緋色の紅葉

明上 廻

彗星編

第1章

 何事にも始まりはある。

 始まりがあるのであれば、必然、終わりも存在する。

 でも、終わりを迎えたからといって、突然そこですべてが終わるわけではない。

 このお話は、終わった世界の終わりの物語だ。 


 昔、人類は崩壊を迎えた。

 原因となったのは、今から千年前、あるナノマシンが開発されたからだ。


【生命の実】


 人類の繁栄を願い、そんな名前を付けられたらしい。

 ナノマシンは体温をエネルギー源として体内循環をしながら各部位に腫瘍やウイルスといった異常部位を見つけると切除あるいは凝集して膿として対外排出をし、生活習慣病である肥満や動脈硬化などに対して、代謝の促進、筋組織の活発化を促し、老廃物を体内から排出させた。

 さらにこのナノマシンの画期的なところは、老いを克服することだった。

 老衰した細胞の代わりに各主要な体細胞に置き換わり、凝集して変態し、一つの細胞に成り代わることができる。

 これにより、人類の寿命という概念はほぼなくなったかに思われた。


 しかし、これは世界の理に反していた。

 ナノマシンのおかげで死亡者数が一気になくなった。

 結果として人口の急激な増加、人口爆発を意味していた。

 寿命の限界を超えることができても、有限である資源には限界がある。

 世界は有限で、生命の生と死を循環させることで成り立っていた。

 一方的な人口の偏りは、土地、資源、宗教、民族などのバランスを崩壊させた。

 もともと絶妙な匙加減で世界は成り立っていた。

 が、ここにきて人々の摩擦は加速した。

 最初は、小競り合いが頻発した程度だった。

 しかし、燻る火の粉は拡大し、紛争となり国家と国家のぶつかり合い―——。


 つまりは、戦争となった。


 火種は、火となり炎となった。

 戦争による黒煙は世界を覆い、数々の惨劇が起きた。

 人はどこまでも欲に忠実な生き物だ。

 自分の目的のためなら、いくらでも他のものを奪える。

 それが他人の命でも———。

 我々、人類は問われた。


 命の価値を。


 急激な人口の増加によって、一個人の価値がなくなっていた。

 一個人ができなくても代わりの一個人がごまんといる。

 代わりなんていくらでもいる。

 さらに言えば、人口が増えれば増えた分だけごみの生産が加速した。

 そして、多種多様な生物を殺しつくした。

 世界の負の連鎖が起きたのだ。

 人、一人。

 すでにゴミ程度の価値しかない。

 いや、すでにマイナスに落ちていた。

 その清算を戦争によって贖うこととなった。

 人は人によって一度目の滅びを迎えた。

 故にこの世界の戦争という暗雲は、大量の人類の血が流れることとなった。


 流れた血流に歯止めをかける必要があった。

 それから300年後にある計画が始動した。

 国際機関が先頭に立ち、あるプロジェクトを推し進めた。

 人工衛星【エデン】を打ち上げることだった。

【エデン】の役割は人類の統括だった。

 体内のナノマシン【生命の実】を経由して人の生活管理、戦争回避、人類の思想衝突回避など、さまざまな役割が供えられ、まさに希望の星だった。

 100年後、衛星の打ち上げは成功した。

 ——―正確には軌道に乗ってしまったのだ。

【エデン】は人類の情報を収集して最適な救済環境を模索した。

 その過程で、【エデン】世界基準から平等な救済方法を検討した。


 結果、【エデン】の答えは、地球に不要なとなってしまった。


 衛星は暴走という形で、人類を殲滅していった。

 特に世界各地の工場をハッキングし、宇宙にて生産された光学兵器【メサイヤ】は、地上を焦土に変えていった。

 焼ける大地。燃える木々。炭になる人々。

 世界でありふれた光景となった。


 さらに【エデン】は【生命の実】の制御を乗っ取り、特定の個人の体内にある血管上で凝集し、血栓となり脳卒中を引き起こさせる事件も発生した。

 これにより、世界は再び混迷に陥った。


 対策案として【生命の実】の廃棄が決まった。

 その後、【エデン】および【メサイヤ】は解体および凍結されたと言われているが、データや情報は一切残っていなかった。

 残った人類は人口が一気に減り500年前の4割となっていた。

 さらに戦争や殺戮兵器のせいで、大地は人が生活できないほどに荒れ果て、さらには汚染されていた。

 故に残った人類は地下に逃れることになった。

 2つの事象で人類は大きく衰退した。

 一つ目の事象で人の命を無価値と定義され、二つ目の事象で人の存在を無価値と断定された。

 しかし、どちらも人類のために行われた。

 一つ目の事象は、人類の繁栄を願ったもの。

 ―——人生を楽しめるように、悲しい別れをしないように。

 二つ目の事象は、人類の愛情を願ったもの。

 ―——戦争で大切な友人、恋人、家族が突然いなくならないように。

 決してこの結果を望んだわけではなかった。

 ただ結果は散々たるものだっただけ。

 星の歴史に許されない汚点を付けただけだ。




 人類はこれまでの崩壊の結果および外敵との遭遇を回避するため地下に生活拠点としてコロニーを建設した。

 生存していた人類は、地下へ逃れるように住むようになった。

 そうして数百年もの間、いくつものコロニーが形成され、それぞれが独立した都市構造をとるようになった。

 コロニーのもとになったのは、今から1000年前に使用されていた地下鉄線を利用して作製されたと言われている。

 その中でもコロニー3は、古くから現存する大きな都市である。




 昔、私は気になっていたことがあった。

 私には、お母さんとお父さんがいる。

 ———この呼び方は正確ではない。

 拾い子である私が、二人をこんな風に呼ぶことは間違っている。

 でも、二人との生活は温かくてむず痒くてそれでいて尊いものだった。

 2年という月日をかけて恥ずかし気に『お母さん』と呼んだ。

 その期間で、疑問に思ったことがあった。

 お父さんは、地上地区に住んでいたのにお母さんと接触する機会なんてなかったはずだ。それなのに、どうして恋人になったのか。

 お母さんに、疑問をこのぶつけると、とてもうれしそうに微笑んでいた。

 「ただ一目惚れしたのよ、紅葉。」

 そうして、お母さんのお話が始まった。




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