第十八話 ヘスティリアとヴェルロイド、お披露目の夜会に出る

 ヘスティリアに言わせれば、皇帝は彼女に気を遣う必要などなかったのだということになる。


 ヘスティリアは所詮庶子なのだから。貴族の庶子は平民に預けられて、余程の事が無い限りそのままで平民のままで終わるのが普通なのだ。ヘスティリアも平民のまま一生を終える可能性はかなり高かっただろう。


 その程度の存在なのだから、もっとぞんざいに扱っても良かったのだ。ヘスティリアは面倒事を避ける為に、最初の面会の時に自分を皇族と認めないよう提案した訳だが、皇帝があれを容れていれば、ヘスティリア皇族ではないただの辺境伯夫人として、今頃それなりに社交界で楽しくやっていただろう。


 しかし、皇帝は亡き兄の隠し子を過剰に丁重に扱った。その丁重さが皇太子妃を刺激して、彼女がヘスティリアとヴェルロイドを襲わせるような事を引き起こしてしまったのである。皇太子妃は皇太子と不仲で、皇帝や皇妃との関係も微妙だった。その立場の不安定さが、自分よりも女性皇族として上位になり得るヘスティリアの存在に過剰な危機感を抱かせたのだろう。


 それでヘスティリアを襲撃させたのだが、これがヘスティリアを大きく刺激してしまった。ヘスティリアは子供の頃からオルフェウスと共に商売の旅をして暮らす中で、一つの経験則を得ていた。


 すなわち、敵を倒さねば自分がやられる。やられたらやり返し、必ず相手を徹底的に打ち倒すべきだ。自分が生き残るには敵を倒さねばならない。


 そういう信条の持ち主であるヘスティリアを襲撃してしまったのである。ヘスティリアがこれに強く反発し、皇太子妃及び帝室を「敵」認定する事態となってしまったのだ。


 通常、帝室という帝国で最も高貴で強力な存在は敵にはなり得ない。しかしながらヘスティリアは幸いなのかどうなのか、先帝の隠し子という手札を持っていた。それに加えて彼女は強力な軍事力を持つアッセーナス辺境伯の婚約者だ。


 これらを上手く扱えば、帝室という強大な敵を打倒とまではいかなくても屈服させることは可能だ、とヘスティリアは考えたのであった。


 その考えを打ち明けられた時、ヴェルロイドは呆れたものだ。あまりにも思想が過激過ぎる。同時に、嫁いできたヘスティリアに敵認定される事がなくて良かったと胸を撫で下ろしもした。


 本来であれば、ヴェルロイドは婚約者を諌め、もっと穏当な思想に彼女を導くべきだっただろう。しかしながらヴェルロイド自身も襲撃された事に腹を立てていたし、ヘスティリアと自分の身を守るためにはある程度の報復が必要である事は理解していた。彼とて何度か殺し合いの只中を潜り抜けてきた男なのである。


 そして、打算もある。かつては帝国に対抗する王国であったのに、現在では田舎領地と馬鹿にされる存在に成り果てている我が領地を再興するのはヴェルロイドの悲願だった。今更独立は考えないにしても、帝国貴族や皇族達にも一目置かれる存在に、アッセーナス辺境伯家を引き上げる。そのためにはヘスティリアの行動はヴェルロイドにとっても有益だと考えたのだ。


 そうしてヘスティリアとヴェルロイドは二人とも皇族扱いを受けることになったのだが、これは当然だが帝国の貴族界に大きな波紋を呼んだ。


 ヘスティリアの支持者はもちろん喜んだ。ぶっちゃけた事を言えば、ヘスティリアには友人がいない。それは帝都に来てから半年しか経っていないのだから無理もないだろう。なのでヘスティリアを推している派閥の貴族は、全員が自分の利益のためにヘスティリアを推しているのだ。


 皇族であり、皇太子妃の腹心であり、裕福で気前よく面倒見もよく、強烈な個性と行動力を持つヘスティリアに付いて行けば、自分にも利益のおこぼれが回ってくると思うからヘスティリアを支持しているのである。


 利害で結びついているのだから、ヘスティリアが正式に皇族と認められ、大きな権威を得るのは大歓迎である。ヘスティリアの派閥は勢い付いた。同時に、彼らはここで初めてヴェルロイドにも目を向けることになる。


 ヴェルロイドまでもが一代公爵と認められたとすれば、彼自身にも利用価値が出てくる。彼も単なる田舎の貴族ではなく、帝都の政界でそれなりの地位と発言力を持つことになるだろう。政治は男性の仕事なので、ヘスティリアに取り入ってもヴェルロイドの不興を買うような事があれば意味がない事になる。


 こうしてヴェルロイドへの注目度が上がったそのタイミングで、ヘスティリアは帝宮で行われる大夜会へ出席する事になったのである。


  ◇◇◇


 夜会というのは夜の社交を意味し、普通は舞踏会の事を意味する。


 舞踏会は軽食を食べながら男女で踊って交流を深める事を目的とした社交で、貴族の社交としては大規模かつ最も華やかなものだ。


 舞踏会にもさまざまな種類や規模のものがあるが、中でも最も大規模に行われるのが帝宮で年四回行われる大夜会である。その規模は出席者五百人に及び、帝宮にある三つの大ホールを使用して行われる壮麗なものだ。


 主催は帝室で、上位貴族はもちろんこぞって出席する。


 この大夜会で、ヘスティリアとヴェルロイドの皇族入りが発表される事になったのだ。それでヘスティリアは初めて、ヴェルロイドと共に夜会に出ることになったのだた。


 これまでヘスティリアが、ヴェルロイドと夜会に出なかったのには理由がある。


 まず夜会は、昼間の女性社交に比べると一度に集まる人数が格段に多くなる。そうすると、会いたい人間とだけ会うという事が難しくなるのだ。


 ヘスティリアとしては、社交で自分の生みの母の関係者や、あるいは他の皇族と社交を共にしたくなかったのである。現状、ヘスティリアはまだ皇族ではなく、実のところ伯爵家の養女に過ぎない彼女には、実は権威などない。この状態で生みの母親や他の皇族と社交を共にした場合、謙らなければならない場面が出てきてしまうだろう。


 そうなれば皇太子妃の威を借りて大きな態度をしているヘスティリアに従う事に疑問を覚える貴族が出てきてしまってもおかしくない。そのためにヘスティリアは社交を共にする相手を絶妙に選別していたのだ。


 しかしながら皇帝の判断により、ヘスティリアが皇族になること。婚約者のヴェルロイドも結婚後に皇族として扱われる事が確定した。こうなればもうヘスティリアもヴェルロイドも誰にも遠慮をする必要はなくなる。


 それで二人は夜会に打って出る事にしたのだった。


 そしてこの夜会において、ヘスティリアはいくつかの事を企んでいた。自分とヴェルロイドの権威を確立し、皇帝の目論見を崩し、そして皇太子夫妻の権威を下げるのが目的だった。全てが上手く行った時、ヘスティリアとヴェルロイドの行動を掣肘できる者は帝国にいなくなる事だろう。


  ◇◇◇


 大夜会の日、ヘスティリアは山吹色の上品なドレスに大きなサファイヤついたネックレスを装着して、帝宮の大広間に乗り込んだ。彼女の手を引くのは濃紺に金の刺繍が入ったスーツに身を包む、凛々しいヴェルロイドだ。二人が侍従の紹介と共に静かに会場入りすると、既に広間を埋めていた紳士淑女からワッと拍手が沸き起こった。


 皆様に優雅に手を振りながらヘスティリアは良い気分だった。彼女は平民時代にこのような華やかな世界に憧れを抱いていたのだ。侍女時代にはアンローゼの随伴で何度か夜会の様子も目にした。当時はまさか自分が貴族どころか皇族になり、主役としてシャンデリアの下を闊歩出来るとは思ってもいなかったが。


 彼女はまさに今日の夜会の主役だった。もちろん、大夜会は定期的に季節毎に開催されるものであり、特にヘスティリアのために開催が決まったものではない。しかし事前に、この夜会で二人の皇族入りの発表があると伝わっているのだから、全員の注目が二人に集まるのは当然だった。


 緑色の光り輝く髪を靡かせて、ヘスティリアは堂々と出席者の挨拶を受けて笑顔を振りまいていた、既に貫禄すら漂わせている。ただ、彼女はこれが夜会デビューであることもあり、それなりに緊張はしていたのだ。なにしろこれから人前でダンスを踊らなければならないのだし。


 その様子を、後から入場してきた皇太子と皇太子妃は憮然として見ていた。それはこの夜会の主役であるからやむを得ないのかもしれないが、出席者を見ていると、皇太子夫妻に挨拶をする時よりも、ヘスティリアとヴェルロイドに挨拶する時の方が丁寧に見えるのだ。


 皇太子は懸念を通り越して危機感を抱いていた。彼はヘスティリアが帝位を窺っていると確信していた。彼はその事について、皇太子妃を問い詰めていた。皇太子妃こそヘスティリアを調子に乗らせた元凶である。彼女がヘスティリアを庇護しなかったなら、ヘスティリアがこんなに支持される事はなかったのだ。ちなみに皇太子は、皇太子妃がヘスティリアとヴェルロイドを襲撃させ、その事でヘスティリアに弱みを握られている事は知らない。


 皇太子妃は返答を避けたが「ヘスティリアは帝位を狙っているのか?」と皇太子が聞いた瞬間、顔色が真っ白になったのだから語るに落ちるというものだ。そうであればヘスティリアを優遇した皇太子妃もグルだという事だろう。


 元々、家柄だけで決められた妃である皇太子妃の事を皇太子は愛してなどいなかったが、まさか敵に回るとまでは思っていなかった。皇太子はこれで完全に皇太子妃が信用出来なくなってしまったのである。


 皇太子妃にしてみれば、これまでも皇太子との不仲のせいで帝室の中では孤立気味であったのに、最近では皇帝にも皇妃にも冷淡な態度を取られ、皇太子は政務について相談もしてくれなくなった。孤立を深めた皇太子妃は頼り甲斐のあるヘスティリアに一層依存するようになってしまったのである。


 ヘスティリアの方も皇太子妃を見かけるとヴェルロイドと共に軽い足取りで近寄ってきて、一礼した。


「これは妃殿下。ご機嫌麗しゅう。御身に女神様の祝福がありますように」


 まず皇太子妃に挨拶をしてから、そして皇太子に笑顔で礼をする。


「殿下もご機嫌よう」


 皇太子はムッとした顔で言った。


「最初に私に挨拶をするのが筋ではないか」


 しかしヘスティリアはコロコロと笑ってこれを一蹴した。


「そこは妃殿下と私の友誼の深さ故でございます。ご容赦下さいませ」


 皇太子妃がホッとしたよう笑顔を見せるのを見て、皇太子は思わず眉の間に皺を寄せてしまう。これは、やはり皇太子妃はヘスティリア派なのだ。皇太子とヘスティリアが対立した場合、皇太子妃はヘスティリアに付くだろう。


 ヴェルロイドは皇太子にまず挨拶をした、これは彼には常識を外す理由がなかった事と、むしろ皇太子とは交流の経験があったからである。


「殿下には私からご挨拶を。御身に女神様の祝福がございますように」


 皇太子はホッとする。ヴェルロイドには自分への敵意などない。あからさまに自分を軽視するヘスティリアと違って、自分への敬意も感じられる。前回の上京時に交流を深めた相手でもある。これなら、ヴェルロイドに働き掛ける事でヘスティリアの行動を掣肘できるのではないか。そう考えたのだ。


 最後に皇帝と皇妃、そして前皇妃が入場する。皇帝と皇妃は専用口から入場するが、前皇妃は一般入口からの入場である。


 ヘスティリアとヴェルロイドは連れ立って皇帝夫妻に挨拶に行った。ここではヘスティリアも常識的に皇帝、皇妃の順に跪いて挨拶をした、そして続けて前皇妃の元に向かう。


 ヘスティリアは事更にキラキラした笑顔を浮かべた。


「前皇妃様お久しゅうございます。ご機嫌はいかがでございますか? 御身に女神様の祝福がございますように」


 これに前皇妃も笑顔を向ける。しかしそれは、あまり人の表情を読むのが得意ではないと自負するヴェルロイドにも、演劇の仮面のような顔しか見えなかった。


「ご機嫌よう。ヘスティリア。会えて嬉しいわ」


 その声を聞いてヴェルロイドの腕にはゾワっと鳥肌が浮かんだ。ゾッとするような冷たい声。ヘスティリアへの悪意を隠そうとして隠し切れないという声色だった。


 挨拶を終えて前皇妃の前から離れると、ヘスティリアは腕をさすりながら溜息を吐いた。


「くわばらくわばら。お近付きになりたくないけど、そういう訳にもいかなそうね。準備が無駄にならなくて良かったわ」


 挨拶が終わると、事前に聞いていた段取りに従ってヘスティリアとヴェルロイドはホールの中央へと出た。ダンスをするスペースだ。二人はこの夜会で最初のダンスを踊ることになっていたのだ。いきなり、全貴族注目の中で踊らなければならない、しかもヘスティリアはこれが生まれて初めての夜会でのダンスだ(ヴェルロイドは辺境伯位継承のお披露目で踊ったことがあるらしい)。


 流石に笑顔が引き攣っているヘスティリアをヴェルロイドは笑顔で抱き寄せた。


「たまにそういう可愛げのあるところを見られると嬉しいぞ。リア」


 ヘスティリアは頬を膨らませてしまう。彼女としては自分が不安になったり頼りない気分になった時に、この大きな婚約者がどれほど自分を助けてくれるか、だからつい彼には油断して自分の弱い部分を見せてしまうのだと、彼に言いたくて言いたくないような気分になるのだった。


 曲が始まって二人は踊り出す。動き出してしまえば練習の成果が出てヘスティリアは普通に踊る事ができた。元々運動は得意だし、ヴェルロイドとの息はもちろんピッタリだ。踊り終えて出席者からの万雷の拍手を浴びた訳だが、それは必ずしもお世辞や義理だけではなかっただろう。


 二人が並んで一礼すると、二人の前に皇帝と皇妃が進み出る。ヘスティリアとヴェルロイドは並んで静かに跪いた。皇帝が重々しく口を開く。


「皆も既に知っているとは思うが、ここにいるバレハルト伯爵家の娘ヘスティリアは、先帝の庶子である。この髪を見れば分かるであろうが、帝室の証の指輪も持っている。我が兄である先帝が彼女を認知していた事は明らかだ」


 皇帝の言葉に会場の貴族達はざわめいたが。今更驚きの声は聞こえてこなかった。既にヘスティリアを知らない貴族などいないからである。


「故に私はヘスティリアを皇族として認知する事にした。既にヘスティリアは見た通り、アッセーナス辺境伯の婚約者だ。よって、ヘスティリアとアッセーナス辺境伯が婚姻を結んだ際に、アッセーナス家を一代公爵として、ヘスティリアとその夫ヴェルロイドを皇族とする」


 おおーっと今度は驚きの声が上がった。これはヘスティリアというよりはヴェルロイドが異例な待遇を受けたと思われたからである。帝室の姫が某系皇族以外に嫁ぐのが初めてであるとはいえ、臣下から皇族に上る事は前代未聞だったからである。


 ただ。それほど反発は強くないようだった。皇帝はわざわざ一代公爵と言った。当代だけの公爵であると明言したのである。これであればヘスティリアとヴェルロイドの次代からは侯爵に落ちるわけだが、ヴェルロイドは既に侯爵相当の辺境伯であり、元に戻るだけだということになる。


 つまり、突然現れた皇族であり、既にヴェルロイドの婚約者であるヘスティリアの扱いに困っての、一代限りの特別扱いだと分かるのだ。それならばそれほど目くじらを立てるほどの事ではない。


 そしてこれが前例になれば、公爵家に嫁ぐのが慣例だった帝室の姫君が、今後は一代だけ公爵に上げた上で侯爵家に嫁ぐようになるかもしれない。もちろん、一代だけでも皇族になれるなら、名誉であるし実利もあるだろう。なのでこれは各侯爵家とそれに連なる貴族の家にとっても悪くない話なのだ。


 そして扱いが難しい家だったアッセーナス辺境伯家が、侯爵家となり完全に帝国貴族として取り込まれる事は歓迎される事だ。特に辺境伯領の周囲に所領を持っている貴族は、辺境伯家が帝国から離反する事を懸念していたから、これを特に歓迎したのである。


 大きな反対がないのを見てとった皇帝は頷いた。


「ヘスティリア、ヴェルロイド。これからも帝国のために力を尽くして欲しい」


 二人は深く頭を下げ、ヴェルロイドが代表して口上を発した。


「私、アッセーナス辺境伯ヴェルロイドは、帝国とそれを体現なさる皇帝陛下のために、力を尽くして働くことを女神様に誓います。我が婚約者であるヘスティリアと共に」


 こうして、ヘスティリアはこの瞬間に正式に皇族になり、ヴェルロイドは婚約者として準皇族となった。これから結婚まではヘスティリアは暫定的に皇帝の養子扱いを受ける事になった。バレハルト伯爵家との養子関係は解消されたのである。


 既に来月に結婚式の予定が組まれており、一瞬だけだがヘスティリアは皇帝の長女(皇太子よりもヘスティリアの方が一歳年上である)となったのであった。皇太子としては反対したいところであったのだが、ヴェルロイドを一代公爵にするには、ヘスティリアは帝室の姫として嫁がなければならないということで、皇帝がそう決めたのだ。


 帝国には女性にも皇位継承権が平等にあるので、今この段階でヘスティリアは立太子されている皇太子に次ぐ皇位継承権を有している事になる。皇帝はほんの一ヶ月の事だと気にも止めていないが、皇太子としてはあの何をしでかすか分からないヘスティリアに、背後に立たれているような気分になったのである。


 さて、ヘスティリアは胸を撫で下ろしていた。彼女としては、皇帝がこの宣言をするまでは邪魔が入って欲しくないところだったからである。逆に言えば、ここから先に何が起こってもヘスティリアの扱いは変更にならないし、ヴェルロイドが一代公爵になることも変わらない。何が起こっても安心である。


 そしてヘスティリアはこの夜会でこれから様々な事が起こると予想していたのであった。その最初の出来事はヘスティリアとヴェルロイドが皇帝の前から下がり、貴族達からの祝福を受けるために出席者の方へと歩き始めたところで起こった。


「ヘスティリア!」


 と女性の叫び声が聞こえたのである。


 たった今皇族に、帝室に名を連ねたヘスティリアを呼び捨てにするとは。ヘスティリアを囲む貴族達は驚いたのだが、ヘスティリアはチラッとそちらを見て予想通りの顔を見出した。


 それは少しふくよかにはなっていたが、元は大変な美人であったろうと思われる中年の女性貴族だった。髪の色は金で、言われてみれば緑掛かっているかな? くらいの色だった。背は女性にしては高い。桃色のドレスを着てヘスティリアの方に駆け寄ってくる。そして涙ながらに叫んだ。


「ヘスティリア! 私よ! 分かる?」


 分かるわけがない。初対面なのだから。しかしながらヘスティリアは事前に調べて、今日この日までは絶対に鉢合わせないように彼女を避けていたのだった。


 会えば絶対に面倒な事になるし、会ってしまえば邪険にも扱い難い関係の人物だったからだ。即ち。


「お母さんよ! 私が貴女の母親なのよ! 会いたかったわ! ヘスティリア!」


 イラスターヤ伯爵夫人ルクティリア。つまり、ヘスティリアの産みの母である。

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