第23話 新郎新婦の願いとデルフィニウム③

 塩崎生花店でのアルバイトを終えたすみれは、悶々とした気持ちで自宅に戻って来た。

 今日の帰り際の出来事が、頭にこびりついて離れない。

 尚美の姉と婚約者の男の人、そして竜胆との関係性。告白時の花束を塩崎が作り、そのおかげもあって付き合うことになったというのはなんてロマンチックなんだろう。すみれだって、もし好意を寄せている異性からそんな素敵な告白をされたら、絶対相手のことをもっと好きになる。付き合いが続いて結婚話が出た時に、思い出の花束を作った人がフラワーデザイナーとして活躍していると知ったら、ぜひその人に頼みたいと思う。


(ただ……塩崎店長は引き受けられないって断っちゃってたけど)


 すみれはもらったばかりのフラワースタンドをベランダに設置し、上にスミレの植木鉢を置いた。夜の風は湿気を含み、もう時期夏の訪れを感じさせる。今日は雨は降っていなかったけれど、また明日は雨だと天気予報アプリで出ていた。梅雨明けはまだしばらく先だそうだ。揺れるスミレは、もうあまり花を咲かせていないが、緑の葉が昨日より茂っている。上手く育てられていて良かったなと思った。

 塩崎は花を大切に思っている。店も大切だし、きっとあの二人のことも大事に思っている。だからこそ、引き受けなかった。意地悪で断ったのではない。「中途半端に引き受けられる案件じゃねえから」という言葉には、塩崎の思いが集約されているように聞こえた。


「切ないなぁ」


 すみれはひとつ、息をつく。

 世の中は思いもよらないことが多い。思い描いていたことと違うことが現実には平気で起こりうる。やりたいこと全部やるなんてきっと、虫の良すぎる話なのだ。

 でも、だとしても。

 塩崎にはあの二人の装花を手がけてもらいたい。

 二人の門出を祝う席を、彼の手で生み出す花によって彩ってもらいたい。


「そのために私にできることって……なんだろう」


 すみれはただのアルバイトで、花に関する知識なんて何もなくて、講義の合間に手伝いに来ているだけの存在だ。

 そんなすみれにできることは、何かあるだろうか。

 みんなが笑顔になれるように、何か自分にもできることはあるのではないだろうか。


「何かって、なんだろう」


 考えたって答えなんか出なくて、自分の無力さが嫌になる。

 もしもすみれにもっと花の知識があれば。あるいは人望があればどうにかなったのだろうか。

 たらればを自問自答したところでどうにもならないことなんてわかっている。

 ただ、塩崎生花店で働いているうちに一つ気づいたことがある。

 人間、行動しなければ何も変わらないということ。

 これまでのすみれの行動なんて、ほとんど受け身だった。

 塩崎店長に言われてアルバイトをはじめたら商店街の人と仲良くなれて、塩崎店長に言われて岡田着付け教室に花を届けにいった結果、大学で友達ができた。

 態度がぶっきらぼうで表情が変わらなくて言葉がそっけないせいで誤解されるという噂の塩崎だが、そんなのは表面的な部分に過ぎない。

 本当の塩崎は、花が好きで、人のことをよく見て考えてくれる人で、発する言葉は短くても思いがこもっている。そうでなければあんなにも商店街の人が気にかけるはずはないし、尚美の姉だって装花を頼みにわざわざ店まで来たりしない。

 湿った風を全身に浴びながら揺れるスミレを見ていたら、すみれの決心は固まった。

 すみれにできることなんてたかが知れているけれど、そのたかが知れていることすらやらないで諦めるなんて、馬鹿げている。

 だから明日、すみれは動こうと思った。

 小さな可能性だってなんだって、やらなければ結果はわからないのだから。

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