帝都編

第十二話 ヘスティリア、念願の帝都に到着する

 勿論、ヘスティリアはすぐに追い付かれた。


 それは、侍女を五人も連れて貴族生活が出来るようにドレスやら宝飾品やらを積んだ馬車も含めて三台の馬車で、しかも護衛の兵士を三人も引き連れての旅だから移動速度はゆっくりになる。ヴェルロイドが騎馬で追跡隊を出したらあっという間に追い付く事は最初から分かっていた。


 しかしヘスティリアがヴェルロイド以外の人物の言うことを聞くとは思えない。なのでヴェルロイドは自ら馬を走らせてヘスティリアを追った。その日の午後には、まだアッセーナス辺境伯領内でヘスティリアに追い付いたのだった。


 馬車を止めさせ、馬車のドアを叩くとヘスティリアはしれっとした顔で降りてきた。


「なんの用ですか?」


 ヘスティリアはいつも通りの笑顔で言った。……これは怒っている。ヴェルロイドには分かった。ヘスティリアは機嫌の良い時ほど怒って見せたり屈託無く笑ったり、もしくは拗ねて見せたりする。こういう社交笑顔全開の時は本心を隠しているのだ。


 馬車の中ではケーラが頭を抱えていた。彼女はヴェルロイドが付けたヘスティリアの監視役である。恐らく止めようとしたし、ヴェルロイドやハイネスに連絡しようとしたのだろう。しかしヘスティリアに押し切られて果たせなかったのだと思われる。まぁ、仕方があるまい。ヴェルロイドは溜息を吐いた。


「なんの用か、ではあるまい。勝手な事をされては困る。帝都に行くのは半年後と決めたではないか」


 ヘスティリアは殊更にニコヤカな顔で言った。


「ええ。ですから半年後の準備のために私が先に行くのです。お屋敷の準備や結婚式の準備にはそれくらい掛かりますもの。それとも、ヴェルが既に準備を始めていて下さるのですか?」


 痛いところを突かれた。確かに、ヴェルロイドは帝都に移住すると言いながら何の準備もしていない。屋敷の準備や結婚式の準備に時間が掛かるというのも事実だ。半年後に移住してすぐに式をするなら今から準備をしなければ間に合うまい。


 ヘスティリアからは笑顔のままズズズズっともの凄い圧力が感じられた。彼女は怒っている。ヴェルロイドの、婚約者の不実に怒っているのだ。


 次のセリフは容易に予測出来た。


「結局、ヴェルには帝都に行く気など無いでのは有りませんか? 騙されました。こんなにいい加減な扱いを受けるなら、私は一度実家に帰ろうかと思います」


 その脅しにヴェルロイドは即座に陥落した。彼女を失うわけにはいかないし、ヘスティリアはやると言ったらやる女だ。ここで扱いを間違えれば、彼女は本気で実家(バレハルト伯爵家)に帰ってしまうだろう。ヴェルロイドはその瞬間、ヘスティリアの為に色々なモノを投げ捨てたのだった。


「分かった。このまま帝都に行こう」


 ヘスティリアは流石に目を丸くした。彼女としてはヴェルロイドから自分だけが行く許可を貰えるか、どうにか近日中には移住出来るようにするという確約が貰えればと考えていたのだ。しかし、凜々しい顔の銀髪の婚約者どのはヘスティリアの頬に手を伸ばすと言った。


「済まなかった。騙すつもりなどなかったが、確かに私が悪かった」


 ……謝罪までされて、流石にヘスティリアの心には罪悪感が沸き上がってきた。彼女としたって、自分が我が儘を言っている自覚はあったからだ。だが、ヴェルロイドはその事は一言も責めずに、ヘスティリアの頬や耳を撫でながら言った。


「ただ、どう考えてもこのまま帝都に永住は出来ない。半年、帝都に住んで結婚式をして、そうしたら一度領地に帰ろう。それで良いか?」


 ヴェルロイドのギリギリの妥協策だった。それだってハイネスが聞けば頭から煙を出して怒りかねない話だ。ヘスティリアにだって、それがヴェルロイドがヘスティリアのためにいろんな事を犠牲にしてくれた結果だと分かる。


 ヘスティリアは頷くしかなかった。


「仕方ないですね」


 ということで、ヘスティリアとヴェルロイドはそのまま帝都に向かう事になったのだった。


  ◇◇◇


 当たり前だが、領主夫妻が全てを投げ出して帝都に行ったら領地経営が回る訳がない。ヴェルロイドは帝都に移動しながら早馬を出してオルイールにいるハイネスと連絡を取り、善後策を協議した。ハイネスはぶち切れていたが、ヴェルロイドの行動には理解を示してくれた。


『確かにリア様のご機嫌をこれ以上損ねるのは避けるべきでしょう』


 ハイネスもヘスティリアとの付き合いは大概長いのだ。彼女の気性の激しさと行動力は良く知っている。


 ハイネスは半年間は領地に残り代官を務める事になった。ヴェルロイドにとっては側近を身辺から離す事になり痛手だが、他に役目を任せられる人材がいないのだからやむを得ない。


 ちなみにヘスティリアの方は、商人の監督の仕事はオルイールに作った商人組合に任せていて、書簡である程度指示が出せるようにはしていた。けして何もかも投げ出して来たわけではないのだ。組合では数人の信頼出来る商人と街の有力者を責任者にしてあった。特にフローラという女商人はヘスティリアと気が合い、腹心と呼べる関係になっていた。ヘスティリアはフローラを通してオルイールの情報を得られるように手配していたのである。


 帝都に移動する馬車とオルイールの間を何度も早馬が往復し、ヴェルロイドとヘスティリアはなんとか領主夫妻不在の間の体制を整えたのであった。


 こうして、オルイールを出て十五日後、ヘスティリアとヴェルロイドは帝都の城壁を潜ったのである。


「帝都よ! 帝都に帰ってきたのよ!」


 ヘスティリアは欣喜雀躍し、田舎出身の侍女たちは帝都の賑わいに呆然とし、三度目なので驚きはないヴェルロイドはやっと着いたのかとホッとした。


 帝都の人口は百万人だという。オルイールは人口が倍増して四万人だ。都市としてのレベルが違う。侍女たちが驚くのも当然である。街中に祭りでもないのに人が溢れ、騒然とし、馬車が通りを埋め尽くしている。街の建物は少なくとも三階建てで、中には五階建て六階建てのものもあり、窓には大抵花が飾られていた。帝都はオルイールに比べれば季節が一つ違うくらいの南国なので花が豊富なのである。


 一行はとりあえず貴族用の宿屋に入った。この宿屋はヴェルロイドが前回、辺境伯の位を継ぐために上京した時にも泊まった宿で馴染みがある。


 ヘスティリアは早速、帝都の表通りに飛び出しかねない勢いだったが、ヴェルロイドは彼女に釘を刺した。


「リア、ここはオルイールではないし、君は以前の君ではない。一人で遊びに出ないように」


 田舎であり街に知り合いも多いオルイールの街なら護衛を兼ねるケーラ一人を付ければ十分だし、商人の娘で貴族の侍女だった頃のヘスティリアなら一人で遊び歩いても(彼女は多少なら護身も出来る)問題はなかっただろうが。今や彼女は辺境伯夫人(予定)である。最低でも護衛を二人くらいは付けないと外出させられないだろう。


 それと、彼女の髪色の件もある。宿屋に入った時、宿の主人がヘスティリアの髪を見て硬直していたのだ。それでヴェルロイドは迂闊にも、ヘスティリアに素性の話をしていなかった事を思い出したのである。


 どうやら、貴族に関わりのある者なら、緑の髪を見れば驚く程度には、緑の髪色は皇族と結びつくものらしい。帝都の街中にももしかしたら知っている者がいるかも知れない。どこで素性がばれるかも分からないのでは、とてもヘスティリアを外出などさせられない。


 しかしヘスティリアはブーっとむくれたあと、一転してニコニコ笑いながら言った。


「じゃぁ、ヴェルも一緒に行きましょうよ。私が帝都を案内してあげる」


「なんだって?」


「ヴェルも帝都のことは知らないでしょう? それにヴェルがいれば護衛は十分じゃない」


 ……そういう問題ではないが、これを断るとヘスティリアの機嫌がたちまち急降下しそうな事を察したヴェルロイドは、ヘスティリアの提案に同意した。彼女を野放しにするよりは良いと考えたのだ。


 ヘスティリアとヴェルロイドは貴族の外出着に着替えて宿から出掛けた。もちろん、ケーラと護衛の兵士を二人付け、ヴェルロイドも念のために帯剣する。大人数だが、貴族の人間が外出するときにお供を大量に伴うのは普通の事なので、それほど目立たないとヘスティリアは言った。


 宿の主人に頼んで馬車を呼んでもらう。貴族が歩くなど論外だ。ただ、ヘスティリアとしては、平民時代に楽しく歩いたように、帝都の市場通りの賑わいを楽しむのも捨て難いのだったが。


 馬車に乗り込み(護衛の兵士には歩いてもらった)移動する。全面石畳の帝都の街路では、馬車は驚くほど揺れなかった。通りは混んでいるので移動速度はゆっくりだ。馬車の車輪の音、馬のいななき、通りを歩いたり走ったりする人々の騒めきは馬車の中にも遠慮なく飛び込んでくる。慣れないケーラなどは騒音に耳を塞いでいたが、ヘスティリアは気にする様子もない。


 やがて馬車は一軒の邸宅に入って行く。ヴェルロイドは首を傾げる。


「知り合いの家か?」


 ヘスティリアは何故か少し自慢げに言った。


「帝都で人気のレストランよ」


 小規模な邸宅が丸々貴族や上流の平民向けのレストランなのだ。軽食から本格的なディナーまでが楽しめる。


 ヴェルロイドのエスコートで馬車を降り、緩やかに弧を描く階段を登って入り口へ。過剰な装飾が施された玄関の前にはドアマンが待っていた。


「いらっしゃいませ。紹介状はお持ちでしょうか?」


 この店は、平民は貴族の紹介状がなければ入れない。前回ヘスティリアが来た時には、義理の姉のアンローゼと共に来たのでそんな事は聞かれなかった。そのため、ヘスティリアは戸惑ってしまう。


「紹介状がないと入れないの?」


「はい。申し訳ありませんがご用意いただく事になっております」


 この時、ドアマンはヘスティリアとヴェルロイドの服装や所作から、二人を富裕層の平民と考えたのだった。ヘスティリアは納得がいかない顔でドアマンを睨むが、彼もこれが職務なのでやむを得ない。ちなみに、ついでに言えばこの店は本来予約が必要である(貴族の我儘で突然やってくる場合があるので必須ではない。アンローゼは行く前にちゃんと連絡を入れて予約をしていたのだ)。


 しかしその時、ドアが内側から開いた。そしてきっちりとスーツで身を固めた初老の男性が、緊張した表情でヘスティリアの前で跪く。平民が貴族の前に跪くのは当たり前の事だがよほど畏まった場以外では省略して立礼で済ませるのが普通だ。


「し、失礼いたしました。どうぞお入りくださいませ」


 男性が跪いたのはヘスティリアの前だった。どう見ても夫婦である二人に挨拶をするのに、夫を無視して妻の方に挨拶をするのは普通ではない。


 これは、ヘスティリアの緑の髪の威力だろう。ヴェルロイドは冷や汗を掻きながらそう考えた。


 ヘスティリアは一転ご機嫌になりヴェルロイドのエスコートを受けて玄関ホールに入った。ドーム形状の天井からはいくつもシャンデリアが下がって煌々と輝いている。あまりの明るさにケーラも兵士も目が点になってしまっていた。


 ちなみに、来客台帳にヴェルロイドがサインをすると、フロントに立っていた先ほどの男性(どうやら支配人か店主のようだ)の顔が引き攣ってしまった。まさかヴェルロイドがアッセーナス辺境伯だとは思っていなかった模様だ。


 二人はディナーを希望したので、一回のカフェではなく二階に通された。繊細な彫刻に囲まれた階段を登り、紋様の施されたカーペットを踏んで廊下を進むと白い扉の個室に通された。それほど広い部屋ではないが、大きなシャンデリアが輝き、白いテーブルクロスの掛かった大きなテーブルの上には金の燭台と磁器の白い皿、グラス、そして銀色のカトラリーが並んでいた。紋様の施された壁には幾つもの油絵が架かっていた。


 ヘスティリアは心が浮き立った。この様な都会的で貴族的なものは、何もかも田舎のアッセーナス辺境伯領では諦めるしかなかった事ばかりだ。彼女はご機嫌麗しく、ヴェルロイドに椅子を引いてもらって椅子に座りケーラがドアの外に待つ給仕から受け取ったメニューを見る。食前酒には桃の果実酒を頼んだ。


 ウキウキとするヘスティリアとは対照的に、ヴェルロイドの心持ちは重くなっていった。これは、想像していたよりも不味いかもしれない。平民である宿の主人やレストランの支配人までがヘスティリアの髪色を見て顔色を変えた。どうやら、鮮やかな緑の髪色が皇族の証明であるというのは、帝都で貴族と関わる者なら誰でも知っているレベルの話であるようだ。


 ヴェルロイドの予定では、まず帝宮の皇帝陛下に接見の予約を入れて、帝都に来た挨拶をするつもりだった。これは当たり前だが最優先事項だ。次に、ヘスティリアの実家であるバレハルト伯爵家に挨拶に行かねばなるまい。


 続けてアッセーナス辺境伯領の南と西に領地を接する貴族と面会をする必要があるだろう。特に南のランディスの街を抱えるクオスタン侯爵家からは、アッセーナス辺境伯領の改革に伴う苦情が何回か来ていた。それについて直接面会して片付ける必要があるだろう。


 つまり、皇帝陛下や皇族や大貴族との面会が続くわけである。そんな相手との面会で、ヘスティリアの髪色が話題にならないなどということがあるだろうか。あるわけがない。当然話題に、問題になるだろう。


 つまり、もう引っ張れない。ヘスティリアにどうしても彼女自身の出生の秘密を、素性を明かして分かっておいてもらう必要がある。幸い、ここは個室だ。貴族の密談に使われる事もあるだろうから、他に聞こえる事もないだろう。護衛の兵士は入り口の従者控室に待たせてあるから、この場に部外者はケーラ一人。ケーラは信用出来るからいても問題ない。


 優雅な所作で前菜である兎肉のゼリー寄せにナイフを入れつつ食前酒を飲むヘスティリアを見ながら、ヴェルロイドは決意した。そして、言葉を選んで彼女に声を掛けようとした。


 その時。


 ドアがノックされる。まだ前菜が来たばかりなのに、もう次の料理が届いたのか? ヴェルロイドは少し不審に思った。ケーラがドアのところに駆け寄り、ドアを薄く開けて外を確認する。外の者と話をしているようだ。


 やがてケーラがヴェルロイドの所にやってきて言った。


「殿下、お客様、みたいです」


「お客様?」


 ヴェルロイドとヘスティリアは顔を見合わせた。当たり前だが二人とも、帝都にはほとんど知り合いなどいない。レストランの個室に入っている二人をわざわざ訪ねてくる者に心当たりなどない。


「……誰なのだ。なんと名乗っている?」


「ラフティアン様と仰るようです」


 ヘスティリアには聞き覚えがないようで首を傾げている、ヴェルロイドは……、なんとなく聞き覚えがあるような気がするが、思い出せない。しかし、聞き覚えがあるという事は知り合いかもしれない。


「分かったお通ししろ」


 ヴェルロイドが言うと、ケーラがドアに戻り、ドアを大きく開いた。


 そこにいたのは若い男性だった。濃い青に金糸の刺繍が施された豪奢なスーツを着ている。背はヴェルロイドほど高くはないが十分に長身で、引き締まった体格だった。


 非常に秀麗な顔をしていて、紺色の眼も理知的。ヴェルロイドとは違った、女性的な美男子である。ヘスティリアはほへーっと感心したのだが、ヴェルロイドの方は男性の顔など見てはいなかった。


 ヴェルロイドは若者の、頭だけを見ていた。その色が緑だったが故に。


 入ってきた男性の髪は緑色だったのだ。複雑な艶を持つ緑の髪は少し渦を巻いて輝いている。……どう見ても、ヘスティリアの髪色と同じだった。


 つまりこの男性はおそらく……。


「其方は誰だ! 誰の許しを得てその色に髪を染めている!」


 男性はヘスティリアに向けていきなり大声で叫んだ。激昂している。ヘスティリアは目を瞬いた。


「染めている?」


「そうだ! 緑色に髪を染めるなんて大罪だぞ! どこの家の者だ!」


 そうなのか。ヴェルロイドは驚いたが、緑色が皇族の色と見做されているのであれば不思議な事でもないのかもしれない。


 男性の怒鳴り声を聞いて、ヘスティリアがたちまち機嫌を損ねた。


「染めてなどいません! 失礼な!」


 彼女は既に自分の髪色が好きになっていたし、そもそも彼女は誇り高い。いきなり怒鳴り付けられて黙っていられるような性格ではないのだ。


「人に名乗らせるなら自分がまず名乗りなさい! 常識でしょう?」


 ヘスティリアが言うと、男性はむしろ驚いた表情を浮かべた。


「其方、私のことを知らぬのか?」


「知るわけないじゃありませんか」


 ヘスティリアの言葉に顔を真っ赤にして怒り始めた男性を、ヴェルロイドはもう一度改めて観察し直した。そして気が付く。見覚えがある。というか、以前に言葉を交わし、酒を酌み交わした事もある相手だった。


 男性は憤然と叫んだ。


「私は帝国皇太子、ラフティアンだ! 貴族の癖に私の顔を知らぬとはどういう了見なのだ!」


 そう、前回帝都に来た時に、ヴェルロイドは彼と会っている、酒席を共にして結構意気投合したものだ。


「皇太子?」


 流石にヘスティリアが唖然とする。ヴェルロイドは慌てて立ち上がって、皇太子の前に跪いた。


「皇太子殿下。ご機嫌麗しゅう。まさかこんなところでお会い出来るとは思いませぬで、ご挨拶が遅れました事をお許し下さい」


 皇太子は怒りを隠さない表情でヴェルロイドを睨む。


「ヴェルロイド! なんだこの女は! 窓から緑の髪が見えたので確認したら、其方の妻だと言うではないか! なんで皇族が其方の妻になっているのだ?」


 皇太子の叫びにヘスティリアがキョトンとする。


「へ? 私は皇族ではありませんよ?」


「ならその緑の髪はなんだ! 女神の恩寵の証明である緑の髪を持つのは皇族だけなのだぞ!」


「は?」


 ヘスティリアはあまりの言葉に思考が停止してしまう。ヴェルロイドは頭を抱えた。まさかこんな形でヘスティリアが自分の血筋を知ることになるとは。


「殿下、その話は……」


「ヴェルロイド! どういう事なのだ! やはり染めていたという事にでもなれば、貴様の責任も問わねばならぬぞ!」


 それは困る。ヴェルロイドは渋々言った。


「いえ、間違いなくヘスティリアの髪色は地毛です。つまり、その、間違いなく皇族の血を引いているのは間違いありません。間違いなく」


 それを聞いてヘスティリアの目付きが鋭くなった。


「ヴェル! 貴方、知っていたの!」


「ヴェルロイド! どういう事なのだ! 私はこんな女が皇族だとは知らんぞ! どこの誰なのだ!」


「ヴェル! どういう事なの! 説明して!」


「ヴェルロイド! 私の質問に答えよ! 何を隠しておるのだ!」


「ちょっと! ヴェルは今私と話をしているのよ!」


「控えんか馬鹿者! この怪しい奴め!」


「控えてなんている場合じゃないでしょう! こっちは忙しいのよ!」


「なんだと!」


「何よ!」


 ガルルルルっと睨み合う皇太子と婚約者の前で、どうにも収拾が付けられるとは思えないヴェルロイドは、現実逃避のために思わず立て続けにワインをガブガブと三杯も煽ったのだった。

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