火力信者の英雄譚~火力を信じて勇者目指してみます~

葛葉壱一

プロローグ:火力信者、現実を知る


 勇者になろうと思っていた。


 特別な理由はない。ただ、そこそこ豊かな街で生まれて、同年代の子供たちより体がやけに頑丈だった。

 子供って言うのは単純で、身体能力が高ければ持て囃されるし、リーダーとして担がれる。

 この世界は街から一歩出て森にまで行けば危険な獣や魔獣が出るから、将来有望だと更に大人からも更に持ち上げられる。


 そうなれば必然、純粋なガキな俺は思うわけだ。


 ああ、じゃあ俺が世界救ってやるか~、と。



 

 両親に夢を話したら冗談半分、本気半分に受け取られた。

 まだモノを覚えていく盛りの子供の戯言だと一蹴されないだけよしとしよう。

 

 母に関してはやめてくれと言いたげな目をしていたが、この世界は動ける奴が動かなければ平穏は守れない。

 そんなことは当時5つの俺ですらわかっているから、母は強く俺を止めることはしなかった。精々私より先に命を落とすなと釘を刺す程度だ。勿論死にたくはないので強く頷いておいた。

 とはいえ、それを守るのは簡単なことではない。 

 魔獣は簡単に人の生活を脅かす。こっちがどれだけ用意周到に準備をして、装備を整えて、屈強な男たちが向かって行っても全員帰ってこないことなんて当たり前。


 だけど、だから誰かがやらなければいけない。

 まだ戦場に行ったこともない小さなガキの戯言だ。しかし、俺の中で妙な使命感だけは煌々と燃えていた。

 父はしばらく様子を見ていたようだけど、大人たちの見様見真似で鍛錬を繰り返していた俺を見て、ようやく腰をあげて稽古をつけてくれるようになった。

 本業農家のくせして、いや、農家として普段から農具を振るっているからだろうか、父の鍛錬はやたらきつく、厳しい。紙に書かれた鍛錬の項目を見た時は流石に顔がひきつったものだ。



 それからは毎日のように走り込んで、体力を作って、成長の邪魔にならない程度に筋力をつけていく。

 父に挑みかかっては返り討ちにあって、一本取れるようになったのは半年後のこと。

 一本取ったことで認めてもらえたのか、大人の専業冒険者たちが街に入ろうとする獣退治をするところを見学させてもらえるようになった。

 

 見て学んで、鍛錬で試す。その繰り返し。休むことなど一度たりともなかった。

 大人になった時、すぐに役目を果たせるように。

 俺が世界を救えるように。





 まあ、当然身体の出来上がっていない子供がそんな生活をすれば小さな俺の体はボロボロ。

 生傷だらけの見るに堪えない姿になるわけだが、妙な縁があってか傷はそれほど長引くことはなかった。



「むりしすぎだよ……しんじゃうよ……」



 泣きべそをかきながら大の字で倒れる俺の身体に手から放つ淡い青色の光をあててくるのは、俺が引き連れていた子供の中の一人、長い青毛に琥珀色の瞳が特徴の……確か酒場の一人娘だ。

 いつからかは覚えていないが、俺がやんちゃをするときに集う悪ガキ共の中にいて、常に後ろにくっついてきていた。

 ついてくるだけなので俺も特に気にせず、鍛錬中にも好きに見学させていたのだが……。

 そんなおどおど娘がこうして治癒を――魔術を使えるとは驚きだ。

 渋々ながら母が教えてくれたことを思い出す。

 確か魔術は、この世界に流れる見えない粒子、【スティリア】なるものを体に取りこみ、術として行使することを言う。

 この世界に生きる人なら皆スティリアを体に取り込んで生活していると母は言っていたが、俺は未だにこのスティリアというものを感知できずにいた。


 剣と魔法の才があれば冒険者として胸を張れる……と、父と母は言っていた気がする。

 それなのに未だに魔術のとっかかりすら掴めていないことに、俺は内心結構焦っていた。

 故にこうしてこともなげに魔術をやってのける存在が近くにいるのは非常に都合が良かった。

 迷うことなく、頭を下げることを決める。


「…………なあ、それのやり方俺に教えてくれよ」

「えぇっ? ま、魔術のこと? でもわたしも……わかんないことだらけで……」

「わかるとこまででいーからさ! な、頼むよっ! なっ!」

「ぇう……わ、わかったよぅ……その……まだなおしてるからうごいちゃだめ…………」


 こうして、はっきりと幼馴染と言える関係に少女となったのは6歳の冬を迎えた時のこと。

 この子も――ユーメルファと言うらしい。改めて名前聞いたら覚えてないの!? とショックを受けていた。すまん――冒険者になりたいらしく、俺は魔術を教わる代わりに、剣について教えることとなった。

 7歳の年明けからは、剣と魔法の才能を二人で磨き続ける日々が始まっていく。


 ユーメルファ……長いからユメと呼ぶことにした少女は魔術の素養があるようだった。

 俺がなんもわからんからそう見えるだけなのかとも思ったが、ある日我が家の農園の直ぐ側に落石したでかい岩をなんなく浮かせてポイとどかしたときは、目を剥き開いた口が塞がらなかったものだ。あと、言い訳するのに苦労した。

 炎を生み出すことも、水を生み出すことも、岩を生み出すこともホイホイやってのける姿を天才といわずしてなんとするか。


 しかし魔術の才があるかといって、すべてが万能になるわけではないらしい。


 ユメは絶望的に……絶望的に教える才能はなかった。

 感覚でやっていると言うか、説明する単語が全て独特だったのだ。


 岩を持ちあげたときは『ぴゅいっとやったよ』。治癒魔術は『なおれ~ってやってる』。

 これでわかった? なんてキラキラした顔で見てくるものだから性質が悪い。わかるかそんなもん。


 こちらは父と冒険者の先輩たちから学んだ剣の振り方から足の捌き方まで丁寧に教えてやってると言うのに、あまりにも俺の益が少なすぎる。ちょっと可愛いからって許されると思うなよ。

 と、内心穏やかではない俺はどうにかスティリアの感知の仕方だけは引き出した。

 なるほど集中している時にたまに身体の奥がムズムズした時があったが、あれがスティリアを取り込んでいる感覚らしい。


 ムズムズにだけ集中していると、身体の中に血が流れるものとは別の何かが流れているのを感じた。

 目をつむり、更に集中の精度を上げて流れるそれを掌に集めてみる。

 恐る恐る目を開けてみると、そこには小さな光の玉がぽわぽわと浮いていた。

 

 魔術、成功だ。喜ぼうとガッツポーズしようとしたらユメにタックルされて頭を打った。


 俺より先に泣きながらはしゃぐんじゃない。喜び所を失っただろうが。





「んん? いや、お前は勇者にはなれんぞ?」



 その日の夕方、飯時に放った父の言葉は思考を真っ白に染めるには十分すぎた。

 ……魔術を覚えて一通りはしゃぎ倒して興奮した頭へ冷や水がぶっかけられ、急速に血の気が引いていく。

 何故、どうしてとかろうじて聞いてみると、どうやらそれは俺が原因ではないとのことだ。


 嗚呼ビックリした。お前才能無いよとまさか父に言われようものなら精神にヒビが入るところだった。


 もっと詳しく聞くと、この世界において勇者というのは誰かがなるものではなく、既に誰がなるか決まっているらしい。

 遠い昔より、代々秘匿されてきた血筋から世に生まれ落ちる白銀の髪を持つ者。

 銀雪なる呼び名で語り継がれてきた勇者。まるで御伽噺の一節のような存在だ。

 というより、俺は幼い頃よく母に本でその存在を読み聞かせてもらっていたらしい。そういえば、覚えがある。勇者と竜の物語と、勇者が竜を倒す物語。確か二つあったような気がする。


 じゃあ当代の勇者はどうしているのかと聞いたら、つい最近独り立ちして旅をしていると言う噂が冒険者たちの間で広まっているとのことだった。


 伸びてきた前髪をいじる。

 母譲りの金でも、父譲りの茶色でもない、鈍色。

 銀には程遠いくすんだ色が視界に映った。


 ……あれ、これもしかして俺が世界を救わなくてもその勇者某が勝手に救うのではないだろうか?





 


 ……と、腐ることはなく、春も夏も、冬も俺は鍛錬に明け暮れた。


 勇者はなれるものではない、それはわかった。なら勇者以外になればいい。

 例えばそう、英雄とか。そんな感じの存在に。勇者以外は世界を救ってはいけないと決まったわけでもないし。

 憧れは多少形を変えたが、やるべきことは変わらない。いつも通り、家の手伝いをしつつ、身体と技と、魔術を鍛えていけばいいのだ。


 その間イベントらしいことと言えば、水が足りない時にこっそりユメに頼んで水路に水流していたらついに両親に魔術がバレてそれはもう大騒ぎになった。

 こんな小さな娘に負担のかかることさせるんじゃないと鉄拳が飛んだこと、ユメの魔術の才能は俺が考えていたものより遥かにとてつもなかったと教えられたことを除けば、いいこともそれなりにある。

 謝罪に向かった先で待ち構えていたユメの父親はそれはもう眼光鋭く俺達家族を睨みつけていたのだが、気づけばウチの家族とユメの家族が意気投合。いいお得意様ができたと帰り道に頭をワシワシと父に撫でられた時は大人ってわからんと頭を捻ったものだ。


 目標に向かって駆けていく時間は、とても濃密で、とても速く。


 8歳になった俺達は、いつしか大人たちの仕事をちょくちょく手伝うようになっていた。

 季節はうだるような暑い夏。ただでさえ高い気温の中、森の中は湿気がひどい。滴る汗をぬぐって合図をひたすら待つ。



「坊主、誘導ッ!」

「はいよー!」



 街外れの木々が生い茂る森の中を、樹木を押し倒して暴れ狂う巨大な猪――否、猪型の魔獣。

 一直線に街へと向かおうとするそれを、事前に用意していた罠を起動して誘導する。

 囮になってくれた冒険者のおっちゃんの合図で紐を切り裂けばあら不思議、落石と地面の陥没で魔獣は慌てて進路を左にとっていく。


 そしてその先には、我らの街の頼れる天才魔女っ娘様がいるというわけだ。

 場所が場所故におどおどを通り越して体が高速で震えているが、どうにか後ろに立つ術師の大人が肩を支えて補佐している。あの分なら大丈夫だろう、多分。

 だってアイツ、天才だし。



「まだだ、まだだよ嬢ちゃん……よーい……今!」

「お……おおお、落としますぅ!」



 支給されていた杖を振るって、何もない空中に巨大な水の塊を生みだし、落下させるユメ。

 突如として落ちてきた質量の暴力に魔獣が怯んだ隙に、大人連中が雄たけびを挙げて突撃していく。

 四方八方から槍や剣に串刺しにされた魔獣は、あっという間にその命を散らしていったのだった。





 とまあ、大物を仕留めた冒険者の男達はそのまま巨大化した猪を街へと運び出し終えれば、迎え入れてくれた街の人たちと共に飲めや騒げやの大騒ぎが始まる。

 猪の肉はあっという間に解体され、広場では煮物や焼き物が振るわれちょっとしたお祭りの様相だ。

 獣が魔獣と化して襲いにやってくれば、それを街総出で迎撃する。なんなら獣型ならバラして宴会の糧にする。

 そんな行事は一年に何度があることだったのだが、やはり簡易砦から見下ろして見学しているのと実際に参加するのとでは感じるものが全く違う。


 具体的に言えば……本当に疲れた。


 広場の噴水のへりを背もたれにするようにしてぐったりとする俺に、いつものようにユメが治癒をかけてくれている。

 自分も疲れているだろうに、本当に殊勝なことだ。

 もう大丈夫だと言っても聞かないし、ここは大人しく治されるとしよう。

 観念して身を投げ出すと、ユメはそのまま俺の頭を膝の上にもっていった。

 いやここ広場、と抵抗しようにも治癒されていると心地よさでつい脱力してしまう。

 まあいいかと完全に抵抗をやめれば、頭の上からクスクスと笑い声が聞こえてきた。


「…………うん、ゆっくり寝てて。私がしたくてやってるだけだから」


 なんだろう、最近ユメの雰囲気が変わってきた気がする。

 気のせいだろうか。






 お祭り騒ぎも終わりを迎え――るはずもなく、大人たちは二次会だと広場のすぐそばにある、街一番の大衆酒場を貸し切って再び騒ぎ出す。

 バカ騒ぎに加わっている父を連れ帰ってこいと母から仰せつかった俺は、当然屈強な男たちの群れを見て酒場の入口に座って途方にくれていた。


 さて、どうしたものか……。喧騒は壁一枚隔てたこちらにまで響いてくる。あんな騒ぎの中父のみを引っ張り出してくることの大変さを考えると、大きなため息が漏れ出た。


「……? そんなところで何やってるの?」


 聞き馴染みのある声に視線を動かすと、空だと思われる酒樽を持っているユメがいた。

 どうしてここに、と言おうとしてそりゃいるかと思い直した。だってここはユメの両親が経営している大衆酒場だ。

 あれだけの大任を果たしたのにもう家の手伝いとは、どこまでも健気な娘っ子だことで。


「……父さん連れて帰ってこいって母さんが。でもこのどんちゃん騒ぎだからさー……どうしよっかなって」

「あはは……たしかにあの中には入りづらいよね」


 ユメが隣に座り込む。夏とはいえ冷えるから中に入った方がと言っても、ここがいいと言って動こうとしない。

 相変わらず変なところで頑固だな……と、ぼうっと空を見上げながら思っていると、ふとユメから声をかけられた。


「えっと……ほんとに将来、勇者さんになるの?」


「ん? いやー……勇者は先約がいるらしいからなー。俺はその次を……英雄くらいを目指すことにしたよ」


「え、えいゆう……なんだかすごそう」


 言葉の意味がわかってるんだろうか。えいゆう、えいゆうと繰り返すユメの声だけが耳に入ってくる。

 視界には転々と輝く星空が広がっていた。

 


「じゃ、じゃあいつか旅とか出ちゃったりするの……?」



 その言葉には勿論肯定一択だ。

 むしろ旅に出ずしてどう世界を救えと言うのか。

 眉唾で御伽噺、伝説レベルの話だが、魔獣を発生させているのは魔獣より上位の存在だという話もある。

 それを探し出して倒さない限り、この世界は一生魔獣に脅かされたままだ。


 ……星が一際強く瞬いた。


「そっか、そっかぁ……じゃ、じゃあ、私も……」


 ……星がまた瞬いた。

 強く、強く。他に光っているどの星よりも、たった一つの星が点滅している。

 というか……。


「私も――」

「――――ユメ、大人呼んで来い」

「……え?」


「はやくッ!」


 俺の叫びに驚き、弾かれたようにユメが酒場のドアをくぐっていく。

 その間、俺はずっと空から目を離せずにいた。


 足が震える。声が擦れる。喉からおかしな音が出た。

 俺はきっと、今日という一日を忘れないだろう……俺が、生きていればの話だが。



「…………幻だって、言ってくれよ」




 その日俺たちの街に、炎の星が降ってきた。

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