥ずかしく悔しかったのか、蒼樹山さんはすっかり顔を赤くして、道中、私の方を見ようとしなかった。まあその方が周りのオプションを見ないで済むのでちょうどいいだろう。ちなみに私はおばけとかその辺は普通に平気である。生きている人間より怖いものなんて滅多にないことを知っているので。

 食べ歩き、なんてものも初めてだった。昼食とか夕食はどうするのだろう、お弁当って持ち込んでいいのかな、とか考えていたけれど、実行に移さなくてつくづくよかったと思う。

 山吹さんが事前に狙いどころをチェックしてくれていたおかげで、ほとんど並ぶことなくお目当てのチュロスやチキン、ソフトクリームにポテトフライ、なんていう高カロリー極まりない、けれどやたらめったらおいしい品々を食べられた。

 山吹さんに「お弁当より嬉しいですね」と伝えたところ、彼は「みどり子ちゃんのお弁当のがご褒美だろ」と当たり前のように返してくれた。モテるイケメンは褒めどころを見逃さないらしい。

 そうやって、あっという間に楽しい時間はすぎていき、気付けばもう日が沈んでいた。

 あちこちのカラフルな電飾が輝き、世界がぴかぴかきらきらと彩られていく。

 桃香ちゃんが、蒼樹山さんと山吹さんを引き連れて、夜限定の縁日の屋台へと繰り出していった。もちろん彼女は私のことも誘ってくれたけれど、そろそろ疲れていた私は休憩を申し出たのだ。桃香ちゃんは私に無理強いすることなく、朱堂さんに「みどり子のこと守ったげなさいよ」と言い残して出陣していった。

 別に朱堂さんのことも連れて行ってくれてよかったのだけれども。せっかくなのに申し訳ないな、と一緒になってベンチに座っていてくれる朱堂さんをちらりと横目でうかがう。ばちんっと音を立てて目が合った。

 あ、と思う間もなく、おずおずと言った様子で、朱堂さんは「柳さん」と口を開いた。

 

「その、今日は、楽しかったか?」

「はい、とても」

「そうか。……よかった。本当に」

 

 心の底からほっとしたように微笑む朱堂さんの顔が、イルミネーションに浮かびあがっている。どきりとしてしまうくらいに綺麗な笑顔に、しろくんのことを思い出してしまった。

 ああ、駄目だな、嫌だな、もう忘れなくちゃいけないのに。

 気付かれないように拳を握り締めながら、私はにこりと笑い返す。大丈夫、私はちゃんと笑うことができる。しろくんが、いなくても。

 

「ふふ。こんなにも楽しい思い出が作れたのも、朱堂さんのおかげですね」

「……俺は、ただ、あなたを巻き込んだだけで」

「まあそれはそうですけど。でも、いいんです。ちょうどクビになったばかりで、いい息抜きになりました」

「クビ⁉」

「あ、言ってませんでしたっけ。そうなんです、つい先日いきなりクビ宣告されちゃって、今、私、無職なんですよ……あ、パレード始まりましたね」

 

 驚きに固まっている朱堂さんから視線を外して、メインストリートへと目を向ける。

 スピーカーから聞こえてくる軽快な音楽に合わせて練り歩くのは、華やかな衣装に身を包んだキャストの皆さんだ。

 きれいだなぁ、と、ただ目の前の光景に見惚れることしかできない。

 こんなにも綺麗な光景を直接見ることができる日が来るなんて、想像したこともなかった。世界とは私が思っていたよりも綺麗なものであふれているらしい。それを今日というたった一日で幾度となく思い知らされたような気がする。

 

「――――綺麗だ」

「そうですね、パレードの時間まで粘ってよかったです」

「いや、俺が言いたいのはそっちじゃなく……な、んでもない」

 

 もにょもにょ、とそのまま朱堂さんは口ごもった。なんだなんだどうした。何か? という気持ちを込めて隣へと再び視線を向けると、彼はバッと正面を向いてしまう。そうそう、せっかくのパレードなのだから、十分堪能すべきである。

 

「桃香ちゃん達、そろそろ戻ってくるんじゃ……」

 

 ないでしょうか、と、そう続けようとした、その瞬間。

 パレードの先頭をゆっくりと進んでいた無人の小さなフロート車が、ドン! と重低音とともに爆発した。それはもうドドン‼ と。

 どう考えてもパレードの一環ではない爆発である。言葉を失う私と、反射的に身構えた朱堂さんの目の前で、パレードの中でもっとも大きい花形のフロート車から、ぎらんぎらんと閃光がまき散らされる。


 

「ふはははは! コズミックギフトランドは、おれ達カオティックジュエラーが占拠した‼」


 

 ただ綺麗なだけだったはずなのに、もはやギラギラと目にうるさくなってしまったフロート車から、耳にまでうるさい音声が、スピーカーを通して放送される。

 その声を合図に、奇声を発しながらあちこちから現れる灰色の全身タイツの集団……おそらくではなく絶対に、ストーンズを目指しているらしい、どう見ても某通販サイトで評価1程度にしかならないに違いない仕上がり具合の変態達……失礼、悪の組織のモブ構成員もどき。

 周囲を満たしていた歓声は悲鳴と怒号に変わり、一般ピーポー達は逃げ惑い、それに追いすがって追いはぎをするストーンズもどきとか、たぶん幹部を目指していると思われるド派手でチープなアレソレドレミとか。

 はい、どう見てもカオジュラではありません。どう見てもイミテーションズ、つまりはパチモンです。本当にありがとうございました。

 まだいたの……? という気持ちだが、家庭内害虫頭文字Gだって、一匹見たら十匹いると思えと言われる世の中だ。第二、第三のカオジュラのパチモンであるイミテーションズが現れても何一つ不思議はない。

 

「このやり口、カオティックジュエラーじゃない……そうか、イミテーションズか……! また現れるなんて……!」

 

 朱堂さんもこのパチモン達がカオジュラではないと早々に気付いたらしい。そりゃそうだな、この人経験者だし、何よりパチモン達のクオリティが低すぎるし。

 ええーこれどうするの? と一周回って逆に冷静になってしまい座ったままでいると、気付けば立ち上がっていた朱堂さんが、こちらを振り向いて凛々しく表情を引き締めた。

 

「柳さん、すまない、俺は……」

「あ、お構いなく。適当に逃げます」

「……あなただけを守れなくて、すまない」

 

 めちゃくちゃシリアスにその整った顔を歪めてくれるが、いやほんと気にしなくていいんで。そういうのはいいんで。求めてないんで。

 なんか前にもこういうやりとりしたな。だから求めてないって言ってるんですけど。

 

「お気をつけて。また前みたいなことにならないでくださいね?」

 

 足手まといになる前に、私はさっさと逃げよう。だから朱堂さんも、自分がすべきことを果たしてほしい。前回みたいな光景を私は見るつもりなんて毛頭ないのだ。

 私は前回の二の舞になる前にさっさと逃げますよ〰〰と、わざとお気楽な態度でひらひらと手を振ってみせると、朱堂さんは安堵したようにほっと顔を緩めて、そしてぎゅっと私の手を握ってきた。

 えっなに、と戸惑うのも束の間、その握り締められた私の手は、朱堂さんの唇へと寄せられる。

 

「あなたが無事にであるように、その、おまじないだ」

「…………ソレハドウモ」

 

 朱堂さんはジャスオダではなくジゴロかホストになるべきなのではなかろうか。

 よくもまあ素面でこんな恥ずかしい真似を……と感心していると、そんな私の視線をどう思ったのか、「あ、あなたが相手だからこういうことをするし、したいんだ!」と謎の言い訳をされた。なるほど、解らん。

 とにもかくにもかくして私は、混乱の最中でも職員としての義務を果たそうと必死に一般ピーポー達を導いているキャストさん達の声に従って、朱堂さんを残して出口へと急ぐ。

 朱堂さんのあの調子では、桃香ちゃん達と合流するのも時間の問題だろう。朱堂さん一人ならともかく、ジャスオダが四人も揃っていたら、イミテーションズなど敵ではないはずだ。

 だから何も心配はしていない。

 そう、心配して、いなかったのだけれど。

 

「――またボクらの名を騙って馬鹿な真似をしてくれている馬鹿がいるみたいだね。これだから低能な馬鹿は嫌なんだ」

「まあまあドクター、実験材料が調達できると思ってここはひとつ大目に見てさしあげまひょ。いやはやいやはや、今回はまた派手にやってくれたでござんすねぇ」

 

 阿鼻叫喚の喧騒の中、悠然とこのコズミックギフトランドのモニュメントの上にそれぞれなんかかっこよくたっているのは、元同僚達である。

 なんで? ほんとになんで? なん…………っでここにいるんだドクター・ベルンシュタイン、アキンド・アメティストゥ⁉

 そして、そんなその二人を従えて、夜闇の中に浮かび上がるように立つのは。

 

「ドクター、アキンド。一般人の安全の確保とともに、イミテーションズ達の掃討、殲滅を」

「イエス、マスター」

「お任せあれでござい」

 

 しろくん、じゃなくて、マスター・ディアマンが、そこにいる。

 今まで現場に出てきたことなんてほとんどなかったのに、どうして。

 思わず逃げるのも忘れてその場に立ち竦み、三人を見上げていると、不意にマスター・ディアマンの視線がこちらへと向けられた。でも、あ、と思う間もなく、その視線はすぐにそらされる。むしろ彼のその視線に気付いたドクターとアキンドの反応の方が顕著だった。

 

「……なんでいるのさ⁉」

「偶然とは恐ろしいでやんすねぇ」

 

 いやそれ私の台詞なんですけども⁉ 私こそなんでアンタらここにいるんですかと聞きたいところなんですが。

 えっつまり現状このコズミックギフトランドには、ジャスオダとカオジュラとイミテーションズが揃い踏みの混戦状態だっていうこと? 一般ピーポーを直接襲っているのはイミテーションズで、そんなパチモン達の対処に追われているのがジャスオダであり、カオジュラである、らしい。

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