第25話 教訓。普通のブラで登山しちゃダメ。


「む、胸が痛い……」


 どんどん歩いていくと気づいたのが胸の揺れがひどくて痛んできたのだ。

 体育の時にはスポーツ用のブラをつけるけど、今日は面倒くさがって普通のブラで来てしまった。

 きっとそれが原因だ。

 迂闊、迂闊である。

 うぅうう、胸の付け根がずきずき痛む。どうしたもんだこれ。


「ねね子さん、大丈夫ですか? 呼吸が苦しいんですか?」


 私が苦しそうにしていると、那由が心配してやってくる。

 彼女ぐらい華奢ならあんまり心配しないでいいんだろうなぁ。羨ましい。


「いや、胸がちょっとね……」


 とはいえ、乳揺れで苦しんでるなんて言うのもちょっと気が引ける。

 私にもそれなりに羞恥心というものがあるのだ。


「わかったぞ! ねね子くん、ひょっとして君は胸が痛むんじゃないか? うふふ、今日のボディラインからして普通のブラをつけてると見た!」


 私の苦悩を関ケ原先輩は一発で見抜いてしまう。

 相当、いい目をしているらしい。流石アスリートだ。


「こういう時にはスポブラじゃなくっちゃ!」


「わぁお」


 おまけに今自分がしているスポブラをその場で見せてくれる。

 がっちりホールドしてくれる系の、かっこいいスポブラだった。

 他の登山客がいるにもかかわらず、ばばんである。この人、本当に恥じらいがないな。

 

 って、あんた、そこのお兄さんが見てるよ!?

 あっちの小学生も凍り付いてるよ!? 

 割れた腹筋に紺色のスポブラ。

 変な性癖が開花しなきゃいいけど。


「別に減るもんじゃないし、いいだろう?」


 関ケ原先輩には羞恥心なるものは残っていないのだろう。

 自分の体に絶対の自信があるからなのだろうか。

 それはそれで、羨ましく……ないな。


「うーん、さすがにブラの替えはもってないなぁ」


「いや、持っててもサイズがないやん……」


「えっちなカップだからしょうがないよなぁ」


 三人は私の問題を解決してくれようとするも、肝心のブラがない以上はどうしようもない。

 しょうがないので、今日は胸を抑えて我慢して、次回の教訓にするしかない。


「ふふふ、僕に任せてくれたまえ! そんな時にはこれを使うんだよ!」


「そ、それは!」


 先輩の手に握られていたのは包帯だった。

 いわく、これで上乳をホールドすれば揺れがだいぶ少なくなるのだという。

 運動経験のある先輩ならではのアドバイスである。


「ぐふふ、じゃあ、僕がねね子君に手当てをしてあげようじゃないか! 素人には難しいからねっ!」


「目が怖いですよ、先輩!?」


「そうですよっ! 私が手伝う! 幼馴染として!」


「あんた、バカ? こういうのは手先の器用さが物を言うのよ!」


「ちょっと、待て! みんな、目が怖いんだけど!」


 三人は私のホールド大作戦をどうしても手伝うという。

 登山道の片隅で人の胸を指してわめく女子高生三人。

 周囲の登山客の目が痛いのは言うまでもない。


「じゃ、じゃあ、ちょっとだけだからね? 仕上げだけ手伝ってくれる?」


 もっとも私としても包帯でブラをするのはよくわからないため、手伝ってもらった方が嬉しい。

 別に女子同士だし、下着姿を見せるのはそこまでの抵抗はないのだ。体育の着替えだって普通にやってるしさ。

 私たちは人気のないところ、結局はトイレに移動することになった。

 人気もないので多目的トイレを使わせてもらいます。


「えーと、こんな感じでいいの?」


 包帯をある程度ぐるぐる巻きにする私。

 当然、三人は私の胸をある程度は見るわけで。


「……お前、大きくなりすぎてないか? あれ、こんなところにほくろあったっけ? ん、あれ、なんだこれ」


「香菜、鼻血、鼻血!」


 香菜は鼻血を流し、


「ねね子さんっ、ちょっとぐらい分けてくれない! これっ!」


「うわぁっ!?」


 那由は怖い顔で胸に飛びつき、 


「これが夢にまで見たものか……。今夜のおかずは君に決めたっ!」


「おかず?」


 関ケ原先輩はなぜか夕食の話をし始める。

 まったくもって、変人だと思う。三人とも。


「揺れがましになった! 関ケ原先輩、ありがとうございます!」


 私の支払った代償のおかげというべきか、その後の胸はすこぶる快調だった。

 試しにその状態で小走りしてみるも、乳揺れがだいぶ減ったのだ。

 これならムリなく登山できそう。

 よっし、残り30分ほど、頑張るぞっ!





「やった! やった! お蕎麦についたぁああ!」


 1時間後、私たちは頂上に到着した。

 足はふらふら、膝はがくがくで、ついでに目もしばしばする。

 ダメだ、私は16歳になってないのに年老いた。

 このまま家に帰って寝よう、おばあちゃんの試練なんかもう忘れた。

 そんな風に後ろ向きになりそうな私の心を励ましてくれたのが、頂上で食べるお蕎麦なのであった。

 絶対に食べる、死んでも食べる、そんな気持ちで食らいついたのだ。

 じゃなきゃ山なんか絶対に登らないよ。


「お嬢様がた、お疲れ様でした。食事処は確保してありますので」


 燈子さんは私たちを待っていて、すぐさまお蕎麦屋さんに案内してくれる。

 こういう時のアテンド力にはただただ脱帽だ。

 この人を計画に巻き込んでよかったと思う、本当に。

 お客のおばあさんに「お嬢ちゃんはかわいいわねぇ」と言われて、むすーっとしてたのは玉に瑕だけど。


「ずずず、それでね、しゅぱぁっ、やっぱり思ったんだけど、ずずーっ、登山ってつらすぎるのではないかずずーっ、お蕎麦さいこう」


「ねね子、食べながら話さないの」


 高尾山のお蕎麦は美味しかった。

 名物のとろろそばはだしも聞いていて、何杯でも食べられる味。

 実際、私は3杯食べて、香菜に無言で止められた。


「でね、はぐはぐ、登山ってやっぱり大変で、お団子、さいこーっ!」

 

 次の名物はお団子である。

 むちむちのみたらし団子やその場で焙ってくれる焼き団子、とにかく、最高である。

 世界で初めてくるみ味噌だれを団子にかけた人は天才だと思う、まじで。


「ねね子さん、神社に行きましょう! こちらの神様、金運上昇間違いないって書いてありますよ! 私、御朱印もらうのが趣味なんです!」


 私と同じぐらいに張り切っているのが那由である。

 彼女の狙いは神社の御利益だったらしい。

 私は正直、神より団子の人間ではあるけど、小腹も満たされたし、同行することにした。


 えへへ、私、結構、いい感じで登山できてるんじゃない?

 富士山も案外、楽勝で登れるんじゃない?


 とまぁ、そんなこんなで私は登山の苦しさを、登山の楽しさで上書きすることに成功するのだった。

 

 私はこの時、食欲に流されたことを後悔することになる。

 富士登山の過酷さは高尾山の比ではなかったのだ。



【お嬢さまの体重】


 変わらず!


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