第4話 リリスを守れ

 慌ててブラッディが声の下へと走ると、そこには涙目になっているリリスと、金色の髪の端正な顔立ちの少年が手にコップを持って怒鳴っているのが目に入る。

 歳は十二歳くらいだろう、ブラッディより少し年上である。



「プロミネンス様、落ち着いてください」

「うるさいぞ!! こいつは将来の伯爵のである僕にぶつかってきたんだ。笑って許したらまわりがつけあがるだろう」



 怒りをおさめようとしたソラが、金髪の少年……プロミネンスをいさめようとするが、聞く耳を持たないようだ。



「ですが……ぶつかったのはあなたがよそ見をしていて……」

「なんだ? 男爵家の使用人風情が文句があるのか? いいぞ。聞いてやろう。そのかわりお前がどうなっても知らないがなぁ」



 脅しともいえるセリフにソラが押し黙る。


 現場にいたわけではないので状況はよくわからないが、プロミネンスが悪いのだろう。そもそもリリスはよそ見をしながら歩くような不注意な人間ではない。


 ならば結論は決まった。リリスを悲しませる奴は死罪である。



「よし、殴ろう!!」

「おちついてください、ブラッディ坊ちゃん。相手は伯爵様のご子息です。怒らせたら我が家は終わります!!」



 今にもプロミネンスに殴りかかろうとするブラッディに気づいた執事が慌てて羽交い絞めにして口をふさぐ。貴族社会では上の立場はぜったいである。


 そんなこと知るかよとブラッディは全力で抗うも、所詮は子供の力ではいかんともしがたい。


 そして、うつむいたソラをかばったのは意外にもリリスだった。震えた声でプロミネンスに頭をさげる。



「……やめてください。悪いのはぶつかった私です。だからソラさんは許してください」

「ああ、そうだ。お前が悪いんだよ。だからちゃんと誠意をみせてもらおうか? そうだなぁ……僕がこぼしたこれを舐めて綺麗にしてくれよ」

「「は?」」



 リリスだけでなく、周りの使用人も信じられないとばかりに声をあげる。

 プロミネンスが言っているのは彼がぶつかったときにこぼした果実水だろう。廊下にたれた水滴を舐めろと言っているのだ。



「僕は今、魔力が高いだけの平民女を押し付けられそうになっていて、気分が悪いんだ。だけど、器が大きいからね。これを綺麗に舐めれば許してやるよ。今のうちにどっちが上か教えてやらないといけないからなぁ」



 プロミネンスが言っている平民女とはリリスのことだろう。どうやらこんな時期からリリスとプロミネンスの婚約話はすすんでいたらしい。そして、彼はそれがたいそう不満らしく、八つ当たりをしているのだ。

 この光景を見るだけで、もし婚約が成立すればリリスがどんな扱いを受けるか……予想するのはたやすかった。



「そんな……ひどすぎます!!」

「メイド、お前には聞いてない!! それで、どうするんだ? やらなくてもいいけど、僕がお願いすれば、そのメイドとお前がどうなるかわかるよねぇ?」



 弱者をいたぶることに愉悦を感じている醜い笑みを浮かべたプロミネンスの言葉にリリスが泣きそうになる。そして、助けをもとめるようにして、まわりを見渡すが使用人たちは目を逸らすだけで助けようともしない。

 それだけ貴族の権力は絶対なのである。



「やっぱり貴族なんて……」



 そして、誰も助けてくれないとわかったリリスの瞳から一滴の液体が流れるのを見て……



「いったぁぁ!! 坊ちゃま。だめです!! ここはおさえてください!! あとで抗議しましょう!!」

「うるさい!! リリスは今泣いているんだよ!!」



 執事の指を全力で噛んで拘束から脱出したブラッディは躊躇なく、プロミネンスに飛び蹴りをぶちかます。

 その一撃は綺麗に無防備な彼の胸へと吸われていき、プロミネンスは無様に倒れるのだった。



「な、なんだ。お前は!! 僕は伯爵……」

「うるせえ、人の大事な妹に何をさせようとした!! ぶっ殺すぞ!!」

「ブラッディ様……?」



 転んだ時にぶつけた頭をおさえながらこちらを睨みつけてくるプロミネンスから、守るようにリリスを抱きしめて、ブラッディは怒鳴りかえす。

 


「お前はブラッディか!! わかってるな。お前の方から手をだしてきたんだ。だから、これは正当防衛なだぞ!!」

「ひぃぃぃぃ。旦那様を呼んできます!!」



 格下の貴族であるブラッディに面子をつぶされ激高したプロミネンスが腰の剣を抜く。それを見て、使用人たちが悲鳴を上げる中、ブラッディだけが笑みを浮かべていた。


 プロミネンスが剣を抜いたことによってこちらも相手をぼこぼこにする大義名分ができたのだ。正直な話メインキャラクターであるプロミネンスに勝てるかはわからない。だけど、リリスをいじめたこいつを許すという選択肢はブラッディにはなかった。

 


「ブラッディ様……私のことはいいですから。私が謝れば……」

「安心しろ、リリス……お前は俺が守る」



 震えるリリスを抱きしめてブラッディは微笑む。そして、後ろで待機しているソラに声をかける。



「ソラ!!俺がこいつをぼこして廃嫡になったら、一緒についてきてくれないか?」

「もうー、仕方ないですね。その代わり三食は食べさせてくださいよ♪」



 満面の笑みを浮かべて答えるソラにリリスを預けて、ブラッディはプロミネンス対峙する。



「なんで、お前はそんなにそいつを守るんだ? 妹って言っても血もつながっていない平民だろうが」

「なんでだと? こんなに可愛い義妹を守るのに理由がいるかよ!! 闇の球よ!!」



 俺の手の元で漆黒の巨大な球体が生み出されると、それを見て驚愕の表情を浮かべるプロミネンス。



「その年で魔法だと……? だけど、僕は魔法も剣も習っているんだよ!!」

「そんな……プロミネンス様も魔法を……? ブラッディ様は剣をならっていないんだ。これはまずいぞ」

「そもそも、伯爵家の息子に手をあげたらうちなんて終わってしまうぞ!!」



 右手に剣を構え、左手に火の玉を産みだすプロミネンスを見て使用人たちが騒ぎ立てる。それも無理はない。この年で魔法を使えること自体が異常なのだ。そして、剣を握る姿は明らかに訓練をうけたもののそれだった。

 さすがはメインキャラクターというべきだろうか。プロミネンスは人格はあれだが、すでに魔法戦士としての資質を示していた。

 そして、そんな彼を見てブラッディは……



「あれ? あいつの魔法しょぼくね?」



 と違う意味で驚いていた。常軌を逸した訓練をしていた上に、元宮廷魔術師である母の魔法を見慣れていた彼にとっては児戯に等しく映ったのだ。



「は! 今更後悔してももう遅いんだよぉ!!」

「そんなんくらうかよ!! 闇よ、我を覆え!!」



 プロミネンスの火の玉を闇の球体であっさりと防ぐと彼が剣を構えて走ってくるのが見えた。



「なるほど……魔法は牽制で剣が本命か!! だったら!!」



 漆黒の球体の一部が棒状になってプロミネンスを貫こうと伸びていくが彼はそれを受け流して得意げな笑みをうかべる。


「そんなものが僕に通じるとおもったか!! 馬鹿が!!」



 さすがはメインキャラクターなだけはあるといえよう。だけど、そこまでだった。闇の球体からさらに何本もの棒が伸びていきプロミネンスを襲う。



「これだけなはずがないだろ!! 闇よ、貫け!!」

「な、そんなばかなぁぁぁぁ……」



 複数の棒には対抗できずに、プロミネンスの端正な顔を棒が当たり情けない悲鳴があたりに響く。



「これで終わりだと思うなよ!!! リリスを泣かせたことを悔いるがいい!! オラオラオラオラオラァァァ!!」

「そんな……僕は伯爵でぇぇぇぇ……選ばれしにんげ…ぎゃぁぁぁぁぁ」



 球体はさらに八本の棒を伸ばしてそのままプロミネンスの腹を!! 肩を!!、顔を!! 叩く。そして、ようやく闇の球体が消え去り、プロミネンスがぼろ雑巾のようになりながらぶっ倒れていく。



 奇襲は通じたか……次はどうくる?



 そして、起き上がって反撃をしてくるのを警戒しているブラッディだったが、プロミネンスはぴくぴくと痙攣するだけだ。

 そんな彼にブラッディは怪訝そうに眉をひそめる。



「は? もう終わりなのか?」

「ブラッディ様……助けてくれてありがとうございます!! その……本当はこわかったんです……」

「へへ、私も見ていてすっきりとしましたよ!! 流石はブラッディ様です!!」



 半泣きになって抱き着いてくるリリスと、なぜか得意げなソラをみて、ちょっとやりすぎたかなと思っていたがそんな気持ちもふっとんでいく。

 こいつはリリスを泣かせたのだ。むしろころさなかっただけでも感謝してほしいくらいである。



「リリスが無事でよかったよ」

「ありがとうございます……ブラッディ……お義兄さま……」



 最後の方は小声だったが、リリスが確かに自分を兄と呼んだのを聞いてブラッディの胸が熱くなっていく。

 魔法を人に使うなという母との約束も破ってしまったし、貴族としてやってはいけないことをやってしまった。

 これだけのことをしたのだ。廃嫡されても文句は言えないだろう。だけど、後悔は一切なかった。ブラッディは守りたいものを守れたのだから。



 そして、全てが片付いたタイミングで父とノヴァ伯爵らしき男性がやってきた。



「ああ、なんてことを……」

「……」



 ぼろぼろになったプロミネンスを見て父が頭を抱えて嘆きの声をあげる。だけど、なぜだろう、ノヴァ伯爵は無言のままブラッディに頭を下げたのであった。





「ブラッディ様のおこづかいはちゃんと回収しておきました。これで街でも数年は暮らせますよ」

「ああ、助かる。ソラはリリスのそばにいてあげてくれ。怖い思いをしただろうからな……」



 あの後、父の私室に呼び出されたブラッディは追放された時のことを考えて、色々と準備をすましてから、目的地へと向かう。



「ブラッディ、ただいま参りました」



 そして、ノックをするブラッディは緊張こそしているが謝るつもりはなかった。自分は間違っていないと強く確信しているからだ。

 


「ああ、入りなさい」

「失礼します」



 扉の先にはブラッディの父と、不機嫌そうなノヴァ、そして、なぜか更にぼろぼろになっているプロミネンスがおり……

 ノヴァと目があうと彼は即座に口を開いた。



「申し訳なかったブラッディ君!! うちの子が増長して迷惑をかけてしまった。こいつにはよく言い聞かせておいたから許してほしい!!」



 そして、プロミネンスはノヴァの手によって、頭を掴まれて強引に頭を下げされられるのだった。



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