3.復讐(梓乃視点)




「大変です。街中で邪霊憑きと思われる者たちが大挙して暴れているらしく、民間人に多数の被害者が出ているそうです」

「なんだと?」



 ラファエラが驚いて振り返る。

 それにならうかのように、一斉に室内の人間の視線がその女性に向けられた。

 そう。全員である。

 一時的に、アルマリエラから全員の視線が外れたのだ。


 それを彼女は見逃さなかった。


 アルマリエラはその隙を突いて、右掌に霊力をかき集め、一気に檻へと放出した。

 しかし、宿主と契約していない今の彼女は全力を出せず、檻を破壊できなかった。



「ちょ、ちょっとぉ! なんで壊れないのよ!」



 イライラして叫ぶアルマリエラに、呆れたようにラファエラが振り返る。



「まったく、何をしているのだ、お前は。壊れるわけがなかろう。すべてお前の状態に合わせて形成したのだからな」

「き~っ! くやしいぃ~! でも、いいもん! あたしだって、別に闇雲にやっているわけじゃないし!」



 そう叫ぶアルマリエラは、なぜか笑っていた。苦し紛れの余裕かと思われたが、そうではなかった。


 エリの身体を借りて、更に勝ち誇ったようにアルマリエラがニヤッと笑った次の瞬間、急にノイズのような耳障りな反響音が周囲に木霊こだました。


 空間が歪んでいるかのような不快な重圧感に眉根をしかめながら、その感覚に覚えのあった梓乃が、



「いけない! 結界が破られる!」



 と叫ぶが、時既に遅く、ガシャーンという破砕音と共に、窓が木っ端微塵に粉砕されていた。



「遅ればせながら、ここに参上いたしました」



 神霊対応の結界をあっさりと打ち破って侵入してきた男は、勢いそのまま、手にした光の剣を檻へと一閃する。

 光と光が激しくぶつかり合い、弾け飛ぶように、檻も剣も光の粒子となって消滅してしまった。


 あっという間の出来事だった。



「ふむ。やはり、付け焼き刃だったか。不完全な状態のアルマリエラや、中級クラスのタミエル程度ならいざ知らず、長クラス相手では、な。いやはや、想定外だったな」



 ちっとも想定外と思っていなさそうに落ち着き払っているラファエラに、梓乃は溜息を吐く。



あきれてものも言えないわね。これじゃ、結界の意味がまるでないじゃない。本気で守る気あるのかしら?」



 その問いにラファエラが答える前に、檻から解放されたアルマリエラが、侵入してきた男に怒鳴り声を上げていた。



「何やってるのよっ! ホントに遅いったらないわ! 危うく殺されるところだったんだからね!」



 アルマリエラに向かって片膝をつく、オールバックの金髪スーツ姿の中年男性へ、彼女はベッドから飛び降りながら悪態をついた。

 中年男性はそれにけろっとしている。



「そう言われましても、合図があるまで待機という話でしたが?」

「だから今、合図したんじゃない! あんたが全然助けに来てくれないから!」



 アルマリエラは愚痴をこぼしながらも、男の後ろに隠れるように移動する。

 そして、彼の背から顔だけ出すように梓乃たちを見た。



「まぁ、そういうわけだから、あたしはこの辺で失礼させてもらうわね。あんたたちはせいぜい、邪霊憑きの相手でもしていればいいわ」



 ニヤニヤする彼女に、ラファエラが一歩前に出た。



「待て。話は終わっていないぞ。お前、いったいどこへ行くつもりだ? レリエルまで引き連れて何をする気だ?」



 ラファエラは、金髪の男を睨み付ける。レリエルと呼ばれた男はラファエラへと振り返り、慇懃に腰を折った。



「お久しぶりでございます、ラファエラ様。此度こたびはお嬢が大変ご迷惑おかけいたしました」



 レリエルの発言に、アルマリエラが「誰が迷惑よ!」と叫ぶが、無視された。



「まったくだ。だからこれ以上、迷惑かけて欲しくないのだがな?」

「私もそう思うのですが、何分、お嬢はこのような性格ですので、私にはどうすることも」

「目的はなんだ? 何をする気だ?」



 そのラファエラの問いかけには、無視され憤慨していたアルマリエラが答える。



「決まってるじゃない! 復讐よ! あのクソ野郎をぶっ殺してやるのよ!」



 エリの可愛い顔で口汚く罵るアルマリエラを、ラファエラが鼻で笑う。



「今のお前に何ができると言うのだ? 自爆覚悟でならば倒せるだろうが、契約もしていない状態では本来の力の半分も出せんだろう。それとも、レリエル頼みの復讐か?」


「うるさいわねっ。このままじゃ、引っ込みがつかないのよ。あの野郎を生かしたままにしておいたら、久美ちゃんみたいな被害者が今後も出続けちゃうじゃない! だったら、今すぐにでも八つ裂きにしてやるのが、世の中のためってもんでしょっ?」


「そう思うのであれば、余計なことはせず、大人しくしていろ。奴は我々が責任持って処分する」


「処分って、あんたたちに何ができるって言うのよ? あんたはあんたでどっちかって言うと戦闘向きじゃないし、そっちの女なんか、邪操師じゃそうしじゃない。神霊相手に邪操師なんか役に立つわけないでしょ? いくら最強とうたわれてたって、戦力になんかなんないわよ。それに、あんたの部下だって雑魚の相手するだけで手一杯でしょうし」



 アルマリエラはそこまで言って馬鹿にしたように鼻で笑う。



「でも、だからといって、拠点から精鋭部隊を派遣しようにも、あっちこっちに散らばっちゃってて、集めるのに時間かかるじゃない? だけど、そんなの待ってらんないわよ。だったら、あたしがやってやるって言ってんのよ! 相棒のレリエルだって、イギリス支部の長の一人だし、あいつ一匹ぐらい余裕で倒せるってぇの!」



 そう言って、アルマリエラは一方的に話を打ち切ると、破壊された窓に近寄った。



「それじゃ、レリエル。あとよろしくね~」



 ニコッと笑って、外に飛び出していこうとする。それを見た朱里が、いち早く動いた。



「行かせない! お嬢様を、お嬢様を返してください!」



 叫びながら駆け寄ろうとするが、その行く手をレリエルが遮った。



「申し訳ございません。大変、遺憾いかんではございますが、お嬢の邪魔をさせるわけには参りません」

「どいてください!」



 朱里は直立不動の姿勢を取る男に、回し蹴りを食らわせて吹っ飛ばそうとしたが、男は流れるような動きでそれをかわすと、逆に朱里の腕を締め上げ、動きを封じてしまった。



「は、離してください!」



 ジタバタもがいて包囲を破ろうとするが、相手が悪かった。

 ただの人間であれば無理やり決め技を破って、そのまま後ろ蹴りに相手の顎を打ち砕くこともできたかもしれないが、スーツの男は神霊憑きだ。


 邪霊憑きも神霊憑きも、常人にはあり得ないほどの怪力が出せる。それを知らずに突っ込んだ時点で朱里の負けだった。



「お嬢様……お嬢様!」



 朱里はもがきながらも後ろを見る。視線の先にいるアルマリエラは、なんとも言えない顔をしながら朱里を見た。



「ごめんなさい、朱里ちゃん。こればかりはどうしようもないの。あいつを滅ぼさない限り、あたしの復讐も神霊としての務めも、何も終わらないのよ。だから、ごめんなさい。だけど、約束するわ。必ず生きて戻ってくるって。そしたら一緒に、エリちゃんを元に戻す方法を考えましょう」



 アルマリエラはそうにっこり微笑んで、窓の外に身を躍らせてしまった。



「お嬢様~!」



 悲痛な叫びを上げながら手を伸ばすが、アルマリエラが戻ってくる気配はなかった。

 朱里は半狂乱となり、梓乃を見た。



「梓乃さん! お願いです! お嬢様を……お嬢様を連れ戻してください!」



 しかし、それに梓乃は即答できなかった。

 理由は簡単だ。

 朱里を拘束しているレリエルが眼前に立ち塞がっているからだ。


 本来であれば、すぐにでもアルマリエラを追うべきだったのだろうが、それを実行に移した場合、レリエルが何をしでかすかわからない。

 結果的に、朱里は人質に取られているようなものだった。



「レリエル……だったかしら? あなた、どこかで見たことがあると思ったら、イギリスの俳優に似たような人がいた気がするけれど」

「元、ですがね。今はゆえあって、大恩あるお嬢の付き人のようなことをしております」


「そう。で、その付き人さんはそこでそんなことをしていていいのかしら? 私の目測では、あの子じゃタミエルには勝てないわよ? ひょっとしたら、あなたでもね。あの神霊、得体の知れない存在になりつつあったから」


「かもしれませんね。ですが、あなた方が追いつけないようにするのが、私の仕事ですので」

「そのせいで、大切な人が死ぬかもしれなくても?」



 梓乃は、すべてを見通すかのような、まっすぐな視線を向ける。

 レリエルはしかし、何も答えなかった。

 沈黙が支配し、時間だけが過ぎていく。

 それを破ったのラファエラだった。



「レリエル。お前が何を考えているかなど、興味はない。だが、ガブリエラ様をタミエルに喰わせるわけにはいかんのだ」



 そう前置きし、何を思ったのか、ラファエラは「行け」と、左手を動かした。

 一瞬きょとんとするレリエルだったが、朱里の拘束を解いて、後ろに跳躍する。



「ご厚意、ありがたく頂戴いたします」

「あぁ。その代わり、絶対にエリを死なせるな。たとえ、お前の命が尽きようともだ」

「心得ております」



 腰を折って畏まる中年男に、ラファエラは手をひらひらさせる。



「さっさと行け。それと、念のため、数名の部下をお前につける。くれぐれもしくじってくれるなよ?」

「御意」



 そうして、レリエルもまた、窓から姿をくらました。



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