第3話 文化部なのに、まさかの合宿

 先生の思わぬ発言に、周りはたちまち重い空気に包まれました。


──運動部でもないのに、合宿って何だよ。


 これは私だけでなく、みんなが思っていたことでしょう。


「合宿って、どこでやるんですか?」


 沈黙を破るように、私は先生に訊ねました。


「ここだ。ここに畳を敷いて、三日間の合宿を行う」


「えっ! 男子も女子も同じ部屋で寝るんですか?」


「そんなわけないだろ。ここは女子が寝て、お前と小島は隣の部屋だ」


「隣の部屋って、そこは先生が寝るんじゃないんですか?」


「なんだ、俺と一緒に寝るのが不服か?」


「いえ。別にそういうわけじゃ……」


「日程はまだ決めていないが、多分夏休みに入ってすぐになると思う。ということで、今日はこれで解散!」


 私は食事のこととか風呂のこととか、まだ訊きたいことがたくさんあったのですが、先生の有無を言わせぬ態度に、それ以上何も言うことができませんでした。


 



 その後、先生の言った通り、夏休みに入るとすぐに合宿生活が始まり、私と小島は、一階の倉庫から三階の簿記室まで畳を運ぶよう、先生に命じられました。


「なんで俺たちがこんなことしなくちゃいけないんだよ」


「先生にそう言われたんだから仕方ないだろ。文句があるんなら、先生に言えよ」


「このクソ暑い中こんなことしてたら、バテて練習どころじゃなくなるぞ」


「確かにそれは言えるな。せめてこの後、シャワーでも浴びさせてくれると助かるんだけどな」


「この学校に、そんなものがあるわけないだろ。俺たちは汗まみれのまま、この後練習することになるんだよ」


 私たちは文句を言いながらも、倉庫から簿記室まで何往復もしながら、ひたすら畳を運びました。





「ふう。やっと終わった」

「もう喉がカラカラだ」


 ようやく運搬作業が終わり、私と小島が自分たちの運んだ畳の上で寝そべっていると、「先輩、お疲れ様でした」と、後輩の立花亜矢がキンキンに冷えた麦茶を持ってきてくれました。


「ぷはー! 生き返る!」

「麦茶、最強!」


「あははっ! 先輩たち大げさですよ」


「いや。これは決して大げさなんかじゃない。現に、俺はさっきまで死んでたからな」


「俺も丸子と同じで、大げさなんかじゃない。今まではコーラが最強だと思ってたけど、今日で麦茶に変わったから」


「先輩たちが喜んでくれて、私も嬉しいです。もうすぐ食事の準備ができるので、後で食堂に来てください」


「えっ! ひょっとして、立花が昼飯を作ってくれたのか?」


「私だけじゃなくて、一年生全員で作りました。見た目は良くないかもしれないけど、味には自信があるので、いっぱい食べてくださいね」


「もちろん! で、何を作ったんだ?」


「定番ですけど、カレーです。あと、栄養のことも考えて、野菜サラダも作りました」


「いいねえ。俺、カレー大好物なんだよ」

「俺もだ。ていうか、カレーが嫌いな男子高校生なんていないだろ」


 私たちは後輩がご飯を作ってくれたことに感激しながら、駆け足で食堂へ向かいました。 


「これ、先輩たちの分です。まだたくさん残ってるので、いくらでもおかわりしてくださいね」


 先程立花が言ったように、見た目はお世辞にもいいとは言えませんでしたが、その代わり味は抜群だったので、私と小島は一心不乱に食べ続け、気が付いたら二人で残りのカレーもすべて平らげていました。


「わあ! やっぱり男の人って、よく食べますね!」


 目をキラキラさせながらそう言う立花に、私は「後輩の作ってくれたものを残すわけにはいかないからな」と、キザなセリフを吐いたのですが、その瞬間、隣にいた小島はなぜか悔しそうな顔をしていました。


 食事が終わると、私は夕方に向けて過去の問題を解くことに没頭しました。


 夕食後から就寝時間までは、それぞれの部員が分からない問題を先生に訊いたり、部員同士で教え合ったりする時間に充てていました。


 それを三日間続けた私たちは、地区予選の時よりもさらに自信を持って、全国大会に臨みました。


 はっきりとは覚えていないのですが、たしか大会が行われた会場は階段教室になっていて、やたらと広かったような記憶があります。


 その中で私は予選の時にしたように、周りの人間を観察しました。

 すると、やはり予選の時と一緒で、皆一様に緊張した顔をしていました。

 無論、私も緊張していたのですが、顔に出ないタイプなので、周りからはリラックスしているように見えたと思います。


 競技は計算部門と応用部門の二つがあって、計算部門が仕分けを主としたスピードを重視したものに対し、応用部門は企業会計原則を主とした簿記の知識を幅広く求められるものです。


「それでは始め!」


 試験官の号令のもと、出場者は一斉にプリントをひっくり返し、問題に取り組みました。


──うん。練習でやった問題ばかりだ。これならイケるかも。


 計算部門は量が多くて最後までできませんでしたが、割と自信がありました。


 一方、十分の休憩を挟んだ後行われた応用部門は、規則にまつわるものが多く出題され、規則をあまり覚えていなかった私はかなり苦戦しました。 


──まあ、仕方ない。後は運を天に任せよう。


 さて、私たち子丸商業高校は、全47校が出場した中で一体どのような順位になったのか?

 

 そして、私の個人的な成績は?


 それは次回明らかになります。

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