悪役令嬢のプロが逆ハー溺愛ルート!?〜30回目の悪女はバグ世界で生き残ります!!〜

如月ふみ

第1話 転移先はバグ世界

ゆっくりと目を開ける。

見慣れた中世の城っぽい天井。

体を起こし、近くにある手鏡を覗くと、そこにはつり目、縦ロール、金髪のお嬢様。15歳の悪役令嬢ジャネットの顔が映っていた。

(さて、今回も頑張りますか。)


私は、乙女ゲームの制作会社の社員であり、主にアナザーストーリーを制作している部署にいる。ストーリーの内容は悪役令嬢が攻略対象とハッピーエンドになるようにするようなもの。

従来の乙女ゲームよりも難易度が高く、上級者向けとなっている。

そんな作品を作るいちばん重要な役割が、乙女ゲームの中に入り込んで自らが悪役令嬢となり、攻略対象を一人ずつ攻略していくこと。私の仕事だ。数回にわたり、ゲーム内をループすることで具体的なストーリーを書き上げ、難易度が難しくても面白いゲームを作れるのだ。


今回も無事、悪役令嬢に憑依できたことを確認して安心した。

まず、私が憑依してやることは記憶喪失を装う。

悪役令嬢が「悪」と見られないようにするには、記憶喪失になったことが1番手っ取り早い。

(あとは誰かが来るのをゆっくり待つだけ…)

ぼーっとして待つのはもったいない。待ってる間に今回のゲームの再確認でもしておくことにしよう。


今回の乙女ゲームの舞台は魔法学園で攻略対象は、王子、弟、先生、騎士の4人。

悪役令嬢の私への好感度は低く、好感度は-50くらいがスタートだろう。

1人目の王子アルフォンスは頭脳明晰センス抜群、すれ違うものは全員虜にするキャラ。よくいる天才王子様キャラだ。

ジャネットの婚約者であり、攻略対象の中でいちばんジャネットを嫌っている。

王太子の婚約者という地位を使い放題な彼女は彼にとって邪魔でしか無かったからだ。

最終的にアルフォンスルートはヒロインの協力よってジャネットの悪事を暴き婚約破棄。ジャネットは皇族侮辱罪などの多くの罪で処刑される。


2人目はジャネットの弟ノア。

養子としてやってきたノアは、ジャネットよりも愛されていた。その間ずっと、ジャネットは嫉妬に蝕まれていく。

そのため両親が死んだ以降、誰かに怒られる心配がなくなったジャネットはそれまでの憎しみをノアにぶつけ、虐待を行うようになる。

それからずっとひきこもっていたノアだったが、魔法学園に行くことは貴族の義務なため渋々入学。そして、そこでヒロインと出会う。純粋で優しいヒロインに心を開き、ジャネットへの復讐心も強くなっていく。

ノアルートの最後はヒロインが暗殺者に殺されそうになった時にノアが助けに来る。暗殺者を雇ったのがジャネットだと直ぐに分かり、ノアはジャネットを殺す。


3人目は騎士であるルイ。

ジャネットの幼い頃から使えてきた彼は日々、雑用ばかりやらされて嫌気がさしていた。

そして、ジャネットの10歳の生誕祭で魔物が侵入して右腕を失ってしまい騎士の地位を剥奪されてしまう。

それでもルイは鍛錬を続けた。

17歳になったある日、剣の才能を貴族に目をつけられて養子となったルイは魔法学園に行くことになり、ヒロインと出会う。

ルイルートは学園内にモンスターが現れ、ルイがヒロインを助ける。後にモンスターを学園に入ってきた原因ジャネットだと分かり、ジャネットは処刑エンドとなる。


最後、4人目は教師アルフィー。

魔法学園の教師であるアルフィーは、今からなら攻略することは容易いように思える。だが、悪役令嬢ルートに簡単という言葉は存在しない。

アルファーは幼い頃、ジャネットに母を殺された。ジャネットの家庭教師をしていた彼女は不満を買い、処刑にまで及んだのだ。

ずっと憎んでいた彼だが、立場上、証拠を掴むことが難しかった。だが、魔法学園にいる間は立場関係なく接することができる。

アルフィールートはヒロインと一緒にアルフィーのお母さんの死を探るミステリールートのようなもので、最終的に証拠を発見してジャネット処刑エンドとなる。


(まぁ、何回も悪女を経験してきた私にとってそんな奴らでも余裕だけど。)

私は部署の中でも送られた回数は多い方で今回で記念すべき30回目だ。だが、失敗は1度もしてこなかった。今回もササッと終わらせよう。そう思った時だった。

急に視界がぼやける。


「うぅ…」


今までに感じたことない頭の痛み、何も考えることが出来ない。

それと共にこの体の持ち主だったであろうジャネットの記憶が流れ込んでくる。

幼い頃から愛されなかった辛さ、自分の命令だけで人を動かせることの快感、そして婚約者である王子への愛情…


しばらくすると少しだけ頭痛は収まり脳を働かせることも出来た。

(今まではこんなことはなかったのに…何が起こったのっ…)

考えることは出来ても、頭の中はパニック状態である。

なにせ、悪役令嬢が王子とハッピーエンドを迎えるためには元の体の感情など必要ない。

事例のない異常事態が発生してしまったがこのまま悪役令嬢していても大丈夫なのか。

(……もう、いいや。)

急に頭に入り込んできた記憶と前例のない出来事に頭痛はまだ収まらず、考えることを辞めた。

(寝よ…)


目が覚めた時には窓の外から差す夕日がベッドを赤色で染め上げていた。

アルフィーの母親を殺したのが自分がやったことのように蘇る。

これがこれから続くのか…

なんとか意識を保とうとカーテンを閉めてベットに腰を掛け、使用人を待つことにした。

夕日が完全に沈み、部屋が闇に包まれる。あれから数時間たったはずだが誰も来ない。

一応、熱で寝込んでいる設定にはなってるはずなのにそんなにジャネットが愛されていないとは思わなかった。

今回はもしかしたら相当ハードなのかもしれない。

周りを見渡してみるとベルが横にあることに気づいた。それを鳴らしてみる。すると3秒も経たないうちに使用人が部屋に入ってくる。

このベルを使い、使用人を呼ぶようだ。

だがおかしい。こんな設定はなかった。細かい設定は他のゲームと同じようになっているため普通は楽に過ごすことが出来るは今回は違うらしい。

そういえばメイドを待たせていた。たぶん彼女はミナだ。ジャネットの破滅までずっと共にいた。戦闘能力が高く、意外と重要人物だ。

ジャネットとは別人のような雰囲気を出しながら口を開く。


「私は…」


(何度も口にしてきたのに…なんで…)

『私は誰…』そう言うだけで記憶喪失だと認識される。いつも、そうすることから生活が始まるのだが、なぜか今は喉の奥の方で言葉が詰まる。というか、押し返される感覚だ。

「ごめんなさい、ミナ。喉が渇いちゃって、水を持ってきてくれるかしら?」

できる限り優しく、怯えさせないように。

私の専属侍女であるミナは一瞬キョトンとしていたがすぐに我に返り部屋の外へ出ていった。


「ふぅ…これからどうしよ…」


もう記憶喪失だって誤魔化すことも出来ない。なんであの時、名前も呼んじゃったんだろ…

そういえば前に、何かあった時に本部に連絡すれば1からやり直せると小耳に挟んだ。

もしかしたら…

普段はほとんど使わない連絡用通信機を枕元から取り出す。

ゲームのキャラには見えないような仕様にはなっているはずだが一応誰にも見つからないように慎重に画面の上で指を滑らせ連絡を取る。

ピーピーピーピー…

普通なら連絡は簡単に取れるはずなのに、一向に繋がる気配は無い。

ガシャッ…


「え?」


発信音が途切れた途端通信機は煙を上げ壊れていた。

乾いた笑いがこぼれる。

ゲーム側は私をここから戻らせることを許さないようだ。

これは稀に見る「バグ」

バグの1番最悪なことは途中退場出来ないということ。よりによって死亡エンドしかないときになるなんて…

色んな不安が頭をよぎる。

でも、もうやりきるしかない。

覚悟を決めて立ち上がる。

この先、 今まで言えていた言葉がいえなくなることもあるかもしれない、今までよりも難易度が高いのは確かだ。

でも何十回も悪役令嬢としてハッピーエンドを迎えた私に怖いものは無い。

すぐにこんな世界を出てやる。


(とはいえ、これからどうするべきか…)

頭を悩ませていると、いつしか聞いた言葉がふと頭によぎった。

あれは確か、まだ私が入社してから間もない頃だ。


「前さぁ、王子がタイプじゃなかったからモブキャラを攻略しようとしたんだけど、そのキャラと触れた途端こっちに戻されてきたんだよねぇ、あの子めっちゃタイプだったのにマジありえねぇ。」


耳に残る少し口調が荒いその声は誰のものだったのかは思い出せない。

だが、そんなことよりも気になったのが「強制的な引き戻し」だ。これなら本部との連絡が取れなくてもゲームの仕様で帰れるかもしれない。


「やることが分かったら直ぐにやる」が私のモットーだ。

この仕事ではとても重要なことである。

初めの頃は大変だったものだ。王子は私の事なんて普通に無視、誰も私の話を聞こうとしない。悪名を消すのは早いうちにやっとかなければならないと気づいたのはすぐだったけどタイミングが合わなくてよくミスしてたな…

そんなことを思い出しながら手を動かす。

支度を今日のうちに終わらせておいて明日会いに行こう。

ちなみに私が会いに行くのは商人のライだ。そもそも、このゲームにはモブキャラがほとんど居ない。いたとしても側近や召使いなど貴族ばかり。

貴族に会うとなるとだいぶ時間がかかるからだから唯一の平民で名前のついているモブキャラ、ライの所に行くことにしたのだ。

支度を半分まで終えた時、ふと違和感が胸に突っかかった。

(そういえば、わたし、これまで攻略対象以外と触れ合うことなんて何回もあったのにどうして元の世界への強制送還なんて1度もなかったよね?)

なにか特別な条件が必要ならば彼にあったとしても元の世界へは戻れないだろう。

では、どうすればいいのか…

彼女だけだった?いや、違う。あの後、業務マニュアルに新たに注意事項で乗っていたはずだ。公式的に何度か起こっているのだろう。

考えた末、1つの仮説にたどり着いた。


「好意を持って相手に触れること?」


ポツリと口からこぼれる。

さっき思い出した彼女の話から考えると私が触れる時と決定的な違いがあった。それが好意。彼女が攻略対象以外のモブキャラを攻略しようとしたから、ゲーム側は危険を察知し彼女を外に出したのでは無いか。ゲームがおかしなルートに進む前に。


私は彼女のように顔で選ぶ人では無い。性格だ。

彼女を貶してる訳では無いが、さすがに顔が良くても性格嫌な人には好意は抱けない。

ということで私は今まで鞄に入れたものを全て出し、1から荷造りを始めた。

性格を知るには長いこと一緒に過ごす必要がある。なんせこの私、恋とか愛とかにはとても疎く、たまに仕事に支障が出るくらいなのだ。ちょっとやそっとじゃ人に好意を持てない。

「よし、じゃあライに会いにいくか!」

必要最低限のものだけバックに入れ、支度を完了した。

私は大きな荷物を持ちをジャネットの特殊能力アイテムボックスに入れ、馬車の止まっている広場に向かう。

重さは感じられなくなり周りからは見えないため、こういう時こそ大活躍だ。

ボックスに入れたものは時間が止まっているので、ゲームの中のジャネットは普段は食物などを管理するために使っている。

ちなみに彼女がこの能力があることを知ったのは魔法学園で魔法を習った後だったため、今は私以外この能力のことを知っているものは居ない。

(この能力考えた運営さん最高!)

アイテムボックスの偉大さに惚れながら歩いていると馬車が見えてくる。

(豪華……)

さすが公爵家。外見までもが豪華だ。だがこれでは目立ってしまう。


「この家で1番目立たない馬車を用意してもらえないかしら。」


私が公爵の娘だと分かっていたため少し戸惑っていた御者だったが断ることなどできず、すぐに奥の方に走って行ってしまった。


馬を連れてきた御者はスラリとしたスタイルで顔はとても整っている。

もうこの人でいいのではとも思ったがバレる可能性が高くなるし何より名前のないキャラなため仕事場でのモブキャラの認識には当てはまらない。

というか好きかどうかで言われればどちらでもないし。

(そういえば上司にモブキャラの正しい意味教えてあげたらすごく怒られたな…会社の解釈は違うからここではそれがルールだーって…)


「お嬢様、今日はどちらへ」

「あ、市街へお願い。」


馬車は敷地外へ向かって走り出した。

とても広い庭だが馬車ならば外に出るのはすぐだ。

外を見ているともんが見えてきた。

それと同時に私は浮遊感に襲われる。


「え…」


さっきまで馬車の椅子に座っていた私の体はいつの間にか地面に着いていた。

サーという葉が揺れる音が耳をくすぐる。

何が起こったのだろう。目の前には外と敷地を分ける門がある。馬車がどこに行ったのか分からなかったがそれどころでは無い。私の命がかかっているのだ。


「仕方ない…歩いて行くか…」


長くても2時間はかからないで着くし、今、着ているものは動きやすい服だ。難しすぎることではない。

運動には自信がある。悪役令嬢の体力舐めんな。

私は門をくぐろうとした。だがなかなか前に進むことが出来ない。

出れない。

もう一度足を前に動かす。でも、やはりなにか透明な壁があるように行く手を阻まれる。


「どういうことよ、これ…」


つい口から漏れでる疑問。

もしやこの世界、外に出ることさえ許されないのか?

この敷地内で攻略しろって事か。

正直不安ではあったが元の世界に戻る方法はもうこれしかない。私は心を決め、屋敷の方へ踵を返すのだった。


長時間歩いて屋敷に着くとミナが心配したような顔でこちらに来た。


「お嬢様、何も言わずにどこかに行かないでください。こちらも大変なのですよ?もうすぐ魔法学園に通うことになるのですし、行動を慎んだ方がよろしいのでは?」


少々お怒りのようだ。

だが、悪役令嬢に怒れるメイドがいるというのは心強かった。

陰口を言ったり暴力で危害を加えてくるメイドもいる。

そんな人たちに比べて怒ってくれるメイドは後に協力してくれる可能性が高い。大事にしなくては。


「ごめんなさい…市街に美味しいお菓子があるって聞いて、ミナに食べさせてあげたかったの…」


そういうと、ミナは少し表情を緩ませ柔らかな声で、

「そうでしたか。ですが私達も心配したのでこれからは誰かにおっしゃってから外出してくださいね」と語り掛ける。

「はい…」


叱られてしまったが、私は少しミナとの距離が近くなった気がしたのはこれからの未来関係なく、少し嬉しく感じるのだった。

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