6.血祭り開演(ラファエラ視点)




 屋敷で梓乃たちと別れた後、ラファエラは考え得る限りの仮説を打ち立て、消去法で一つ一つ、それらを潰していった。


 そして、その果てに、とある可能性を見いだすことに成功したのである。

 それが、数十年前にガブリエラによって封じられた、とある遺物だった。


 浅川湖畔北にある記念碑公園に佇むラファエラは、携帯電話をポケットの中にしまい込んだ。


 この場所は、この街が築かれた昭和二十六年頃、街の生誕を記念して設置されたと言われている。

 更に当時の御三家主導により、記念式典も開催されたそうだ。


 そういった、言わばこの街のシンボルとも言える場所にそいつはいた。尾の生えた二本角の鬼が。


 ラファエラの眼前のそれは、紺色のスーツを着用し、衣服から覗くすべての肌が黒い鱗に覆われていた。


 瞳の色は赤く、眉間の辺りから突き出た上へ湾曲する鋭い角は、金色に光り輝いている。


 更に、全身からは邪気と神気の双方が吹き出しており、それらすべてがぐちゃぐちゃに混ざり合ってできたかのような、異質な力を周囲にまき散らしていた。


 その姿はまるで、黒真珠のようだった。


 真珠層に当たる邪気と神気の混合霊力によって、核である神霊本体が守られているかのような、あり得ない霊力反応。


 これでは、神気だけを操る神霊の攻撃など、周囲を渦巻く邪気によってすべて弾かれてしまうだろう。



「よくここにいるとおわかりになったものです、古き共よ」

「あいにく、私も長くガブリエラ様の補佐をしてはいないのでね」



 ラファエラは護衛の神霊四人に前後左右を守られるようにしながら、肩をすくめて見せる。



「愉快犯のような存在のお前が考えることなど、一つしかないからな」

「これはこれは。愉快犯とは失礼な言い方ですね。まぁ、概ね、間違ってはいませんが」



 角と同じく、鋭く伸びた四本の犬歯が大気に晒される。どうやら鬼は笑ったようだ。



「研究所を出奔したあと、東京で魂食いを行っていたはずのお前がなぜか、再びこの地へと舞い戻ってきた。あれだけ好き勝手暴れていたお前が単なる気まぐれで姿を見せるとは思えない。それはつまり、ガブリエラ様の死を直感的に理解したからだ。そうだろう? タミエルよ」



 ラファエラの眼前にいる異形の存在は、少し前まで黒い靄だったはずのタミエルだった。

 黒鬼こくきと化したタミエルは、終始笑ったまま応える。



「ふふ、当たらずとも遠からずといったところでしょうか。それで?」


「あの方が欠片だけの存在となり、お前はこう考えたはずだ。今ならほふれると。であるならば、多少の危険を冒してでも行動するのがお前という生き物だ。お前は今も昔も何も変わらない。平凡を嫌い、ただ安穏と世界が循環することをよしとしない。他者をあおり、時に騒動の輪の中に自ら入り込んでかき乱す。実にやりたい放題だ。だからお前には罰が与えられたのだ。神霊でありながら人の魂を喰らうち神討伐の任を。それなのにお前は討伐どころか、墜ち神そのものとなった」


「ふふふ、あなた方には十分、感謝していますよ。何しろ、そのおかげで私は素晴らしき良き友人たちと巡り会うことができたのですから。そう。墜ち神という至高の存在に! まさに素晴らしいの一語に尽きます。あのように気高く自由気ままに生きておられる方々が存在していたなどと、どうして今まで知り得なかったのでしょうか」



 芝居がかった口調で話すタミエル。彼は胸に手を当て、軽く天を仰いで見せた。



「私はね、ラファエラ。すぐさま行動に移しましたよ。元の肉体を破壊し、人を襲い、魂を喰らった。契約した人間の魂は喰うことができませんからねぇ。ですが――」



 黒鬼はそこまで言うと額に手を当て、大仰に頭を振る。



「日夜、人や同族、邪霊の魂を喰らっても満ち足りることはありませんでした。なぜなのか。私はすぐにぴ~ンと来ましたよ。非日常が日常となってしまったからだと。だからこそ、私は更なる甘美な刺激を追い求めて彷徨ったのです。そして、その末に、私は己が吸血種の超感覚で、とても芳しい香りを感じ取ることに成功したのです」


「ガブリエラ様の残り香か」

「左様。私はその時、またしてもぴ~ンと閃いたのですよ。そうだ、会いに行こうと。そうすれば、もっと面白いことが起こるとわかっていましたからねぇ」


天地開闢之神雷てんちかいびゃくのひかりだな。その起動コードが眠る場所が、まさしくここだ」


「そうです! かつての大戦の折り、連合艦隊の非人道的な大量殺戮兵器が京都へ投下されることを察知した上層部が、それを迎撃するために生み出した我ら神霊の秘奥兵器。当時、京都上空には霊門ゲートが出現していましたからね。もしあれが落とされていたら大惨事となっていたことでしょう。ゆえに、すべての物質を原点回帰させ、消滅させてしまう地獄の霊力砲で迎え撃ったわけです。ですが、少し考えてみてください。最強の防衛兵器は最大級の戦略兵器にも転用させられるということを!」


「まさか、お前……!」

「そうです! この力をもってすれば、逆に、かの強固な結界の張られた霊門をも破壊し尽くすことが可能となるのです!」



 恍惚こうこつとした表情を浮かべるタミエルに、ラファエラは目を見開いた。



「バカなっ。霊門れいもんを破壊するだと? まさか、お前の真の目的は……!」



 ラファエラの反応に満足したのか、タミエルはニヤッと笑う。



勿論もちろん、人間界と霊界すべての境界を壊し、世界を混乱に陥れることです」


「なんだと? そのようなことをすれば、向こう側に住まうすべての神霊や邪霊がこちら側に溢れかえってくるのだぞ? そうなれば、人間など速攻で絶滅する。わかっているのか? お前たち墜ち神は、人の魂という食料を失うことになるのだぞ?」


「構いませんよ。人がいなくなったのなら、邪霊を喰らえばいい。邪霊がいなくなったのなら、神霊を喰らえばいい。神霊がいなくなったのなら、すべてを破壊し尽くしたあげくに笑いながら死んでいけばいいだけのことです」



 終始ニヤニヤしながら言うタミエルに、ラファエラは呆然とする。



「狂っている」

「なんとでもおっしゃってください。私はね、ラファエラ。やりたいようにやれればそれでいいのですよ。何をするにも規則規則と、甚だ馬鹿馬鹿しい。何が規則だ! 魂を喰らうな? 世界の均衡を保て? 線引きと調和を重んじろだと!? 何をふざけたことを言ってやがる! そんなことをして何が楽しいというのだ。同じことが繰り返される毎日。刺激のない日常。ふざけるなよっ? 私は欲望に忠実に生きたいのだ! それなのに、すべてを自制し、無欲に生きるとか、バカなのか、お前たちは! そんな間抜けな真似、私にできるはずがないだろう! だからこそ、すべてをぶち壊してやるのだよ。華麗に、享楽のままに、生命の本質を体現するためにな! そして、それを実現させるためにも、ガブリエラ様の情報が必要なのだ」



 狂喜をにじませ、本性剥き出しに吠えるタミエル。その姿は真に鬼そのものだった。



「――封印コードと座標か」



 ラファエラは静かに呟いた。



「そうです。起動コードが封印された場所は最初からわかっていましたが、本体とコードを封印したもう一つの封印コードを知っているのはただ一人、封印した張本人であるガブリエラ様だけですからね。しかも、絶えず動き続ける霊門ゲートの現座標を計算する知識を持つのもガブリエラ様だけときた。だったら、あの方の魂を喰らう他ないでしょう? ですが、残念ながら、あの方がご存命だった頃は、私など近づいただけで消し炭にされていたでしょう。だからこそ、欠片だけの存在となった今がチャンスなのですよ」


「だが、封印コードを手に入れただけでは、神雷じんらいは動かぬぞ? あれには莫大な霊力が――」



 そこまで言って、ラファエラははっとなる。



「くく。気がついたようですね。そうです。だからこそ、私はかの兵器を稼働させるエネルギー源として、この街すべての住人から霊力を頂くことにしたのですよ!」



 そう叫んだ瞬間だった。

 街のあちこちから天を貫くように伸びていた光の柱が、突如爆発し、光の粒子をまき散らした。


 そして、ただの光の欠片となったそれが、湖周辺上空に、六つの魔方陣を浮かび上がらせる。

 更に、今度はその魔方陣から赤黒い光の柱が現出し、地上を穿つ。

 次の瞬間、そこら中から獣の咆哮ほうこうのようなものが鳴り響いた。

 タミエルは笑った。



「さぁ。いよいよ始まりますよ。文字通り、浅川市民総掛かりの血祭ちまつりがね。せいぜい私を楽しませるために、踊り狂ってください!」



 タミエルは腰を折り、



「それでは私は失礼しますよ。先程から、マイレディーが私のアジト周辺でいい匂いをプンプンさせて、誘っておいでですので」



 そう言ってきびすを返し、東の空へ跳躍していく。



「そうはさせるか!」



 ラファエラは手にした霊力銃をぶっ放すが、タミエルに届くことはなかった。



「ちっ。すぐに追いかけるぞ!」



 だが、そこへ、角の生えた真っ黒いオオカミのような獣が三体、飛びかかってくる。



「面倒な!」



 ラファエラは足止め食らって吠えるしかなかった。



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